第四十四楽曲 第二節

 人で埋め尽くされたメインステージの客席の一角を陣取るのは響輝、美和、希だ。もちろんこちらの面々はべったりくっついてなどいない。健全だ。


「なぁ、ビール飲みたい……」

「そう」


 立ち見につきドリンクで両手が塞がった響輝が嘆くが、返って来たのは希の素っ気ない声である。そもそも響輝の両手を塞いでいるのはドリンク3人分だ。女子2人は肩を寄せ合ってビリビリロックフェスのパンフレットを見ている。


「えへへ。ごめんなさい、響輝さん。ドリンクもらいます」


 美和の気遣いにホッとする響輝である。ここでドリンクが片手に1つずつとなり、響輝はやっとビールを喉に流し込むことができた。地元と比べると幾分カラッとはしているがこの炎天下だ。その炭酸の苦みは爽快だった。

 今、メインステージはバンドの入れ替えのタイミングである。響輝は気が済むまでビールを流し込むと、美和と希が見ているパンフレットを覗き込んだ。


「ん? セカンドステージでファンキーミサイル出るのか?」

「知ってるバンドですか?」


 顔を上げた美和が問いかけると、彼女はドリンクを口に含んだ。希は興味を示さないのかパンフレットを見たままだ。


「交流はなかったけど、俺たちと同世代のバンド。クラソニのメジャーが決まるより先にメジャーデビューしたんだけど、2年くらい前にボーカルがソロデビューを機に脱退したんだよ」

「へー、そうなんですね」

「それからは活動休止してたんだけど、出るってことは活動再開したってことだよな?」


 話の方向性から疑問形にはなるが、もちろん美和や希からその答えが返ってくるとは思っていない。すると両手が塞がっている響輝を思いやって、美和がスマートフォンで検索を始めた。


「あ、そうですね」

「ん? なんて書いてある?」


 美和が見ているのは話題のファンキーミサイルというバンドのホームページだ。それを察した響輝だが、日差しが強いので液晶の文字までは読めない。


「ビリビリロックフェスのセカンドステージにて活動再開。ステージで新メンバー発表。って書いてあります」

「へー」


 興味を示した響輝だが、もうすぐメインステージでは演奏が始まる。今から移動するにも既に始まっているのであろうセカンドステージの演奏。メインステージの次のバンドは美和と希の希望でもあるので、このままここに残ることにした。

 メインステージは海外からの招待アーティストも多数参加する。先ほど演奏を終えたバンドも洋楽バンドだ。美和は生前の父親の影響から洋楽には慣れ親しんでいて、希はなかなか生で観ることができない海外のドラマーの演奏に興味を示した。響輝も洋楽はコアなファンなので喜んでメインステージの引率を引き受けたわけだ。


 そして演奏が始まるとこの面々、ノるよりも半口を開けて完全に見入っていた。演奏、パフォーマンス、果ては機材まで、脳内のメモリにしっかり刻んだのだ。

 当初、美和こそは騒ぐかと思っていた響輝だが、知名度や技術が圧倒的に違う世界的メジャーバンドを観て、彼女は感動して見入る方なのだと理解した。響輝も小さな箱では騒ぐ方だが、どちらかと言うとしっかり観たいと思うタイプなので気が楽だった。それに希は相変わらずだし。

 良く言えばクール、悪く言えば表面上は冷めたグループである。とは言えあくまで表面上なので、内面は熱い。


「響輝さん、やっぱりツインペダルよりツーバスの方がいいものなの?」


 徐に希がそんな質問を投げかける。これは先ほどまで演奏をしていたバンドのドラマーがツーバスのスタイルだったから思いついた質問なので、ドラムを教えてくれている泰雅にも聞いたことはない。響輝は一度思考を巡らせてから答えた。


「うーん……。どっちにもメリット、デメリットはあるな」

「そう。ツーバスのメリットは?」

「ツインペダルは2本のキックで同じバスを鳴らすのに対して、ツーバスは2本のキックがそれぞれ2つのバスを鳴らすから音が綺麗。それにスタンドなしでタムが4つまでセットできるし、ドラマーが正面を向ける」

「デメリットは?」

「何と言ってもスペースだな。野外ライブやアリーナならステージが広いからいいけど、ライブハウスだとそもそもバスドラを1つ持ち込まないといけない場合があるし、ステージが狭いから据えられるかも場所によりけり」

「そう。それなら却下ね」


 これには響輝のみならず美和も首を傾げた。


「なんでだ?」

「もちろん野外ライブやアリーナで演奏したい希望はあるけど、例えこの先どれだけ有名になったとしてもお客さんとの距離が近い小さな箱での演奏も止めたくない。特にドラムはステージ後方から動けないから」

「なるほどな」


 ライブを観に来てくれるファンを大事にしている希の意見に響輝は感心した。美和もこれには納得のようで笑顔を浮かべていた。


「ところでずっと響輝さんに聞きたかったんだけど?」


 この流れとばかりに希が質問を続ける。


「なんだ?」

「去年、師匠と出くわした杏里さんを響輝さんはどうやって説得したの?」


 これは希と泰雅のドラムレッスンに出くわして取り乱した杏里が、どうして泰雅を受け入れることになったのかを問うている。当時は賞与からのプレゼントだと聞いたが、それだけではないと思っているのだ。すると響輝が厭らしい笑みを浮かべた。


「ふっふっふ。ベッドで散々じらして狂った状態で認めさせた」


 唖然とする美和。一方、希はニンマリと笑って言うのだ。


「詳しく」


 この後生々しいトークが続いた。それを聞いて満足した希は言う。


「自分の時の参考にするわ。因みに響輝さんは私たちのインディーズCDを聴いてどう思った?」


 響輝から商品として形にした作品の感想をまだ耳にしたことがなかった。もちろん美和はこの話題にも興味を示している。


「率直な意見として、正直ここまでの曲を作るとは思ってなかったから驚いた」

「ほう」

「演奏技術ももうプロとして恥ずかしくないレベルで、これは4人中3人が歴2年だから正直信じられん」

「ふふふ」


 希が得意げに笑った。これに関しては自身のことが入っていないが、美和もどこか誇らしそうだ。その美和が質問を加えた。


「曲に関しての具体的な感想はどんな感じですか?」

「本人には絶対言うなよ?」

「ん? よくわからないけど、わかりました」

「さすがは大和だと思った」

「ぶっ! むしろそれ、はっきり言ってあげればいいじゃないですか?」

「嫌だよ」


 小学生の時からツルんでいる間柄なので、色々と照れや恥ずかしさがあるようだ。それを理解しつつ美和も希も笑った。


「大和は編曲アレンジの主導って聞いてるから、つまり作詞も作曲も古都なんだよな?」

「そうです」

「正直凄いよ。あいつの感性は化け物だ」

「へへ。やっぱりそう思います?」

「まぁな」

「うちの自慢のリーダーです」

「『STEP UP』はタイアップもあったとは言え、今の社会現象に納得だよ」


 そんなことを言われて美和と希は顔を見合わせると笑みを交わした。


「ポップでメロディアスだけど、シンプルな編曲アレンジが曲に躍動感と疾走感を与えてて、それが大和らしいとも思うし、ダイヤモンドハーレの楽曲だって思う。話題になるのも納得できるいい曲だと思った」

「えへへ。その『STEP UP』を2年前の学園祭で聴いた響輝さんは貴重な立場です」

「まぁ、そうだな」


 その当時は編曲アレンジをメンバー4人でしたものだ。しかしそれは大和がやり直し、イメージは近いものの今や違う編曲になっている。それでもここまで有名になった曲の叩き台を聴いたのだから、確かに響輝は貴重な立場だと納得した。


「しかし3日目のレッドオフデイのステージ、フルで観たかったな」


 突然響輝が話題を転換して落胆を示すので、途端に美和はぷくっと膨れて、希は必殺冷ややかな視線を響輝に突き刺した。響輝は禁句だったと慌てて取り繕う。


「冗談だって。3日目の午前はダイヤモンドハーレムをしっかり観にいくから」


 なんとか美和と希が表情を戻したので、響輝はホッとする。

 響輝が言ったバンドは海外の超有名バンドで、響輝が憧れていたバンドでもある。3日目のメインステージの1組目なので最後まで観ると、ステージ間の距離が遠いためダイヤモンドハーレムの開演に間に合わないのだ。


 やがてメインステージでは次のバンドが上がった。引き続き海外からのバンドである。この場の3人はノるよりも、勉強をする目線でそれに見入っていた。

 そしてそのバンドが終わって、フェスの会場をぶらぶら歩こうということでメインステージを離れた時だった。


「あれ? HIBIKI君じゃない?」


 響輝は1人の男に声をかけられた。それで振り返った響輝は男の顔を見てはっとなり、笑顔を貼り付けた。

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