第四十四楽曲 第一節

 セカンドステージを向いてノリにノッているのは古都だ。目を離すとすぐに前へ前へと進みそうなので、大和は古都と自分をチェーンで繋いだ。財布などに繋がれるシルバーチェーンで長めのものだ。

 古都はキャップを被ってTシャツ姿で、下はデニムのショートパンツだ。大きな手荷物は宿に寄って既に預けてあるから身軽だ。その古都のショートパンツと大和のGパンのベルト穴がチェーンで繋がっている。

 そして念のためではあるが、同じくキャップにTシャツ姿で、下が七分丈のカラーパンツの唯のベルト穴にも、もう1本チェーンを繋いだ。唯もノッてはいるが古都より大人しい。それでもしっかりリードを握って両手に花の大和である。


「さすがに三大ステージは違いますね。出演バンドの知名度も演出もお客さんの数も」


 MC中に唯が感嘆の声を上げる。それに大和は納得の笑みを浮かべた。

 唯が言った三大ステージとはこのロックフェスでメイン、セカンド、サードのステージのことだ。他に小規模なステージも多数あるが、三大ステージは規模に差があるものの、この3ステージこそビリビリロックフェスの花形である。


「君たちも明後日はそのサードステージに立つんだから」

「なんか、恐れ多いです……」

「けど最近の周囲の賑わいを肌で感じて自信もあるでしょ?」

「それは古都ちゃんと大和さんが主導して作った曲だから自信はあるんですけど、そもそもその賑わいが恐れ多いんです」

「あはは。そうか、そうか」


 バンドを始めて2年で唯も随分自信を持てるようになったものだと感心する大和である。それでもやっぱり唯らしい答えも返って来てどこか安心もする。


「大和さん! 大和さん!」


 すると目がキラッキラの古都が大和を向く。かなり興奮しているようだが、それは古都が観たかったバンドこそ今ステージに立っているバンドだからだ。


「次のバンドって知ってる?」


 古都はビリビリロックフェスの案内を広げながら大和に問う。この次のバンドは現役時代に大和も目にしたことのあるバンド名であるが、詳しい情報は持っていない。


「久しぶりに名前を聞くバンドだなぁ」

「セカンドに立つってことはそれなりなんだよね?」

「そうだと思うけど」

「それなら移動する予定もないし、次のバンドもここで観て行かない?」

「うん、いいよ」


 特に唯も反対意見はないとのことで、話は決まったようだ。そしてMCを終えて再び始まった演奏で古都はノリにノる。


「うおっ!」


 大和は引っ張られる。


「きゃっ!」


 すると大和の反対に繋がれた唯も引っ張られる。立ち見なので徐々に徐々に古都は前へ進む。大和も唯も引っ張られるがままだ。この飼い犬の勢いは弱くない。

 夏の暑さも吹き飛ばすほど勢いのあるサウンドがステージから向かってくる。それは攻撃的で、しかしオーディエンスに笑顔を与え、対面する彼らは真正面から拳と歓声でぶつかった。

 そんなこんなで目的のバンドのステージは終わった。これから30分ほど空いて、次のバンドである。今ステージ上では機材の組み換え中だ。


「1組50分は長いですね」


 場所を後方に移し、シートを敷いて座り込んでいる3人。一旦チェーンは外したので大和の腰も軽い。3人の手元はおやつと水分だ。因みに大和のドリンクは開けたばかりの缶ビールである。


「そうだね。君たちもまだ経験がないステージ時間だね」


 ダイヤモンドハーレムは過去の対バンで入れ替え込みの40分が最長だ。それはこの年の春休み中に行った4組出演の対バンライブであるが、ビリビリロックフェスのセカンドステージとサードステージは入れ替えを除く50分だ。ダイヤモンドハーレムにとって未知の時間数である。因みにメインステージは入れ替えを除く60分だ。


「希の体力が心配だな」


 そんな不安を口にする大和であるが、唯もその不安があるのか苦笑いだ。但し、希は昨夏のツアー中に広島で体幹トレーニングを教えてもらい目下継続中。彼女のスタミナが伸びたことは本人とそれに付き合っている勝しか知らない。


「持ち曲があることは一番安心したよ」

「どういうことですか?」


 大和の言葉に唯が首を傾げる。古都は時々ドリンクを口に運びながらおやつに夢中だ。


「結成2年でやっとインディーズデビューを果たしたばかりだから、対バンライブより長い持ち時間になると、持ち曲の不足が悩みになったりするんだよ」

「あぁ、そうなんですね」

「それが50分どころか、来月のワンマンだってできるからこれには本当安心した」

「大和さんと古都ちゃんと美和ちゃんの功績ですね」


 唯が麗しい笑顔を浮かべて言う。


 ダイヤモンドハーレムの公式な持ち曲はインディーズCDに収録した10曲だ。しかしそれまでに大和と古都と美和が作った7曲もある。

 更に古都が集中制作した中には『STEP UP』の収録でインディーズCDから溢れた曲が1曲あり、『ヤマト二世』も合わせると合計19曲ある。『ヤマト二世』は編曲アレンジがまだなので発表できる状況にないが、ワンマンでもなんとか18曲でセットリストが組めるのだ。

 ただ制作者の大和も古都も美和もダイヤモンドハーレムの楽曲だと思っている。大和は唯の言葉を噛み締めつつも、そんな意識は離れない。尤も今の古都はおやつに夢中だが。


「古都? 次は前で観る?」


 大和が無言で間食中の古都に問う。古都は手を止めずに答えた。


「最初はここで観る。良さそうなバンドだったら前に行く」

「そっか。じゃぁ、その時はまた繋ぐから言って」

「ぐふふ。大和さんと縛りプレイ」

「……」


 大和は唖然とし、唯は苦笑いだ。目を離すとどこに行くかもわからないじゃじゃ馬姫だからしているのに、言葉を間違えて喜んでいる。はぐれても通信機器の発達した現代、すぐに合流はできるのだろうが、これから芸能人になる彼女たちに大和は気を張っている。


 やがてステージ上の照明が落ちた。そして鳴り続けていたBGMがその色と音量を変えたことでオーディエンスが盛り上がる。途端にステージ背面のカラー照明が走り始めた。


「お!」


 それに古都が反応する。古都はシートの上でそのまま立ち上がった。ユニット名も初めて目にしたバンドがいよいよ登場する。どんなバンドだろうかと古都の興味は増す。それは大和も唯も同じだが、見えにくいながらも2人は座ったままステージに目を向けた。

 古都はまだ靴を履いていないが彼女の行動は予測不能なので、大和はすかさずチェーンを古都の腰に引っ掛けた。これで不測の行動にも対処できる。すると反対側のチェーンが少しばかり引っ張られる。


「ん?」


 BGMでチェーンの音を耳にできなかった大和だが、唯の方に視線を向けると唯が自分にもチェーンを繋げていた。


「えへへ。縛り、プレイ……」

「……」

「大和さんと繋がってたくて」


 夏の炎天下、大和は頭から湯気が上がりそうなほど顔を紅潮させた。お姫様座りの唯は気恥ずかしそうに、それでいて大事にチェーンを自分に繋げていた。


 やがて観衆から手拍子が始まり、立った状態の古都もそれに合わせて手を叩く。メンバーの登場である。ギター、ベース、ドラム、キーボートと順に4人のバンドマンがステージに上がるが、やはり初めて見る顔ばかりだ。

 そしてボーカルが登場した時だった。


「ん? んんんんん!」


 古都のつぶらな瞳がまん丸に見開いた。古都から手拍子も止まる。それを察した大和はステージが気になって立ち上がる。チェーンを引っ張られて唯も立ち上がった。


「え……」


 大和は表情を無くした。唯は古都と大和の反応が解せなかった。ステージ上にバンドマンは5人。唯にとっては誰1人として知った顔はなく、ユニット名も初めて目にする。

 古都は口をあんぐりと開けて、大和は半口を開けている。その大和が一人の男の名前を口にした。


「……」


 しかしそれは始まった大音量のサウンドにかき消され、唯の耳に届くことはなかった。

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