第十七章

第四十四楽曲 祭典

祭典のプロローグは大和が語る

 漸くダイヤモンドハーレムの周囲は落ち着いた。と言っても、杏里が車で送迎をしているからついて来る追っかけがいないだけで、追っかけ自体はいる。それでも一安心だ。

 それからインディーズCDは全予約者の入金が確認でき、発送も済ませた。発売日に一斉発送をしたので、残ったのは店での手売り分だけとなったが、それももう今やない。つまり見事完売したのだ。


 そしてメンバーがアルバイトを辞めると同時に夏休みになった。7月最後の金曜日のこの日、僕はメンバーを引き連れて日本海側にある県のスキー場に来ている。そう、ビリビリロックフェスだ。

 ダイヤモンドハーレムのステージは2日後の日曜日であるが、そのサードステージの設営の久保さんが、ホテルの部屋と通し券を手配してくれた。それなので初日と2日目は観覧に来ている。


「凄い賑わいだな。1回来てみたかったから嬉しいよ」


 入場ゲートを過ぎてそう話すのは響輝だ。久保さんの計らいで響輝の分の通し券も手配してもらえたし、僕のホテルの部屋はツインで響輝と同室だ。今回は刺激の少ない夜になりそうなので安堵する。しかしどこかちょっとだけ寂しくも思うのは何だろう?


「僕もこのフェスに来るのは初めてだな」

「チケットありがとうな」

「いやいや、久保さんからだから」


 響輝は自分の分のチケットも手配してもらえたと知った時にはそれはもう嬉しそうだった。この金曜日と次の月曜日なんかは有休を取って来ている。因みに杏里は大学のテスト期間中のため日曜日に合流だ。こちらのチケットは自腹である。むしろ響輝に当てがわれたチケットこそ、当初マネージャーの杏里のために用意されたものだ。

 更に言うとこの3日間、ゴッドロックカフェは臨時休業だ。なぜなら常連さんの多くがダイヤモンドハーレムの応援のためフェスに参加するから。そういう口実ではあるが、一部の常連さんは仕事を休んでこの日から参加している。

 それに加えて土日は備糸市で祭りだ。2年前は浴衣姿のメンバーと初めて手を繋いで歩いたことを思い出す。そんな状況だからまともな営業もできないので休業にした。とは言え、書き入れ時の夏の週末。しかも金曜日のこの日まで休業にしてしまってやはり痛い。


 入場ゲートを過ぎると既に始まっているステージから音が漏れ聞こえてくる。しかし広大なスキー場で、且つステージ同士の距離が離れているため客席にいれば他のステージの音は然して気にならないそうだ。

 僕と響輝の後ろを歩くメンバーも高揚しているようで話し声が賑やかだ。ここまでの道中、タイムテーブルを見ながら観たいステージに意見が分かれたようだが、今回は響輝もいる。メンバーを2人ずつに分けて僕と響輝が引率に就くことで話は決まった。


 因みに先ほどダイヤモンドハーレムのグループラインに物騒なメッセージが届いた。


『杏里:響輝に手を出したらコロす』


 苦笑いが漏れたものだが、恐らく彼女は本気だろう。それを確認してスマートフォンをポケットに仕舞おうとしたら今度は僕宛に個人メッセージが届いた。


『勝さん:希に手を出したらコロす』


 これは自分の身に降りかかることなのでゾッとする。間違いなく彼も本気だろう。


「それじゃ、メインステージはあっちね」

「はい」


 分かれ道で一度立ち止まって言うと、美和が返事をしてくれた。美和と希はメインステージを観に行くとのことでその付き添いが響輝だ。僕は古都と唯と一緒にセカンドステージを観に行く。

 そして二手に分かれて歩き始めた。


「うおー! 凄い! 凄い!」


 何に凄いと言っているのかはわからないが、古都がキラッキラに目を輝かせている。頻繁に首を振っているので見るもの全てが新鮮なのだろう。とは言え国内最大級のロックフェスで僕も観に来るのは初めてだ。僕だって高揚している。


「ひっ……」


 すると唯はスマートフォンを見ながら悲鳴を上げる。歩きスマホは推奨しないのだが。確かに一般道や駅のホームではないからそれほど危険性はないが、それでも通行人とぶつからないようにな。


「どうした?」


 僕が唯に問い掛けると唯は自身のスマートフォンを僕に向けて見せた。


「ぶっ!」


 思わず吹き出して笑った。唯は完全に引いてしまっているが、その内容こそ口に出さずに僕にスマートフォンを見せた理由だと解せた。それは唯のツイッターアカウントでこのフェスを検索して出てきた、どこの誰ともわからない人のツイートだった。わかるのはその主が女性ということだけだ。


『ビリビリロックフェス開演! 昨日の前夜祭から参戦! 早速テントエリアでたくさんナンパされた〈ハートの絵文字〉 3人の初対面の男とエッチした〈ハートの絵文字×2〉 さてさて、今日は何人とエッチできるかな?』


 僕の反応を見て唯が引き攣った表情で言う。


「こんなところなんですか……?」

「まぁ、稀にそういう人もいるかな」

「男女問わずですか?」

「そうそう。だからさっき、ここに来る途中にナンパに気を付けろとか、キャンプサイトには近づくなって言ったでしょ?」


 そんな注意喚起を僕と響輝でしていた。僕たちも現役の頃はこれほど大きなフェスではないが、フェス自体への出演経験はある。とは言え、観覧の2日間は僕と響輝が付き添いだから大丈夫だとは思うが。

 因みにダイヤモンドハーレムの出演日である3日目は僕が付き添いだ。その日に合流するマネージャーの杏里は何時からになるのかまだわからないので、僕が引き受けた。


「でも、キャンプサイトは女性専用スペースもあるんですよね?」

「うん。ただそうは言ってもハメを外す人もいるんだよ。うおっと……」


 すると古都と繋いだ手が引っ張られる。どうやら古都は物販に興味を示したようで、目がギンギンだ。手を繋いでおいて良かった。

 芸能事務所に所属が決まって普段なら公衆の面前でこんなことはしないが、ここは人が多いから埋もれるので反って目立たない。それに古都も唯もキャップを被っている。これは別行動をしている美和と希も同じだが、やはり屋外で日差しが強いからだ。それが目立ちにくさを助長している。反対側の手は唯としっかり繋いでいるし。


「大和さん! 大和さん! フランクフルト!」

「まったく。それでよく太らないな」

「えへへん。いいでしょ?」


 眩い笑みで得意げな古都だが、他の女の人の前では言うなよ。嫌味にしかならないから。しかし古都のみならずダイヤモンドハーレムのメンバーは、それほど食事制限を気にせず細身だから恐れ入る。

 僕が古都と唯にフランクフルトを1本ずつ買ってあげると2人はそれを頬張りながら歩き始めた。その時にドリンクも買ったので僕はその荷物持ちだ。手を離してしまったので頼むから迷子になるなよと切に願う。


 やがて僕たちはセカンドステージに到着した。


「おぉぉぉぉぉ!」

「わぁぁぁぁぁ!」


 食べ終わったフランクルトの棒を握りながら古都と唯の目が輝く。古都はともかく、唯も軽音楽歴2年で多くのステージを経験し、そして対バンで一緒になったバンドのステージを観てきてかなり食いつきが良くなった。勿論この時は僕も同様だ。

 セカンドステージでは朝から演奏が始まっていて、正午過ぎのこの時はメンズのロックバンドが立っていた。ステージ前は立ち見でかなり盛り上がっている。歓声と、そしてスピーカーから木霊するロックチューンが良く晴れた空に舞い上がっていた。


「大和さん行こう?」

「うん」

「古都ちゃん、ごみ貰うよ」

「ありがとう。大和さん、ドリンクは私が持つ」

「そう?」

「うん」


 唯がごみ袋を持って、古都が自分の肩掛けバッグに3人分のドリンクを突っ込むと、2人は僕に手を差し出した。キャップは被っている2人だが、日に照らされた彼女たちの笑顔がとても眩しくて、その手を握ることができる僕は幸せを感じた。

 そして古都と唯から手を引かれ、中ほどにスペースを発見したのでそこで立って観ることにした。シートも持ち込んでいるのだが、ここはセカンドステージのため観客が多い。敷いて座るならかなり後方の人の密度が低い場所だけだ。これは休憩の時にしようと思うが、古都が一緒にいて果たして休憩があるのかも疑わしい。


 そんな感じで僕たちのビリビリロックフェスは幕を開けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る