第四十二楽曲 第二節
昨晩の風呂上がりに刺激的なひと時を過ごした大和が起床し、顔を洗ってすぐの頃だった。
ドンドンドン!
けたたましく叩かれるドア。仲居や来客だったら絶対にこんな叩き方はしない。て言うか、内線か携帯電話を使えよ。大和はそう嘆息しながらドアを開けた。
「なんだよ、こんな朝早くに……」
「おっはよう! ご飯だよ。って、まだ着替えてない」
「おはよ……。ちょっと待ってて」
古都である。大和が室内に戻る時に手を離したドアの隙間から、古都は身を滑らせた。
「へー、いいお部屋だね」
「うん。ちょっとびっくりした」
大和に用意された部屋はシングルながらゆったりとしていて洋室だ。セミダブルのベッドが置いてある。既に私服姿の古都はそのベッドにダイブして、すかさず仰向けになった。
「大和さん」
両手を広げて大和に乞う古都。大和は朝から紅潮したが、気をしっかり保って言う。
「だからそういうのはダメだって昨日も言っただろ?」
「わかってるよ。けど、ちゅうくらいいいんじゃない?」
そんなことを言われて更に紅潮する大和だが、古都の麗しい表情に胸を射られる。そして古都の顔の両脇に手をついて、キスを投下した。
「えへへ。もっと」
「う……」
――可愛い……。
少しの間、甘い時間を過ごした2人である。
その後大和が着替えたわけだが、直接的なことをされなければ互いの着替えや下着を見るくらいはもう平気な間柄である。そもそも大和は男だから、自分の着替えを見られることに恥じらいはない。そして着替え終わると2人は揃って部屋を出た。
「あ、おはようございます」
すると廊下で出くわしたのは美和である。彼女も既に着替えていて、朝の健やかな笑顔を大和に向けた。それに大和は照れながらも挨拶を返す。すると悪戯な笑みを浮かべて美和が言う。
「朝、2人で同じ部屋から出て来るのって、なんか卑猥ですね」
大和と古都のことだ。尤もこの2人は今合流したばかりだが。大和は頬をぽりぽりかきながらそっぽを向いた。すると……。
「大和さん。ん」
美和が寄って来て彼女からもキスをねだられた。大和は近くに古都がいるので気になったが、古都は微笑ましそうに見ているので美和の求めに応じた。本当にメンバー間では取り合いをする気がないようで、それには感心しきりの大和である。
「あ、おはようございます」
すると希の手を引いて大部屋から出てきたのは唯だ。希は眠そうで、その瞼はまだ半分以上下りていた。それでも大和が2人にまとめて挨拶をすると、希からも眠そうな声で挨拶が返ってきた。この時、唯も希ももう着替えている。
「大和さん、抱っこ」
そして希は両手を広げて大和に抱っこをせがむのだ。大和としては、それは萌えるから止めてほしかった。変態のくせに容姿を武器にしたこういうギャップがしたたかだ。
「目立つからダメ」
「ちぇ……」
これから朝食会場に行く。観光客も多いとは言え、ドラマのキャストも泊っている旅館だからそんなことはできない。希はそれを理解していながら言ったのだが、大和が応じてくれなかったので再び唯の手を握って歩き始めた。
やがて到着した朝食会場。かなり広い部屋でバイキング形式だ。豪華な内装と食欲をそそる料理にメンバーも大和も目が輝く。
そして各々好きなおかずを皿に取って空いているテーブルまで来た時だった。
「4人席だね……」
少しばかり困り顔を見せて唯が立ち尽くした。すかさず大和が言う。
「僕は他の席に行ってるから、4人まとまりなよ?」
「でも……」
「美和ちゃん! 大和さん!」
すると声をかけられる。大和は誰だろうと反応し、美和はその声に目を輝かせて振り向いた。
「萌絵ちゃん!」
今や芸能人になった元家出少女の萌絵であった。どうやら近くの席にいたようで、美和と大和を発見して声をかけたのだ。彼女はすかさず寄って来た。
「会えるの、楽しみにしてたよ!」
「私も! 萌絵ちゃん、なんか綺麗になった?」
「そうかな? 嬉しい。もしかして席を探してる?」
「うん。こっちは5人なんだけど、4人席しか空いてないみたいで」
「なら私の席に来る? マネージャーと一緒だから2席空いてるよ? 良かったら大和さんも一緒に」
「いいの?」
「もちろん」
と言うことで、大和と美和は萌絵のテーブルに相席させてもらうこととなった。萌絵のマネージャーは20代後半くらいで、黒縁眼鏡をかけた爽やかな印象の男だ。大和は彼と名刺交換から挨拶を交わして着席した。
美和と萌絵が隣り合って座り再会を喜ぶ一方、その向かいで大和はマネージャーとビジネストークをする。まずは所属契約の話があったことに大和が礼を述べた。
「この度はダイヤモンドハーレムに声をかけてもらってありがとうございます」
「こちらこそいいお返事をいただいたとのことで、武村が喜んでおりました」
まだ公表していない事実なので2人は声を潜めた。それでも同卓の萌絵にはそれが聞こえ、美和とのメッセージのやり取りでは聞かされていなかったので、反応して美和に問い掛けた。
「え? 美和ちゃん、もしかして……」
「まだ内緒だよ」
美和は口元に人差し指を当ててから話した。
「ジャパニカン芸能に所属することになったの」
「きゃー!」
萌絵も声は潜めたものの、喜びのあまり目を見開いた。そしてその話題に食いつくのだ。
「メジャーデビューが決まったの?」
「それはまだ確定ではないんだけどね、高校生のうちはジャパニカン芸能のマネージングで、地元でインディーズ活動をして将来のデビューを目指すの」
「わー! おめでとう」
「ありがとう」
萌絵は既に食事を始めているようだが、ここで美和も食事を始めた。
「これでやっと私の後輩だね」
「もうっ! すぐそういうことを言う」
「えへへ、冗談だよ。これからも仲良くしてね」
「うん。こちらこそよろしくね」
大和もマネージャーから促されて食事を始め、その最中にマネージャーから質問を向けられた。
「もう契約書は整ったんですか?」
「はい。親御さんの同意ももらって僕が預かってます。明日、御社にお届けに上がります」
「それでしたら私が頂きましょうか? わざわざ東京までご足労かけるのも恐縮ですし」
「それはありがたいんですが、明日は僕の営業も兼ねて伺わせて頂きますので」
「あ、名刺に作曲家って書いてありましたね。ジャパニカンミュージックの方ですか?」
「そうなんです」
ジャパニカンホールディングス傘下の会社は全て同じオフィスビルの同一フロアに入居している。それなのでマネージャーは察した。大和は自作曲の売り込みに出向くつもりだ。且つ、まだ会社に顔を出したことがないので挨拶も兼ねている。
加えて大和はまめに連絡をもらっている他の芸能事務所やレーベルにも挨拶に回るつもりだ。これは作曲家としての自分への連絡だが、ジャパニカンにとって競合他社なのでこの場では口にしない。
「ところで、美和ちゃん」
すると萌絵が美和に顔を寄せた。この日一番の小声なのでこれは大和にもマネージャーにも聞こえていない。
「大和さんとはもうエッチした?」
「かぁぁぁぁぁ」
途端に赤面して首を小刻みに横に振る美和。
場の空気に流されたとしか言いようがない。思い出されるのは昨晩の逆輪姦未遂だ。隠れ肉食なので動揺しながらも本気だったから、朝を迎え冷静になって思い出すと頭から湯気が出る。
「ふふふ。まだなんだね」
萌絵は萌絵で悪戯に笑って楽しそうにする。相手が萌絵だから言ってしまいたい衝動に駆られる美和だが、大和とメンバーの関係はトップシークレットだ。
「けど、メンバー皆で大和さんを尻に敷いてるよ」
だから美和はこんな回答で落ち着かせた。確かに間違ってはいない。
「それはそれで楽しそうだからいいなぁ」
萌絵は羨むような感想を口にした。
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