第四十二楽曲 第三節
朝食が終わって撮影現場の廃校に移動した一行。その一角の教室でドラマ衣装の学生服を若い男のスタッフから手渡される。
「これが衣装です」
「うお……、衣装あったのか……」
受け取った古都が難しそうな顔をするが、それは他のメンバー3人も同じであった。
「ん? どういうことですか?」
「ジャケ写の衣装持って来たんです」
そう言って古都が手持ちの衣装を掲げる。それに対してスタッフは気まずそうな表情を見せた。大和は他人事にも管轄外だと思っているので、黙ってやりとりを見守る。
「あぁ、そうだったんですね……。ちょっと監督を呼んできますので、お待ちください」
と言われてから数分後、スタッフが監督を連れて来た。監督はプロムナードを被り、無精ひげを生やしたいかにもという風貌の中年男性だ。脱いだピンク色のカーディガンを肩から羽織り、胸元で結び目を作っている。
「動画でも見たけど、いい衣装だな。とりあえず今日の分の撮影はキャストも一緒に映るからドラマ用のを使って。明日の撮影分でそっちのオリジナルを使おう」
「わかりました」
朱里と睦月が作ってくれた衣装が無駄にならなくて安心した古都は、笑顔を浮かべて返事をした。すると監督は足早に部屋を出て、それを見送ってからスタッフが言った。
「着替えはここでしてください。着替えたら体育館に来てください」
「了解っす!」
それだけ言い残してスタッフも更衣室として当てがわれた教室を出たので、大和も教室を出ようとした。しかし古都から呼び止められる。
「大和さん。別に大和さんは残っててもいいんじゃない?」
「バ、バカ」
古都の悪戯な笑みに狼狽えて大和は足早に教室を出た。当然だ。これまでの宿泊室や大和の自宅や店とは違って他人の目がある。こんなところで深い仲なのを見せられるわけがない。
「ポロシャツもいいね」
「本当だね」
唯が感想を口にして美和が同意しながら着替えは進んだ。
ドラマ衣装はポロシャツの制服で、加えて軽やかなデザインのスカートが気に入ったようだ。華美になり過ぎない程度に華やかなので、ダイヤモンドハーレムのオリジナル衣装と派手さは同等と言える。普段は備糸高校の地味なブレザーなので、こういう機会は新鮮味があって心躍る。
本来、茶色を基調としたドラマ衣装のブレザーもあるのだが、ちょうど衣替えが終わった時期。しかも7月スタート、つまり夏クールのドラマだ。主要キャストの一部シーンを除いてブレザーは登場しないとのことだ。
この暑いのにダイヤモンドハーレムの持ち込み衣装は、ジャケット写真に合わせたのでブレザーだ。尤も、ライブハウスのステージでは既にオリジナルセーラー服が再登場しているが。
やがて着替えを終えたダイヤモンドハーレムのメンバーは体育館に移動する。
舞台上には既に持ち込んだ楽器と機材がセットされており、フロアには30人ほどの学生役の生徒が揃っていた。もちろんドラマには大人のキャストもいるのだが、この時はざっと見る限りいない。大人はスタッフとマネージャーなどの付き添いだけだ。ただ生徒役と言っても、中には成人しているキャストもいる。
「凄い……」
「あの子知ってる。テレビで見た」
美和の感嘆に希が続いた。
これから台頭するかもしれない若手の俳優が主ではあるが、メインキャストは既に有名な俳優やアイドルグループのメンバーだ。皆20歳前後であるが、その顔ぶれを見て完全に一般人のダイヤモンドハーレムである。確かにまだ芸能事務所に所属はしていないが。
「美和ちゃん」
「あ、萌絵ちゃん」
萌絵が寄って来て、知り合いの登場に安堵の笑みを浮かべるのは美和だ。どうやらこの場に委縮していたようだ。
「似合ってるね」
「萌絵ちゃんも」
2人は制服を褒め合った。それほど登場回数の多くはない萌絵だが、彼女にとっては初めてありつけた役なので気合が入っている。美和は初めて見る現場の萌絵に、出会った1年前にはなかった貫禄すらも感じた。ドラマは初めてとは言えタレントとして既にメディア露出しているわけで、そう言った点はさすがである。
すると萌絵が美和に顔を寄せ、声を潜めて言う。
「て言うか、こうして見ると4人とも女優さんと比べても見劣りしないね」
「恐れ多いよ……」
美和は謙遜するが、萌絵は首を横に振った。そして古都を見る。
「特に……」
「まぁ、古都はね」
さすがにこればかりは謙遜の言葉も口に出ない美和である。するとその古都に1人の男が近づいて来た。萌絵のマネージャーと同じくらいの年の頃か、30代前半に見える。
「ダイヤモンドハーレムさん?」
「そうですけど?」
「すっごい可愛いよね」
「むむ! こんなところでナンパですか?」
「違うよ」
古都がジト目を向けるので慌てる男。古都はこの手の声かけに警戒心が強い。男は固まってグループを作っている女性キャストに目を向けて言った。
「僕はプロダクションのマネージャーで、あの中に自分が担当してる女優がいるんだ」
「あぁ、そういうことでしたか。失礼しました」
「事務所は所属してないって聞いてるけど、撮影終わったら話を聞かせてもらえない?」
どうやらスカウトのようだ。因みに他の芸能事務所の社員もダイヤモンドハーレムが体育館に現れてから目を光らせている。尤もその演奏と楽曲を聴いたことがない彼らなので、スカウトの方向性はダイヤモンドハーレムのメンバーの意向と違う。
そんな思惑を知る由もない古都だが、はっきりと告げる。
「もうお話頂いてる事務所があります」
「そうなの? 因みにどこ?」
「まだオフレコですけど、ジャパニカン芸能です」
「そっかぁ。それじゃ、撮影頑張ってね」
大手事務所の名前を聞いた途端、足早に去って行く男である。尤も他の事務所の社員たちはその会話まで聞こえていないので未だ目を光らせているが、後に呆気なく手を引くことになる。そのネームバリューは絶大のようだ。
するとダイヤモンドハーレムに他の男が寄って来る。
「お! 似合ってるじゃん!」
「あ! 梶原さん! 佐々木さん!」
古都がぱっと表情を明るくさせて反応した。寄って来たのはドラマプロデューサーの梶原で、その背後にアシスタントの佐々木も付いている。大和も一緒なので、ずっと3人で固まっていたようだ。
「大和さん」
古都が麗しい笑顔でスカートをちょんと摘んで少しだけ広げる。大和はポリポリと頬をかいて明後日の方向を見た。そしてボソッと言うのだ。
「4人とも似合ってるよ。凄く可愛い」
彼女たちを女として意識する前は平気で口を吐いていた賛辞も、今ではこの有様である。それでも期待通りの言葉を貰えてメンバーは皆嬉しそうだ。
それを見ていた萌絵は美和の言葉通り尻に敷かれているのだなと微笑ましく思った。梶原と佐々木も正確な関係こそ知る由もないが、それでも慕われていることは悟り、微笑ましく眺めていた。
そこで思い出したように佐々木が注意喚起をする。
「そうだ。廃校の外には野次馬がたくさん寄って来るから、撮影時間中は校外に出ないようにしてください」
「野次馬ですか?」
唯が反応した。希も興味を示して佐々木に目を向ける。美和は萌絵とワイワイしていて、古都は大和に夢中だが。
「はい。芸能人見たさに寄って来る一般人です」
「あぁ、なるほど……」
「今日のダイヤモンドハーレムの撮影は午前で終わりますが、午後も校内にいてください」
「え? 外出禁止ですか?」
「はい。校内は一般人を入れないようにしてありますので安全です。どうしてもって時は付き添いの人や大人を頼ってください」
「そんなに危ないんですか?」
「はい。有名無名関係なく芸能人ってことに食いついて、過激なことをする人も紛れている場合がありますので」
恐ろしい話である。唯の顔は引き攣っていた。無名の芸能人に対してもこれからは有名になるかもしれないから、お近づきになりたい一般人が寄って来るのだ。
そんな話をしていると更に10人ほどのキャストが入って来て、やがて1人の男性スタッフがマイクを握った。
『それじゃぁ、揃ったので撮影を始めます!』
マイクを通して切り出したスタッフが、自分が助監督だと最初に自己紹介をする。そして監督など他の主要スタッフを紹介してから、キャスト、スタッフとも各々配置に就いた。
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