第十六章

第四十一楽曲 販促

販促のプロローグは大和が語る

 U-19ロックフェスのダイヤモンドハーレムのステージが終わって少し経った頃だった。僕は久保さんから声をかけられた。まさかの人物の登場に驚いたし、ダイヤモンドハーレムを観るためにわざわざここまで来てくれたという事実に感激した。

 その後場所を変えて話がしたいと言われ、僕は久保さんと一緒に喫煙ルームに行った。煙が充満するその狭い密室で、僕は久保さんの用件を聞いて驚愕する。


「夏にビリビリロックフェスがあるんですがね」

「そうですね」


 久保さんの切り出しに僕は相槌を打った。僕は煙草を吸う習慣がないので話に集中するのみだが、久保さんは胸ポケットから煙草を取り出すと1本咥えて一息吐いた。僕たち2人しかいない喫煙コーナーに久保さんの吐いた煙が広がる。


「私の会社がサードステージの設営をすることになりまして」

「凄いじゃないですか!」


 僕は声を弾ませた。


 ビリビリロックフェスは7月最後の連続した金曜日から日曜日に、3日間開催される野外音楽フェスである。ここからは離れた県の広大なスキー場で行われ、メイン、セカンド、サードの規模が違う3つのステージがある。日本最大級のロックフェスだ。

 久保さんは自身が立ち上げた会社の実質的経営者だ。実質的と言うのは、久保さん自身がまだ現場を離れたくなく、雇いの社長を迎えて経営は任せているイベント会社だからである。

 その久保さんの会社がサードとは言え、日本最大級のロックフェスの設営をするとは恐れ入る。


「それで出演バンドが決まりつつあります」

「へー、そうなんですね」


 クラウディソニック時代は僕も憧れたステージの1つだ。それを設営する責任者の人とその話題を交わせることにどこか高揚感が湧く。しかしその高揚感は、次の久保さんの言葉でこの日一番の驚きに変わった。


「もし良かったらダイヤモンドハーレムに出てもらえないかと思いまして」

「……」


 頭が真っ白とはこういうことを言うのだろう。驚きと言っても最初は何のことを言われているのかわからず、理解が追いつかなかった。ただ久保さんが吸っては吐く煙草の煙を眺めていた。そして数十秒、やっと意味を理解して僕の目は見開いた。


「えええええ!? ダイヤモンドハーレムがですか!?」

「はい。ダイヤモンドハーレムです」


 久保さんは僕を向いて真剣な表情を見せた。湘南でのビーチライブで仕事への拘りを見せてくれた久保さん。そもそもビリビリロックフェスの設営だから久保さんにとってもチャンスなのだと考えなくてもわかる。そんな栄誉あるステージにダイヤモンドハーレム?


「え、え、え、え、えっと……。彼女たちはまだ高校生で、インディーズデビューが見えてきたばかりの無名バンドですよ?」

「それでもです」


 相変わらず久保さんの視線は鋭く、とても真剣だった。冗談で言っているなんて疑うことを許さない目力を宿していた。


「湘南のビーチライブでご一緒させて頂いてから、ずっと気にかけていました。そして今は出演バンドを固めている段階です。そのために今日のステージも観に来ました」


 恐れ多い話である。僕は半口を開けたまま久保さんの言葉に耳を集中させた。


「来て正解でした。昨年の学園祭以降彼女たちはかなり伸びています。メジャーアーティストじゃないからと言ってビリビリロックフェスのステージに立ったところで、他のバンドと見劣りしない。そう確信しました。それに今日の2曲目はなんですか? むしろあんな曲を聴かされてオファーを出さなかったら私が無能です」


 そこまで評価をしてもらえるなんて。うまく思考が回らない。うまく言葉も繋げない。すると久保さんの言葉が続く。


「ただ申し訳ないことに、ステージ演出の都合上、出演は3日目の日曜日で考えています」

「あ……」

「そうです。私も事前に調べさせて頂きましたが、U-19ロックフェスの全国大会と同じ日です。もし出演頂けるならU-19の方の辞退をお願いしたい。先ほどのステージパフォーマンスを観る限り、地区のグランプリは間違いないでしょうから」


 考えるまでもない。日本最高峰のロックフェスだ。U-19ロックフェスの運営には申し訳ないが、このチャンスを棒に振るうなんていうのは愚行だ。


「わかりました。そのオファー、ありがたく受けさせていただきます」

「良かった。是非良いステージにしましょう」


 僕は久保さんとがっちり握手を交わした。


「うおぉぉぉぉぉ!」

「きゃー!」


 U-19ロックフェスから帰るハイエースの中で全国大会辞退の真相を話すと、助手席の古都が叫んだ。天井に拳をぶつけながら両手を突き上げている。ルームミラーから後部座席を見ると、他のメンバー3人も口元に手を当てて目を見開き歓声を上げていた。メンバー皆、今回のオファーがどれだけ栄誉あることかを理解しているようだ。


「納得してくれた?」

「した! した! した!」


 古都の大きな声が車内に響く。独断で返事をしてしまったが、納得をもらえて安堵する。僕は彼女たちのプロデューサーなのだから独断にも文句を言わせないくらいの強い気持ちを持てればいいのだが、如何せん相手がダイヤモンドハーレムだ。万が一顰蹙を買った日には何をされるか恐ろしい。

 そして思い出されるのが辞退を申し入れた時の、U-19ロックフェスの運営の残念そうな顔である。それでも彼らもフェスのステータスの違いは重々承知しているので、仕方ないですねと言って辞退を受け付けてくれたから恐れ入る。


「ほ、ほ、ほ、ほ、本当に、私たちが出てもいいんですか……?」


 後部座席から美和の震えた声が聞こえてくる。普段はクールな印象のある美和でも、さすがにビリビリロックフェスのネームバリューに興奮が隠せないようだ。


「うん。久保さんの話だと、サードステージには次世代枠って言うのがあって、今後期待されるバンドをそこにブッキングするんだって」


 そう言って僕は過去にその次世代枠で出演したバンド名を上げていった。今では国内でかなり有名なバンドばかりだ。


「そんな恐れ多い枠を私たちになんて……」

「うはっ、大和さん、イキそう……」


 希は何を言っているのだ。ルームミラーで確認してみると、両手で体を抱きしめるような格好で悶えている。


「当初、次世代枠はメガパンクが検討されてたらしいよ」

「え? じゃぁ、もしかしてカズさんたちを押し退けちゃったんですか?」


 それに対して唯が恐縮そうに言う。それは事実ではないが、もしそうだとしてもそれは彼女たちの実力だから喜ぶべきことだ。交流バンドだから恐縮する気持ちもわからないではないが。


「違うよ。彼らは確かにメジャーデビューしたてで構想に当てはまるんだけど、ジャパニカンの強い押しで通常のブッキングになったんだって」

「きゃっ! じゃぁ、メガパンクも出るんですね?」


 唯の喜びの声が背後から届いた。ルームミラーで見てみると実に嬉しそうな顔をしている。


「うん。その方向で調整中だって。それから、横浜のツヨシたち」

「ん? スターベイツ?」


 これには助手席の古都が反応した。彼女はずっと僕に目を向けて話を聞いているようだ。


「そう。インディーズだけど経験値が高いからって彼らの出演も検討されてるみたい」

「うおー! ツヨシさん! タローさん!」


 再び古都の歓喜が車内に響いた。交流のあるバンドが2組ブッキングを検討されているので心強い。ブッキングされれば彼らにとっても栄誉だろう。


「この話はビリビリロックフェスの運営から公式発表があるまではまだ内緒ね」

「わかったよ、大和さん」


 古都が明るい声で答えた。


「それから他のブッキングオファーを受けてるバンドとのこの話もそれまでは禁句ね」

「はい!」


 後部座席からも3人の了承の声が聞こえた。かなり気合が入ったようなそんな雰囲気を感じさせてくれる。


「あともう1つ。ビリビリロックフェスに出られるんだから、CDを売るに当たってチャンスなんだけど、僕としてはフェスに出る前にはCDを売り切って、その結果、知名度を上げてフェスに臨みたい」

「賛成! 告知と販促頑張るよ!」


 そんな頼もしいことを言う古都の声がとても心地良かった。

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