第四十楽曲 第九節
マスタリングの前日にあったU-19ロックフェス地区大会に遡る。県内政令指定都市にあるホールで、大和は泰雅と隣同士で座ってダイヤモンドハーレムの出番を待っていた。響輝と杏里も来ていて、彼らはすぐ後ろの席にいる。
入れ替えのタイミングでステージを向きながら泰雅が隣の席の大和に言う。
「さすがに地区大会になるとそれなりのバンドが出てくるな」
「そうだね。僕らの頃よりレベルが高いかな?」
「だな」
つまりそれは、高校生当時のクラウディソニックではこの地区大会に出られたかも疑わしいという意見である。彼らは当時の地区大会で上から3番目の賞だったわけだから、出られたとしても受賞は厳しいものだろう。今がそれほどに黄金世代だと言える。
因みに今セッティングをしているのはダイヤモンドハーレムの高校の後輩にあたる末広バンドである。つまりクラウディソニックの高校の後輩にもあたる。そしてやはり正式なバンド名はまだ決まっていないようで、地区大会も同ユニット名で出ているから、とりあえずこの場は仮称ではない。
『こんにちは。末広バンドお願いします!』
ボーカルギターの健吾がマイクを通して言うと、演奏が始まった。当初の大和の予想通り、ドラマーがいないためドラムは打ち込みだ。あまり派手さがない打ち込みだが、ラッパーがいるためかそれほど楽曲が質素には感じない。
「まさか……」
すると大和が唸るが、ホールいっぱいにサウンドが響くので泰雅の耳には届かない。イントロの頃から聞き覚えのある楽曲だと思っていた。だからカバー曲だと思った。しかしなんと彼らはコピーバンドであった。
ただ厳密に言うと、原曲に対してラップが加わっているので、そのパートだけはアレンジが成されている。
それでもこれには驚いた大和。このフェスは楽曲の縛りが一切ない。だからもちろんコピー曲でも問題はない。しかしそれで選抜に選ばれるのだから、実際にその演奏技術は評価できるものである。
やがて末広バンドが演奏を終えると次にステージに上がったのはダイヤモンドハーレムだ。途端に客席はざわつき、それはそのセッティングの最中止まなかった。前年の覇者なわけだから一番の注目株だ。
すると泰雅とは反対の大和の隣の席に人が座った。大和が振り向くのと同時に声をかけられる。
「大和、やっほ」
「「「「泉!」」」」
大和の声は泰雅と響輝と杏里とコーラスした。皆一様に目を見開いている。泉は安堵と共に言う。
「間に合って良かった」
「わざわざ地区大会を観に来たの?」
「そうだよ」
まさかであった。泉は何食わぬ顔をしているが、泰雅と響輝と杏里からすれば久しぶりに会う昔の音楽仲間だ。杏里は連絡を取り合う仲とは言え、彼女も例外なくこの再会を喜んでいた。
この後、ダイヤモンドハーレムのセッティングの最中5人にとっては歓談の時間となった。泉は事件当事者の泰雅に対する偏見もなく、大和はそれに安心して、泰雅が希にドラムを教えている事実も説明できた。
『こんにちは! ダイヤモンドハーレムです!』
やがて古都が挨拶をするとすぐに演奏が始まった。
「ほう」
泰雅が唸った。尤もその声は大和に届いていないが。泰雅は希のドラム指導で音源を聴くだけであり、生の全体演奏で新曲を耳にするのは初めてだ。
更には後ろの席にいる杏里と響輝も唸った。彼女たちのライブを観るためにやっと地元のライブハウスに行けるようになった。だから既に新曲は聴いている。それでもレコーディングを経て、演奏が更にまとまったメンバーに成長を感じた。
そして圧巻は2曲目だ。ダイヤモンドハーレムは予選会とは2曲目を変更して臨んでいた。その選曲は『STEP UP』である。
響輝と杏里は一昨年の学園祭で、泰雅はその際のドラム指導で聴いていた曲。しかし大和が
それはこのホールにいるすべての聴き手が同様であった。大和の隣に腰を下ろした泉も含まれる。ホールのオーディエンスの多くは出演バンドだが、この楽曲に完全に心を掴まれ、誰もが敵わないと悟った。そう悟ったとおり、審査員の目の色は変わっていた。
やがて演奏が鳴り止んだホールは楽器の残音だけが尾を引いた状態で、誰もが固唾を飲んだままであった。圧倒的である。
「お疲れ様です、菱神さん」
しばらく余韻に浸っていると突然声をかけられて大和ははっとなり、通路を向いた。するとそこにはステージプロデューサーの久保が立っていた。
「久保さん! どうしてここに!?」
「ダイヤモンドハーレムを観に来たんです」
「わざわざですか!? ありがとうございます!」
大和は立ち上がり丁寧に頭を下げた。すると泉が久保と名刺交換を始める。互いに名前は知っていて、完全にビジネスモードだ。
この後大和は、インディーズでのCDデビューをするため、そのレコーディングが終わった旨を話した。すると……。
「白盤できたらコピーをください!」
久保に強く言われた。白盤なら今週できる予定だし、そもそも彼こそが最初の予約者だ。それは昨年の学園祭の後、レコーディングのプランを決めた時に遡る。大和は快く了承した。するとビジネスモードの泉も言う。
「私にもください!」
と言うことで大和は、白盤ができたら久保と泉にコピーを送ることとなった。ただそれはそれとして、この後大和は久保からの要望で場所を変えて彼と2人で話をした。
やがて全出演バンドの演奏が終わり、結果発表である。ダイヤモンドハーレムのメンバーは泰雅と泉を押し退け、大和の周りを囲っていた。そして司会がステージに上がり、マイクを握る。
『まずは審査員特別賞!』
審査員特別賞から順にバンド名が呼ばれる。やがてそれは準グランプリまで進み、末広バンドの名前は呼ばれなかった。それほどにレベルの高い地区大会だ。そしてダイヤモンドハーレムの名前もまだ呼ばれていない。
『最後にグランプリの発表です!』
ドラムロールが鳴り、そしてそのバンド名が叫ばれた。
『ダイヤモンドハーレムです!』
文句なし。圧巻の受賞であった。メンバーは皆満足そうな反面、驕ったような態度も見せずステージで表彰を受けた。
「希先輩! グランプリおめでとうございます!」
全プログラムが終わったホールの外で希に声をかけたのは末広健吾だ。自身の受賞は叶わなかったにも関わらず、気落ちした様子は見せない。希が反応を示す前に健吾は続けた。
「希先輩! お話しませんか?」
「ごめん。もうメンバーのところに行かなきゃ」
邪険に扱う希である。健吾はしょぼんとするが、同じ高校に通う生徒だ。日を改めようとこの日は大人しく引き下がった。
希がメンバーの輪に加わると、その時メンバーはこの日のステージを観に来ていた朱里と睦月と対面していた。朱里の手には紙が握られている。
「グランプリおめでとう」
「ありがとう!」
古都が満面の笑みで答えた。すると朱里は握っていた紙を差し出す。
「これ、ジャケ写と歌詞カードのデザイン案」
「もうできたの!? 助かる!」
朱里は案を複数用意してプリントアウトしていたのだ。それに目を輝かせるメンバー。そんなメンバーに朱里は報われた気持ちになる。
「その画像データも唯のメアドに送ってあるから、好きなのを選んで使って。もし意見があるなら修正するから遠慮なく言って」
「ありがとう、朱里ちゃん」
これには唯が笑顔で答えた。古都と美和は食い入るように朱里のデザインを見ていた。後から合流した希は2人の間から顔を覗かせるが、残念ながら低身長が不便なようでピョンピョン飛び跳ねている。
「朱里ちゃんと睦月ちゃんだっけ? いつもありがとう」
この時合流した大和が声をかけると朱里は嬉しそうに「いえ」と言って、睦月は遠慮がちに「今回私は何も」と謙遜した。とは言え、ジャケット写真に写っている衣装を作ってくれた功労者だ。
「もう帰るなら響輝の車に乗れるけど一緒にどう?」
「いいんですか? お願いします」
朱里が愛想良く言うので大和は朱里と睦月を響輝と杏里に合流させた。そしてデザイン案をニコニコ顔で見るメンバーだけが残った場で、同じくニコニコ顔の大和が言う。
「今、運営に全国大会の辞退を伝えてきたよ」
「お! 手続きありがとう、大和さん」
「これ、可愛くない?」
「これなんて格好いいね」
「……」
「……」
繰り返す。大和はニコニコ顔で、デザイン案に見入るメンバーもニコニコ顔だ。
「……」
「……」
「なんだとおおおおお!」
メンバーの表情が一変したかと思うと、途端に古都の声がホール外の人だまりにこだました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます