第四十一楽曲 第一節

 インディーズCDのレコーディングが終わり、ビリビリロックフェスのオファーを受けて、高校3年生は順調なスタートだと言えるダイヤモンドハーレム。そのインディーズCDは朱里から受け取ったデザイン案も確定して、更に白盤CDもでき、プレスの依頼をかけた。しかしこれからが本番だ。

 GWゴールデンウィークの2週間後の土曜日。私服姿でゴッドロックカフェに集まるダイヤモンドハーレム。目的は翌週に控えた中間テストの勉強会で、他に親しい備糸高校の生徒もいる。しかしこの時は大和と杏里を囲って何やら難しそうな顔をしていた。


「予約が伸びない……」


 古都が肩を落として言う。そう、プレスをかけたことでインディーズCDの告知と予約販売は開始されている。発売日は7月の中旬だ。今から約2カ月後。しかし予約が伸びないのである。

 とは言え全国的には無名。地元でもライブハウスのチケットノルマをクリアできるようになった程度で、知名度が高いとは言えない活動2年のバンドだ。それでも予約販売開始後1週間で実に500枚の予約を受けているから大したものだ。

 ただ商品登録をしていないのですべて予約はホームページから受け付けており、大和や杏里や希を中心に、メンバースタッフ間で管理している。これがなかなか大変だ。発送も入金管理も自分たちの手作業である。


 500枚の内訳は、宅配希望の顧客が多いためそれをもとに予測を立てた結果、地元の県内が約200枚。ゴッドロックカフェの常連客や備糸高校の生徒もここに含まれ、大半は県内のライブハウスに足を運んでくれるファンだ。

 それから地元の県以外の全国のファンが約200枚。昨夏の武者修行ツアーが活きている。そしてライブにまでは足を運ばない動画の視聴ファンが約100枚。これは動画のコメントから推測できた。


 しかし販売枚数は2000枚。まだ4分の1しか予約を受けていない。出だし好調だった予約はこの1週間止まっている。SNSも駆使してはいるが、結果が出ないのでメンバーは気落ちしていた。


「そう気を落とすなって。発売日以降はライブ会場での手売りもできるから」

「そうだけど……」


 大和の励ましの言葉にも生気を取り戻せない古都。他のメンバーも大差ない。彼女たちの思惑は、CD発売日から10日ほどで迎えるビリビリロックフェスまでに完売すること。そのためにできるだけ予約を伸ばしたい。そして売り上げ実績をもとにビリビリロックフェスを盛り上げたいのだ。


「なんならビラ配りでもする?」

「え? できるの?」


 杏里の言葉に古都がムクッと顔を上げた。他のメンバーも興味深そうに杏里の話に耳を傾ける。


「やるなら備糸駅前でビラ配りができるように、警察に道路使用許可の申請するよ?」

「やる! やる!」


 古都が気合の入った返事をする。しかしそこに美和が口を挟んだ。


「けど、備糸市内だけじゃ限界ありますよね?」

「それならライブの日のライブ前に都心でもやる? やるならそれも管轄署に申請しとくけど?」

「やる! やる!」


 これまた古都が乗り気だ。やる気があってよろしいと思う反面、釘を刺したのは大和だ。


「女の子だけで街頭に立つのは危ないから、やるのは昼間で2人1組ね」

「備糸駅の前もそうしなきゃダメ?」


 これに不満を示したのは古都だ。気が急いているようにも感じる。そもそもビリビリロックフェスの前にCDを売り上げたいとは大和が言ったことなので、彼は少しだけ配慮した。


「じゃぁ、備糸駅の前は夜7時までで1人でもいいよ。やるのはその日来店するメンバーね。7時になっても来店しなければ僕がすぐに様子を見に行けるから」

「キュン!」


 目をギュッと瞑ってデレ顔になる古都。大和に気にかけてもらっている。心配してもらっている。それが嬉しかった。


「じゃぁ、大和が店を空けるかもしれないから、あたしもその間はできるだけ店に出るよ」


 そして協力的なのが杏里だ。こういう人たちの支えがあってこそのダイヤモンドハーレムの活動である。メンバーは一様に感謝した。


 そんな話で翌週の3年生最初の定期テストを経て、その間に杏里が申請を済ませ、テスト終了と同時にダイヤモンドハーレムのメンバーは、ビラ配りのため街頭に立った。テストの勉強会中に件のミーティングをしてから1週間後の土曜日だ。

 この日は都心のライブハウスでライブがある。その前に若者の街と呼ばれる場所まで来てのビラ配りだった。


「こんにちはー。ダイヤモンドハーレムって言います。CDデビューすることになったので、よろしくお願いします」


 整備されて歩道が広い交差点の角で、古都は行き交う人々にビラを手渡す。

 周囲は大通りに面して開放的である。しかしその大通りの対面には高層の建物が立ち並び、視覚的にその開放性は感じない。むしろ開放されたこの場所ではビル風が吹き抜け、手に持つビラが風で暴れるから大変だ。


「こんにちはー。ダイヤモンドハーレムです。CDデビューすることになったので、よろしくお願いします」


 古都の数メートル近くでは唯も同じように声をかけてビラを渡していた。人見知りながら頑張っている唯である。

 ペア分けはいつものとおりだ。人見知りの唯と口下手な希を分ける。そして物怖じしない古都と希を分ける。つまり古都と唯がペア、美和と希がペアだが、その物怖じの意味とは……。


「ねぇ、ねぇ。カラオケ行かない?」


 唯がビラを手渡した2人組の若い男から絡まれる。唯は途端に怯えて「ひっ」と声を引きつらせる。それに気づいた古都がすかさず唯に近づく。


「すいません。私たちこれが終わったらライブなんです」

「お! 君も可愛いじゃん!」

「俺、こっちの子の方がタイプ」


 古都の話を全く聞いていない男2人。つまりナンパ対策のペア分けである。これに慣れている古都は、笑顔を顔に貼り付けて答える。


「もし良かったらライブハウスに足を運んでください」

「はぁ? いいじゃん、カラオケ行こうぜ?」

「ライブなんですよ」

「女子高生?」

「そうですけど……」

「アイドル? バンド?」

「バンドです」

「JKのやるライブなんてお遊びの延長だろ?」

「む!」

「それ行ってやるからその後アフター付き合えよ?」

「ぎゃはは。キャバ嬢かよ」


 連れの男が面白可笑しく笑った。沸々と怒りが込み上げるが古都は我慢する。ファンが増えてきてプロ意識も徐々に芽生え、だいぶ大人になったようだ。


「すいません。夜遅くなるから無理です」

「なんだよ、つまんねーな。じゃぁ、ライン教えてよ?」

「すいません。ファンの方との個人的なやりとりもできません」

「はぁ? ファンじゃねーし。自惚れんな、ばーか」


 ナンパがうまくいかないことで態度を豹変させた2人の男。この後彼らは汚い言葉を散々浴びせ、受け取ったビラを丸めて放ると立ち去った。古都は唯が怯えていないか心配になり、唯に向いた。すると唯は放られたビラを拾って来て気丈に言った。


「ふぅ……。古都ちゃん、気を取り直して頑張ろう?」

「うん!」


 男と対面している時はさすがに言葉を発することができない唯だが、それでも彼女のメンタルもかなり強くなっているようだ。古都は安心してビラ配りを続けた。


 一方、希と美和。やはりナンパをされていた。無表情で淡々と受け答えをするのは希だ。美和は希の斜め後ろで彼女の服を掴んでいる。希が早まった行動を取らないようにするためだ。


「今から俺らと飲みに行かね?」

「この後ライブだからたくさんお酒あるわよ」

「じゃなくてさ、居酒屋行かね? 奢るから」

「ライブのチケットとライブハウスのお酒の方が安く済むわよ」

「じゃなくてさ、俺らと遊ばね?」

「ライブハウスで弾けると爽快よ」

「じゃなくてさ、これナンパ。わかる? ナンパ?」

「ステージを観に来てくれるファンの男の人がいっぱいいるから間に合ってる」

「はぁ……」


 ナンパ師の男は全く話が通じないので、肩を竦めて立ち去った。希も穏便にうまく受け流すことができるようになったものである。

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