第四十楽曲 第八節

 4月最後の月曜日。GWゴールデンウィークに入った祝日のこの日、ダイヤモンドハーレムのレコーディングはスタジオ演奏の最終日だ。

 回を重ねるごとに随分慣れてきて、目標時間内での録音を済ませたどころか、初日に録れなかったコーラスの録音も済ませている。日に日に疲労も感じさせなくなり、こいつらは化け物かとエンジニアの2人は内心で感嘆していた。


 そして午前のレコーディングを終えて再開されたのは午後のレコーディング。ここまで10曲中9曲を録り終え、残すはあと1曲だ。最後の1曲は旧題をヤマトと呼ばれた『STEP UP』である。


「のん。頼んだ」

「任せて」


 最初のパート。ドラムの希がコントロールルームを出る時に古都とそんな言葉を交わし、メンバーや大和とハイタッチを交わす。その瞳はやる気に満ちていた。

 やがて演奏スタジオに移動した希を、コントロールルームからモニター越しに見守る大和とメンバー。1テイクで済むとまではいかないが、それでも順調に希は演奏をこなす。


 大和とメンバーは皆この曲を聴くたび、そして演奏をするたび、各々の思いを抱く。1年生の時に一度は大和と決別し、しかしメンバーだけで曲を完成させて関係修復のきっかけを作った。そしてその編曲アレンジの完成度を大和が上げた。

 それは大和らしいハードな編曲アレンジと、古都らしいポップながら勢いのあるメロディーが見事に調和した楽曲だ。歌詞は師弟愛をテーマにしており、彼女たちの成長を支える大和を思ったものだ。それは青春ソングと言えるべきもので、物事に挑戦し打ち込むティーンズの気持ちを描いたものにもなっている。

 希のドラムは所々ツインペダルを活用して楽曲に疾走感をもたらす。そして両側のクラッシュシンバルを何度も叩き、激しさを表現する。


「唯、リラックスしてね」

「もう私は大丈夫だよ。安心して見てて」


 やがて希の演奏が終わると古都が声をかけたのは唯だ。次の演者である。そして唯から自信に満ちた言葉が出たことに古都も美和も笑顔を見せた。更に唯は楽曲によってはキーボードもあるので、コーラスを含めて3パートだ。大和はそんな唯の成長を頼もしく思い、目を細めた。

 ベースラインはルートが主だが、それがドラムと相まって曲の勢いを増す。AメロやBメロの部分はスライドを加えたりしてうねりを表現するが、それは絶妙なアクセントとなっていた。


「行ってくるぜ」

「楽しんで来て」


 コントロールルームを出る古都に声をかけたのは美和だ。次の演者はサイドギターの古都である。

 この曲のサイドギターは歪を抑えているが、透明感のある音のクリーントーンではない。古都の美声を活かすためにドライブを控えめにしてはいるが、楽曲の重厚感を殺さないためのディストーションサウンドだ。

 パワーコードやローコードが主のパートでそれほど難しい技術は用いないが、それでも大和はよく2年でここまで演奏できるようになったと感心する。ストイックな練習に裏打ちされた古都の演奏は、商業盤のレコーディングにももう恥ずかしくはない。


 そしてそのギターサウンドを飾り付けるのが、次の演者、美和のリードギターである。イントロはリフとギターソロの両方の効果を期待して大和はオクターブ奏法で編曲アレンジをした。その曲の掴みは耳に馴染みやすいメロディーとなっている。

 そして確かな技術を持つ美和のリードギターはさすがで、強いディストーションの効いたその音質は楽曲を見事に飾り付ける。ギターソロは得意の速弾きも披露し、1音毎の正確さをしっかり聴き手に届ける。


 大和は彼女たちの成長と思い入れのあるこの楽曲『STEP UP』のレコーディングを見守り、やがてコーラスまで録り終えてレコーディングの演奏行程は終了した。


「うおー! 終わったー!」


 コントロールルームで両手を突き上げた古都。美和も唯も満足そうにしていて歓喜の声を上げた。希もほっとしたような、達成感に包まれたようないい笑顔を見せていた。


「ほらほら、まだミキシングとマスタリングが残ってるから」

「なんだよ、もうっ! せっかくいい気分だったのに腰を折って」


 大和が釘を刺すものだから古都が膨れて不満を口にした。大和は「あはは」と笑いながらも、彼女たちの気持ちも理解できるので、これ以上は何も言わなかった。


 そして連休も5月に入り、最初に行われたのがミキシングだ。その翌日がジャケット写真の撮影である。ジャケット写真に関しては大和が口を出せる分野ではないので、ただ見守るだけだ。いや、見惚れるだけだ。


「まったく、デレちゃって……」


 撮影中のスタジオで、被写体となったメンバーを見る大和にジト目を向けるのは杏里だ。大和は慌てて表情を整えた。どうやら無意識だったようだ。

 オリジナル学生服のブレザーに身を包んだ少女たちは、煌びやかな笑顔をカメラに向けフラッシュを浴びていた。その姿で各々楽器を手にするのも見る者を萌えさせる。そもそも美少女の集まりなので、それこそアイドルのグラビア撮影であるかのようだ。


「白盤はいつできるの?」


 撮影を見ながら腕を組んだ状態の杏里が大和に問い掛ける。豊満な胸がそのボリュームを主張して腕に載っていた。杏里が言った白盤とはレコーディングの白盤CDのことで、それはレコーディング後最初にできるマスター音源である。


「GW明けの週にはできるって」


 明日が地区大会で明後日がマスタリングだ。レコーディングスタジオは書き入れ時の連休中なので、両日とも別のバンドの8時間パックの予約が入っている。それを避けたエンジニアの空いている時間に、ダイヤモンドハーレムはミキシングとマスタリングの予約を入れていた。それを経て白盤はできる。


「プレスはどれだけするつもり?」


 次の杏里の質問に出てきたプレスとは制作枚数のことを問うている。大和は撮影風景から目を離さずに答えた。


「2千枚」

「は!? 2千枚!?」


 杏里が驚いて声を張り、大和を向いた。大和は何食わぬ顔で相変わらず撮影を見ている。


「うん。もう依頼はかけてある。白盤ができたら正式発注」

「凄っ……。自信あるんだね?」

「うん。そりゃぁね」


 大和がクラウディソニック時代に出した2枚のインディーズCDはどちらも1千枚のリリースであった。それも売り切るのに苦労をしたものだが、メジャーデビューが決まって無事完売した。それがダイヤモンドハーレムに関しては2千枚だから強気である。

 ただ強気とは言え大和は無策だ。成功をするアーティストなら何か持っているだろうし、そうであってほしいと彼女たちに賭けていた。だから2千枚をどうやって売り切るのか、そのビジョンはないのに自信だけはある。


 尤もメンバーに2千枚と言っても初めてのリリースだからピンと来ていない。プレスの発注は大和が担当しているので、今杏里に話すまで完売の難しさを理解しつつそれでも燃えていたのは大和だけだった。因みにこのリリース枚数の制作原価も昨夏のツアーで得た予算があってのものである。


 やがて撮影は終わった。大和と杏里とメンバーが一か所に集まったところでカメラマンが言う。


「撮影データはDVDに焼いて1週間ほどでご登録の住所にお送りします」


 カメラマンに事前に伝えていた住所はゴッドロックカフェの所在地だ。それなので、撮影データは店に届くということになる。


「もしお急ぎでしたら、明日にでも大容量メール便で送ることもできますが、いかがいたしますか?」

「あ、それならお願いします」


 できるだけGW中にジャケットとなる歌詞カードのデザインを済ませておきたかったので、大和はその提案に乗った。


「送り先のメールアドレスは事前にお聞きしているアドレスでよろしいですか?」


 それはゴッドロックカフェのメールアドレスだ。それについて唯が口を挟む。


「もう1つ送ってほしい先があるんですけど、できますか?」

「はい。大容量メール便はアドレス5つまで同時に送れますので」


 とのことなので、唯はデザインを担当してくれる朱里のアドレスを教えた。これで撮影までが滞りなく済んだ。


 そして2日後、マスタリングの行程も終わり、レコーディングの全日程が終了した。あとは白盤とジャケットのデザインを待ってプレスの発注をかけるのみである。

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