第四十楽曲 第七節

 古都の部屋でしっとり髪が濡れた状態の古都とヒナ。肩にはタオルをかけており、古都の妹、裕美からドライヤーも借りて来て2人同時に髪を乾かしている。


「ちくせう。羞恥プレイだぜ」

「ふふ」


 不敵に笑ったのはヒナだ。どこか勝ち誇ったような表情である。


 ヒナを連れて帰宅した古都は、母親から言われた。


「酔ってる人はお風呂危ないから止めときなさい。どうしても入りたいなら、古都が一緒に入ってあげなさい」


 そしてヒナは風呂に入りたい意思を示し、この2人は一緒に風呂に入ったわけである。それで膨らみの主張が寂しい古都はヒナの裸体に完敗を認め、一方ヒナは満足そうなわけだ。とは言えそれでも容姿がいいうえに細くすらっとしていて、更に肌が白くて綺麗な古都だから、世の中不公平だとヒナが思ったのもまた事実だ。


 やがて髪を乾かし終えると、徐にヒナがバッグを漁った。すると1本のボトルを出す。


「うおい! お酒じゃないですか!」

「そうよ。二次会をしたお店から持って来たの」

「それって本来、キープボトルじゃ……」


 さすがにゴッドロックカフェに出入りするだけあって古都は理解している。そう、ヒナが持ち込んだボトルは焼酎ボトルで、店で注文したものだ。会計済みとは言え、本来店外持ち出し禁止でボトルキープをするためのもの。それをこっそりバッグに忍ばせていた。

 しかも古都の家に帰宅する途中、ヒナはコンビニに寄って2リットルのミネラルウォーターと氷まで買っていたから、古都は酔い覚ましに氷水を飲みたいのかと思っていた。事実は焼酎の水割りだ。


「お酒付き合って」

「無理です。私、未成年です。因みにヒナさんも」

「なに固いこと言ってんのよ? 隠れて飲んでない未成年なんて聞いたことない」


 どういう見解だ? 古都は唖然とするも反論を続けた。


「私、明日学校って言ったじゃないですか? それに将来は芸能事務所に所属したいんです。こういう履歴はスキャンダルになるから無理です」

「まさか音楽でプロを目指してるの?」

「そうですよ!」

「ふーん」

「とにかく。私、ギターの練習していいですか?」

「しょうがないわね。古都の下手なギターでも聴きながら1人で飲むわよ」


 同室の未成年が飲酒をするのも本来はスキャンダルなのだが。

 この日は始業2日目につき実力テストだったので、まだ予習復習がないのは幸いである。ヒナを相手にしながらも、古都の生活ルーティンはギターの練習だけだ。但し、ライバルを前にして創作までできないのは残念だ。


「それ、新曲?」


 練習を始めるとヒナが問い掛けてくるので、弾き語りをしていた古都はヘッドフォンを外して首にかけた。ヒナは古都がキッチンから持って来たグラスで焼酎の水割りを口に運んでいるところだった。


「そうですよ」

「ふーん。弦の音だけじゃ物足りないから、アンプから音を出してよ」

「もう夜遅いから少しだけですよ?」

「うん」


 幸いにも古都の自宅は住宅密集地ではない。ある程度は近所迷惑にならないが、さすがに家族には迷惑がかかる。だから時間も音量も少しだけと思い、家庭用アンプからヘッドフォンを抜いた。そして弾き語りをした。


「へー、いい曲だね」


 意外なことにヒナが好評を口にするものだから古都は虚を突かれた。ヒナはグラスを回して氷で遊んでいて、時々そのグラスを口に運びながら古都を見ている。


「あ、ありがとうございます」

「対バンではやってなかった曲だよね?」

「はい。次のレコーディングの日に収録する曲です」

「ん? CDデビューするの?」

「まぁ。まだ公表はしてないですけど……」

「ちょっと貸して」


 するとヒナはグラスを置いて古都のギターを強奪した。古都は困惑しながらも大人しくヒナを見守った。


Amエー・マイナーからだったよね?」

「はい。そうです」


 するとヒナは今古都が歌った曲を弾き始めた。これには驚いた古都。生の弦の音で1回とアンプから音を出して1回しか演奏していないのに、ほぼ完ぺきにコードとメロディーを把握していた。さすがに歌詞はわからないようでハミング程度だが、それでもその演奏力の高さに圧倒される。

 そして1コーラス弾き終わったヒナに古都は問う。


「あ、あの。どうやったらそんなに綺麗に弾けるんですか?」

「練習あるのみ」

「ですよね……」

「まぁ、1つだけ私と古都の違いを言うとしたら、ピックの握り方かな」


 ヒナはギターを返すと再びグラスを持った。古都はギターを膝に据えながら問い掛ける。


「ピックですか?」

「うん。握り方次第でミュートのしやすさも変わる。そもそもピック選びはどうしてる?」

「えっと、美和が使ってたのを借りたのがきっかけだから、それからそのままです」

「は!? 美和はリードギターでしょ? ローコードが主な古都とは違うわよ。だからピックが涙型なのか……。て言うか、始めてもう2年でしょ? ずっと他のピックを試さなかったの?」


 矢継ぎ早に言われるものだからどこから答えたらいいのかわからない古都だが、とりあえず最後の質問に対して首肯した。


「信じられない。色々試してみなよ?」

「うぅ……。そうします」

「古都のパートには私的におにぎり型がお薦めよ」


 そんなことを言って酒を煽るヒナ。どこか意地悪な印象があり、それでもライバルだと思っていたヒナだが、まさか音楽談義をしてアドバイスをもらえる日が来るなんて思ってもいなかった。少しだけ古都の心は温かくなった。


 やがて練習を終えると消灯した。古都はベッドで、ヒナはその脇に敷いた布団で横になった。常夜灯のみの薄暗い部屋で古都が問い掛ける。


「ピンキーパークはこれからどういう活動をしていくんですか?」

「変わらないよ。備糸市を中心にライブをして、呼んでもらえば時々県内のライブハウスにも行くくらいだよ」


 備糸市にはライブハウスと銘打った施設がない。ライブホールを併設させた楽器店はあるが、ドリンクカウンターやチケットノルマはなく、専らイベントや貸し切りのみだ。

 それ以外だとゴッドロックカフェのように生演奏ができるようになっているバーか、楽器店が市民ホールを借りてイベントを開催するくらいだ。だからこそ古都は疑問に思う。


「それだと知名度を上げるのに限界がありません?」

「どのバンドもあなたたちみたいにプロを目指してるなんて思わないでよ」

「え? 違うんですか?」

「まったく。私たちはあくまで本気の趣味よ。恐らく活動も長くてあと3年か4年ね」

「そうですか……」


 つまりは学生のうちだけだという意味だ。古都はどこか寂しくも思った。


「ヒナさんは将来何をしたいとか決まってるんですか?」

「うーん、まだ漠然とだけど、じっとして事務仕事ができるような性格じゃないから、総合職がいいと思ってる。そのために今は経済学部だし」

「そうなんですね」


 それからしばらく沈黙が続いた。寝息は聞こえてこないが、ヒナは寝たのだろうかと古都は思っていた。すると暗闇にヒナの声が舞う。


「地区大会、私たちの仇を取ってね」


 まさかの言葉だった。それを噛み締めるも、古都は言った。


「私たちは自分自身と私たちのファンのために頑張ります」

「私がファンなのよ」

「え?」


 これには心底意外で古都は寝たまま首だけヒナの方に向けた。しかしヒナの表情はわからない。


「店長さんの」

「む……。まぁ、確かにそれも1つのファンの形ですね」

「はぁ……。まさか、中学生に負けるなんてな……」

「そう言えば。彼らうちの高校に入学しました」

「げ……、最悪。また備糸高校に負けたってことじゃない」

「まぁ。とにかく自信はあるんで、先輩の貫禄を見せてやりますよ」

「そうね。期待してる。ガールズバンドの意地を見せてやりなさい」

「はい」


 それを最後に2人は眠りに就いた。


 翌朝。古都が着替えを済ませると妹の裕美が部屋に訪ねて来る。


「お姉ちゃん準備できた? 行くよ?」

「あ、うん。今行く」


 布団の上で上体を起こしたヒナは、寝ぐせで髪が跳ねまくっており頭を抱えている。二日酔いだ。


「ヒナさん、ママには言ってあるからゆっくりしてってください」

「ありがとう」

「授業はあるんですか?」

「出なくても平気なやつ」

「それなら安心ですね。行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 ヒナは古都が出かけたのを見送ってバタンと布団に倒れた。


 玄関を出た古都は裕美と一緒に歩く。2人とも同じ制服姿だ。そう、裕美もこの春から備糸高校の生徒である。


「そう言えば裕美ってさ、仮称末広バンドの誰かと同じクラスだったりしない?」

「そんな仮称で言われてもわかるわけないでしょ?」

「えっと……」


 古都は記憶を頼りにメンバーの名前を次々上げていく。しかし裕美は言う。


「て言うかさ、隣の隣町なんてそんなレアなとこから来てる人、同じクラスにいてもまだ覚えてないよ」

「そりゃそうだ」

「その人たちがどうしたの?」

「3年の教室まで来てダイヤモンドハーレムに構うから、裕美がリードでも握ってくれたらなと思って」

「ちょっと。私に押し付けないで」


 当たり前だ。2人は美少女姉妹。裕美に構わせたら逆に裕美に寄って来てしまう。いい迷惑だ。

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