第三十九楽曲 第五節

 大和の自宅で風呂を済ませた古都は再び店に下りて来た。髪はドライヤーを当てたがまだ少しばかりしっとりしていて、格好は大和の部屋に常備された部屋着姿だ。店の裏口を開けたところで他のメンバー3人が迎える。


「清めた。準備はオッケーだよ」

「うん。最高の夜になるといいね」


 美和が店の裏手の通路で古都を励ます。それに古都が一度首肯をすると唯が両手を握りしめて続く。


「古都ちゃん、頑張って」


 これにも古都は真剣な表情で首を縦に振った。通路の照明が古都のつぶらな瞳で光を反射させる。すると希も言った。


「古都の開通工事が終わったら私も続くわ」

「うん。加入順だね」

「へ?」


 申し合わせもしていないのに2人でそんな会話を繰り広げるものだから、間抜けな声を出したのは唯だ。古都、希ときて次は……。


「わわわわわ、私がその次……?」

「そうよ」


 希は事も無げに言う。肉食系の2人が先鋒次鋒なのはともかく、隠れ肉食を差し置いて副将に選ばれた唯である。美和は唯の隣でモジモジしているが、必然的に彼女が大将だ。


「じゃぁ、行ってくる」


 古都は一度メンバーと真剣な表情で顔を見合わせると、ステージ裏の控室のドアノブに手をかけた。


 常夜灯の光のみの暗い控室で布団を敷いて寝ている大和。彼は今、夢への入り口に差し掛かったところだ。脳内は半分現実世界にいて、半分は夢の世界にいる。そっと開かれたドアの音を鼓膜が捉えるものの、それを脳が認識することはなく現実世界には戻ってこない。

 しかし第六感が人の気配を感じさせる。小上がりになった控室の畳の上で、人が上がった時の沈む様を、布団を介して背中に感じた。徐々に徐々に大和の脳は覚醒されて現実世界に呼び戻される。

 そして聞こえる衣擦れの音。それはそれなりに長い時間続き、とうとうその音を脳が認識した。そして大和は目覚める。薄く目を開けた先には人影があった。


「ん? 古都……?」


 さすがである。眠りから覚めたばかりの大和は、視覚ではまだシルエット程度しか認識できていないにも関わらず、しっかり彼女が古都だとわかった。これも今まで濃い時間を共にしてきたことによる嗅覚か。


 一方、ドアの外では上から順番に美和、唯、希がドアに耳を当てて室内の様子を窺っていた。ブレーメンの音楽隊のような体勢だが、一匹足りない。


「……ん? はっ!?」


 控室内では大和が飛び起きた。上体は跳ね上がり、古都を向いて身を引いた。まさかの事態に後方に手をついて上半身を支えるのがやっとで、状況を理解して顔を背けるのだ。


「ちょ! なんて格好!」

「大和さん……」


 古都の甘い声が大和の鼓膜を刺激する。大和は顔を背けた状態から更に目をギュッと瞑る。目を開ければそこには一糸纏わぬ姿の古都がいるからだ。そう、古都は服を全て脱いでいた。

 しかし硬直状態の大和が伸ばした足。その太ももに柔らかい感触。それを認識した途端、首に両腕を回される。大和は恐る恐る目を開け、正面を見た。


「抱いて……」

「かぁぁぁぁぁ」


 やはりそこには裸の古都がいて、暗いながらもわかるその潤んだ瞳に大和は悩殺される。古都の前髪が大和の額に触れるほど顔は近い。しかし大和は一瞬で被りを振る。


「ちょ、いきなりどうした――んんっ……!」


 大和が言葉を発しようとするも古都から口で口を塞がれて最後まで紡げなかった。その柔らかい感触に思わずうっとりする。


「大和さん……」


 顔を離すと古都は大和の目を真っ直ぐ見て名前を口にする。大和は全身に熱を帯びて顔が真っ赤だ。尤も暗い部屋なのでそれを古都は認識していない。


「ダメだって。落ち着いて。う……」


 大和は古都の肩を押し返そうとした。しかし古都が自身の首をホールドしている。大和の手は下から伸びるわけで、素肌の古都の小さな双子山に触れてしまい瞬時に手を引いた。


「んんっ……!」


 すると押し寄せてくる第二波は舌まで挿し込まれた。密着状態でスウェットは完全にテントを張ってしまっている。それはもちろん古都に当たっていることだろう。

 押し返すこともできず、そうかといって押し倒されるわけにもいかず、足は古都に乗られて布団に伸ばしたまま固定され、結局は対面のまま密着だ。大和は肘から先を広げた状態で、両手の指はフレミングの法則を模り力んでいる。


「ぷはっ」


 古都は一度離れるとすかさず大和に抱き着いた。大和は力んだまま何もできず、ただ正面からの古都の柔らかさを感じるばかりだ。そして耳元で甘く囁かれる。


「抱いて……」

「……」


 頭は真っ白。思考停止。しかしそれではいけないのでなんとか理性と意識のか細い糸を手繰り寄せ、大和はやっと古都の肩を掴み距離を取った。


「うっ……」


 しかしはっきり見える古都の裸体。暗闇にも目は慣れてきていて、とにかくその素肌が綺麗だ。それでも大和はまだ頑張る。


「約束と違う。こういう間違いが起こらないために寝室は別だって言ったじゃん」

「間違いなんて言わないで。それにそれはこないだまでの話でしょ?」

「違う。泊りを認める以上、寝室に関してはこれからも別っていうのが条件だ」

「なんでそんなこと言うのよ?」


 真っ直ぐに大和を見据える古都の声は震えていた。大和は古都の瞳から目を離せない。ただ、この至近距離だ。そうしていれば古都の裸体は視界に入らないので、煩悩に侵されることもない。とは言え、美少女。やはり込み上げてくるものもある。


「僕は古都を指導する立場にあるから」

「そうは言っても、学校の先生みたいな立場とは違うじゃん」

「そうだけど、メンバーの親御さんの了解をもらって君たちを預かってる。だからこういうことはできない」

「……」


 わかっている。大和はこういう男だ。だから信頼を得ていて、高校生ながらメンバー誰もが外泊を黙認され、若しくは許可され、音楽活動に没頭できている。ただ今は創作の壁にぶち当たり、それを超えられない自分が古都は悔しい。

 一方、大和は女の子に恥をかかせることをしているのではないかと恐縮の念も襲う。しかしやはり指導をする立場として一線は超えられない。


「なんでこういうことをしたのか、訳を聞かせて?」

「詞が……詞が……書けなくて……」


 やはり古都の声は震えていた。そして詞と言われて大和はばつが悪い。自分が課したノルマが影響していることは明白で、それを認識した大和は古都の行動の意味を理解し始めて責任を感じた。


「ピンキーパークは凄く深い恋愛の詞を書いてて……、けど私はそこまでの詞が書けなくて……、それは私が男を知らないのが原因だって……」

「誰だよ、そんな入れ知恵をしたのは……」


 お前の元カノだ。しかし古都はそれに答えることなく続けた。


「けどね、いくら私でも誰でもいいなんて思ってないよ。私は身も心も音楽に捧げてる。その先を照らしてくれてるのが大和さんなの」


 鈍感で更に今はパニック状態の大和でも、さすがに古都のこの言葉に感じるものはある。ただなかなかそれを直視できずに口を噤んでいると、古都の言葉が続いた。


「けど大和さんは私たちダイヤモンドハーレムの誰からも取り上げちゃダメなの。だから……」


 その後に続く言葉はメンバーの気持ちまで古都の口から曝け出すことになってしまう。だから出てこなかった。行動に対して矛盾すらも含むこの言動は、マイナス要因になったのではないかと古都は憂う。

 しかし次の大和の行動は、古都のその不安とは関係のない方向を向いていた。


 大和は手を伸ばして毛布を掴んだ。そしてそれを引き込むと古都の首から下を覆い、しっかり前まで隠した。


「僕は今の古都の詞にそういうものは求めてない」


 とても優しい表情だった。古都は潤んだ瞳で大和を見据える。大和の表情が古都に安心を与えた。


「僕が求めてるのは今しか書けない古都の詞だよ。17歳の古都しか書けない古都だけの曲だよ。恋愛ソングにするなら恋に恋した少女の気持ちでもいい。とにかく古都が感じるありのままを求めてる。だから今を大事にしてほしい。今の気持ちを書いてほしい」

「大和さん……」


 大和は古都の胸元で毛布を押さえ、もう片方の手で古都の頭を撫でた。すると心地よさそうに古都は目を細めた。

 瞬間、古都は身動きが取れなくなる。


「大和さん?」


 大和に抱きしめられているとわかった途端、目だけ動かして名前を呼ぶ。すると解放されたのだが、すぐに古都は口づけられた。


「んんっ」


 今度は古都がうっとりする。


 やがて顔を離すと大和は言った。


「僕だって聖者じゃない。こういうことは好きだ。だから古都が嫌だと思わないなら許される範囲で求める」

「ほわぁぁぁぁぁ」


 初めて大和の方からキスをされて古都の脳は茹で上がった。

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