第三十九楽曲 第四節

 メンバーが揃ってから古都は場所を店の小さなステージに移した。バックヤードが空いたことで大和がそこで自身の創作活動に励んでいる。

 ホールでは希が時々PAブースに入って録音機器の操作をし、唯がキーボードを弾き、美和は歪の効いたエレキギターを弾くと言った大まかな役割分担にて、古都の創作を手伝っていた。


「どんどん曲ができるね……」


 キーボードの前に座って唯が言う。どこか喜ばしくもあり、しかしどこか苦笑いだ。

 ダイヤモンドハーレムはインディーズデビューを予定しているわけで、つまりプロになる。商業販売をするわけだし、そもそも既にステージギャラは多少なりとも稼いでいるから、今までもプロの卵と言える。今後はその卵から孵化する段階だ。

 唯の言う曲とは、現状の実力の中でプロとして恥ずかしくないレベルの曲のことだが、やはり古都の表情は晴れない。


「けどまだダメだ……」

「うーん……。私はダメだなんてこと思わないんだけどな。それこそ唯が言うように、何曲も曲ができて凄いと思ってるんだけど……」


 これは妥協をしているわけではない美和の本心だ。格段に技術を上げたメンバーに支えられ、そして技術のみならず感性も伸ばした古都の曲。次々にできるメロディーはしっかりとこの場で聴く者……つまり、メンバーの心を掴む。


「やっぱり曲は問題ないのか……。そうなると詞だよね……」


 ステージ上で椅子に座ってギターを膝に載せたまま肩を落とす古都。美和もステージ上で椅子に座ってギターを膝に載せていて、ふぅっと息を吐く。するとこの時ドラムセットの椅子に座っていた希が立ち上がった。


「少し休憩しよう。飲み物用意するから円卓で待ってて」

「うん、ありがとう」


 古都は謝意を口にすると立ち上がり、ギターをスタンドに立ててステージを下りた。希はすたすたと歩き、一度バックヤードに顔を出した。そこでパソコンに向かって楽曲のデータを確認していた大和に声をかける。


「大和さん、休憩するけど一緒にどう?」


 そう言われて大和はふと画面下を見る。時刻表示によると日付が変わった頃だった。この男も一度集中すると時間を忘れるタイプである。そしてもう4月になった。そんなことを思いながらも、大和はなかなか集中を切らない。


「ちょっと切り悪いからいいや」

「そう。飲み物もらってもいい?」

「うん。冷蔵庫の中好きに使って」

「ありがとう」


 希はそのままカウンターの内側に繋がるドアを潜った。その様子を感じながら大和は、現役のバンドマン時代によく響輝と一緒に夜中まで曲作りをしたことを思い出した。それに杏里が付き合っていたんだっけと懐かしみ、今ここにいる女子たちが当時の自分たちに重なった。


「むむ」


 カウンター下の冷蔵庫を開けたところで希の動作が止まった。いつもならメンバーの注文はレモネードが大多数だ。そしてその材料と思しきものも発見した。しかしこの店のレモネードのレシピを知らない。希は一瞬迷ったが、オレンジジュースを取り出すとグラス4つに氷を入れて注いだ。所謂安パイである。


「ありがとう。運ぶよ」


 するとホールから寄って来たのは美和だ。希もホール側に出ると美和と一緒にグラスを運び、古都と唯が待つ円卓に着いた。そこですかさず美和が古都に問い掛ける。


「さっき詞って言ってたけど、どういうこと?」

「うん……。こないだの対バンでのピンキーパークの曲聴いた?」

「そりゃもちろん」


 唯と希はグラスを口に運びながら2人のやり取りを見守る。まだグラスに手を伸ばさない様子の古都は話を続けた。


「どう思った?」

「……。正直、いい曲だと思った」


 美和はダイヤモンドハーレムの創作者である古都に言うべきか一瞬迷ったが、正直な感想を言わなくては意味がないと思って答えた。それに対して古都は俯き加減で言う。


「私もそう思った」


 ただそれでも古都が作る曲は劣っていないと思うし、むしろ自信がある。そう思ったのは美和のみならず、唯も希も同様だった。

 しかしこれでメンバーはわかった。「ヤマト」を超える曲ということで古都が煮詰まっているのだと思っていたが、それだけではないのだと。


「曲には自信があるんだよ。けど、何をテーマにしてるかははっきりさせないと意味がないじゃん?」

「そうだね」

「だから詞を同時進行で書いてるんだけど、曲にその詞がついてこないって言うか……」

「なるほど……」


 納得を示した美和。唯と希も古都の心中を理解した。

 古都の悩みは詞の方にある。これほど技術と感性を伸ばした彼女たちだ。4人がかりで取り組めば作曲は進む。しかし詞が納得できない。それ故に曲のストックが増えるばかりで納得の1曲は完成しない。


 このメンバーの中で詞を書けるのは古都だけだ。クオリティーを度外視すれば曲より詞の方がズブの素人でも書ける。楽器が弾けなくても書ける。歌が下手でも書ける。

 しかし現実主義でロマンチストとは縁遠い美和に、恥ずかしがり屋で自己主張が苦手な唯。そして変態の希。こんなところに弱点を備えたなんともねじれ現象を生むメンバーである。


「泉さんに言われたんだ……」

「ん? なんて?」

「恋愛ソングに疎いのは男を知らないからだって」

「え……」

「つまり、そういう経験がないからだって……」

「う……」

「ひっ……」

「むむ……」


 ちょっと脚色されている。泉の名誉のために言うと、泉はあくまでピンキーパークとの恋愛ソングを比較した時の所見を述べたに過ぎない。劣っているどころか、むしろダイヤモンドハーレムの曲こそ評価している。

 しかし行き詰った古都は過剰に反応してしまったわけで、更に、他のメンバーも経験がないので言葉も出ないのである。こうなると古都の気落ちは他のメンバーにも伝染してしまい、メンバーまで自信をなくすのだ。


「と、とにかく、私たちにできることは何でも協力するよ」

「うん。古都ちゃん、とことん付き合うよ」

「泉さんを見返すだけの曲を作ろう」

「みんな……」


 ジーンときた古都はやる気を取り戻した。しかしどこか趣旨が変わってしまっている。本来の目的は収録のために「ヤマト」を超える曲を作ることだ。それが泉を見返すとか、ピンキーパークよりいい詞の曲を書くとかになっている。ただそれがモチベーションの1つになっていることもまた事実だ。


 休憩を終えると曲作りは再開され進む。そしてどんどん曲はできていく。主導は古都で彼女が創作の大半を担っている。メンバーがいるから進んでいる面も間違いなくあるのだが、この創作ペースとクオリティーは有識者から見たら化け物と呼ばれる類の天才である。但し、詞はない。

 そんな折、創作を切り上げた大和がホールに出て来た。既に時刻は午前1時半。


「まだやる?」

「うん」


 古都が手を止めて答えた。やる気になっているのは微笑ましくて頼もしいが、大和は無理をし過ぎないよう気遣う気持ちもある。そろそろこの日は止めさせようかどうしようか迷った。すると古都が言う。


「止められても、1人になっても私はまだ止めないよ」

「そ、そっか……」


 どうやら悟られてしまったようだ。しかし彼女たちを指導する立場として放っておくわけにはいかないので、大和も付き合う方向性で考えがまとまってきた。するとまたも古都が大和の心中を悟る。


「大和さんはもう寝て」

「え? そんなわけには……」

「私たちは春休みだから平気。大和さんは今日朝から動いてくれたし、明日もお仕事あるから体調整えないといけないでしょ?」


 日付は変わってしまったので厳密に言うと「今日」ではないが、確かに大和は納得する。この日はU-19ロックフェスや花見があって、大和は朝から動きっぱなしであった。店内に彼女たちが残るわけだから、自分がステージ裏の控室で休めば何かあった時に対処はできるかと考えた。


「じゃぁ、お言葉に甘えて僕は先に休むよ。風呂入ったら控室で寝るから」

「わかった。それなら私たちはバックヤードに移るね」


 ステージ上の機材の方が大きな音が出るので、休む大和に対する古都の配慮だ。大和はそれを理解して笑顔になると「おやすみ」と言って一度自宅に上がった。


 そしてそれから30分以上が経った。メンバーはバックヤードで創作をしていて、大和は控室で寝ている。曲作りの進捗は思わしくない。尤も曲だけならどんどんできているが。そんな煮詰まった状況で、古都がギター持ったまま立ち上がる。


「みんな聞いて!」


 突然の覇気にどうしたのかと慄くメンバー。そして古都の次の言葉に驚愕する。


「私、男を知る! 今から大和さんに夜這いをかける!」

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