第三十八楽曲 第四節

 スポットライトは大山を追いながら、別のスポットライトが下手の出入り口を当てた。そこに立っているのは江里菜だ。彼女は大学生でも着そうな清楚な衣装に身を包んでいる。それでも色合いが明るくやはり十代向けだ。


『次! テニス部所属2年2組篠谷江里菜!』

『おー!』

『キャー!』


 客席はどんどん盛り上り、そして江里菜に見惚れたのは正樹だ。古都の言う通り、華やかなランウェイでいつもは見られない煌びやかな彼女の表情に落ちた。因みについ先ほどまで、演奏中の美和をガン見していた事実は彼しか知らない。


 古都の直下の交差点で一度ポーズを取った江里菜は、センター通路を歩く。途中、折り返してきた大山とすれ違い、センター通路の先端で再びポーズを取る。この時にもダイヤモンドハーレムの生演奏と歌がBGMとして会場を彩り、上手と下手から交互にモデルが出てきていた。

 センター通路を歩き終わった大山は、ステージ下のレッドカーペットに立つ。出てきた上手とは違う、下手側の入り口付近だ。近くの客席に友人がいるのか時々笑顔で手を振っている。

 2番目に出てきた江里菜はやがて上手側で同じく待機だ。その反対の下手側出入り口には出てきた10人目のモデルにスポットライトが当たった。


『最後のモデル! 弓道部所属1年7組北野芽衣!』


 ダイヤモンドハーレムのファンを公言する北野。美和と希を前にしてガチガチに緊張していた。その彼女は今、10番目にしてもらえたことでメイクも施してもらい綺麗に飾られた。それはいつものライブ観戦の時とは違うメイクなので、それも新鮮だ。

 そして満面の笑みである。活き活きした表情で交差点まで歩くと、堂々とポーズを披露した。ステージ上からその背中を見て美和は安堵する。ドラムセットに囲まれた着座の希からはステージの段鼻で見えないが。

 実は彼女は唯のようにあがり症ではない。とにかくファンであるダイヤモンドハーレムを前に緊張しただけだ。そして今、その歩行は見事である。センター通路の先端でも笑顔を振りまき、華麗なポーズを取る。やがて折り返してステージ下のランウェイで自分のポジションに立った。


 この頃曲は最後のサビで、オーディエンスの盛り上がりも最高潮だ。ステージ下にステージと平行に並んだモデル10人がもう一度ランウェイを歩く。客はステージを観ようか、ランウェイを観ようか忙しい。

 センター通路の脇では多くの女子生徒がアナウンスを無視して座席を離れ、この場で沿道観戦のように列を作った。しかし周囲に配慮して屈んでいて、そしてモデルの写真を撮っている。

 そもそも着座のショーだ。ステージ上のダイヤモンドハーレムも然ることながら、ランウェイのモデルも全ての客にしっかり見えていた。


 やがてぞろぞろと歩くモデルがそれぞれ出てきた出入り口に消え、最後の北野が消えところで1曲目の演奏が終わった。タイミングもバッチリである。


『うおー!』

『すごーい!』

『可愛い!』


 客席からは大歓声と拍手が鳴り響く。ダイヤモンドハーレムを毛嫌いしている教職員もさすがにこれにはあっぱれで、しっかり手を叩いていた。

 一方、上手のステージ袖ではカーテンの隙間から客席を覗いていた百花と新菜が言葉を交わす。


「やっぱりモデルさんは笑顔にして良かったですね」

「そうね。盛り上がって良かった」


 そこでモデルがランウェイから捌けてきて、途端に百花と新菜の表情は変わった。次の準備である。それは下手に待機する睦月も同様で、キビキビと動いた。


『まだまだこれからだぜ!』

『今年作られた新作衣装はまだ出てないぜ!』

「ん?」

「どういうこと?」


 客席の生徒たちが口々にそんな疑問を発する。それに答えるように司会が言うのだ。


『今までのは卒業生が作って家庭科室に保管されてた衣装だ!』

『去年までは家庭科室での展示だけだったから、卒業生に敬意を表して発表したものだ!』


 解せた客たち。その中には涙ぐむ女性が数人いた。それは百花が呼んだ家庭科部服飾の卒業生である。尤も彼女たちはランウェイを歩くモデルを見た時から確信していたので、その時から既に感極まっていた。


 その頃、上手下手のステージ袖では衣装の早着替えが始まっていた。それは髪型のチェックや靴の交換にも及び、かなり慌ただしい。


『次の1曲はダイヤモンドハーレムの単独ライブだ!』

『頼んだぜ! KOTO!』

『うおー!』

『きゃー!』

『任せろい!』


 客の歓声を一身に浴びて古都は元気よくマイクを受け取った。客の多くは待ってましたと言わんばかりに破顔する。そして古都がこの年もシャウトした。


『行くぞー! 備糸高校学園祭!』


 シャン、シャン、シャン、シャン


 すぐに希がハイハットでカウントを打ち、それに合わせて美和の速弾きによるイントロが始まった。疾走感のあるハードなロックナンバーである。ランウェイをモデルは歩かないこの時とばかりのセットリストだ。


『その場は動くなよー!』


 イントロ中の古都のその言葉は、とうとう立ち上がった生徒に向けられていた。あくまでメインはファッションショー。衣装替えの間の1曲。しかし立ち上がってしまった者に水を差すことはなく、着席を促すこともしなかった。


『今日はほんのちょぉぉぉっとだけ、大人しく遊ぶぞー!』

『いえーぃ!』

『次の曲では座れよー!』

『いえーぃ!』


 客の歓声と拳が突き上がった。客席の中ほどにいる大和と杏里と響輝。とうとう彼らにはダイヤモンドハーレムの顔が見えなくしまった。


「あぁぁぁぁぁ……」


 教え子の顔が隠れてしまって大和が残念そうに言う。その言葉は歓声と楽曲にかき消されるが、大和の表情に気づいた杏里が大和に耳元で言う。


「大和も立って観ればいいじゃん」


 それに対して大和は渋った顔を見せただけであった。顔が見えないなら見えないで、大和は耳をスピーカーに集中させようと思った。それは時に新しい発見をもたらすこともある。

 そしてイントロを経て古都の綺麗なハイトーンボイスがスピーカーから顔を覗かせたその時だった。


「隣空いてますか?」


 それは男の声だった。他の客の邪魔にならないように腰を屈めている男は中年だ。大和は男の顔を見た途端、目を見開いて驚いた。


「え!? え!? え!? 久保さん!」


 男はなんと、湘南のビーチでダイヤモンドハーレムが世話になったステージプロデューサーの久保であった。公立高校の学園祭にいるなんて予想もつかないまさかの男の出現だ。大和の隣で杏里と響輝は誰かわからず、首を傾げているが。


「えっと……」


 とりあえず大和は周囲に視線を這わせた。確かここには備糸高校の制服を着た女子生徒が座っていたはず……いた! 元々の席の主はいつの間にかランウェイの沿道を飾る一員になっていた。

 大和は久保を促して座らせると、問い掛けた。


「どうしてこんなところに?」

「こっちで仕事があったんですがね、空き時間ができたんで寄ってみたんです」

「学園祭って知ってたんですか?」

「えぇ。メンバーのツイッターで」


 それを聞いて解せた大和。学校行事のためダイヤモンドハーレムのホームページには載せていないが、メンバーの誰かがツイートしたのだろう。だがしかし、大和のこの予想は外れだ。

 事実は、久保のツイッターを見た古都がこの地域に来ることを知って、古都自ら久保にDMを送り告知したのだ。バンド用のメンバーのツイートを見たくらいじゃ、しっかり調べなくてはそもそも通っている高校がわからない。


「外部の人は招待制なのに、よく入れましたね」

「そう聞きました。けど古都が親戚だって言って届けていたみたいで」


 なんという嘘を吐いたのだ、あのお転婆娘は。大和はやれやれと頭をかくが、それでも無下にできない相手なので歓迎の姿勢だ。


「なんでもファッションショーとコラボするとか聞いて、実際観たらこれは当たりですな」

「そうですか?」

「えぇ。公立高校の限られた機材でのステージ演出の中で、これほどまで華やかにできるとは感服です」


 それは百花の手腕なので大和は関係ないが、それでも母校の後輩だ。どこか誇らしくなった。そして大和は再び耳を音楽に集中し、目を細めてステージに戻した。


「やっぱり観えない……」

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