第三十八楽曲 第五節

 普段の学校生活では見られない顔。学園祭でファッションショーという華やかな花道を歩く女子たちの飾られた姿は、普段の彼女たちしか知らない客席の学友を高揚させる。そしてそれは場を盛り上げる。

 ダイヤモンドハーレムの2曲目が終わった時、司会は言った。


『さぁ! 衣装替えは準備万端だ!』

『ファッションショーの2周目行くぜ!』

『きゃー!』


 息を吹き返すように盛り上がる客席の女子生徒。尤もダイヤモンドハーレムの単独ライブでもノリにノッていたが、演出の種類が多いのは楽しみ方が増えて贅沢だ。ランウェイの沿道に陣取る女子たちはそれが顕著で、すかさずカメラを構える。

 半数ほどはスマートフォンのカメラを向けているが、なんと半数は一眼レフのカメラを構えている。前年にインスタグラムの関連ワードが流行語大賞を獲るなど、その頃の一眼レフカメラは若者に売れ行き好調だったとか。


 チッチッチッチッ


 希がクローズハイハットを4回打って3曲目が始まった。薄暗い客席からは明るいステージが目立つが、スポットライトが上手のランウェイの端を照らすのでそれも良く目立つ。そしてそこに立った大山に注目が集まった。

 スピーカーからは透き通るような古都の美声が顔を出す。落ち着いたテンポのポップナンバーで、そのサウンドを彩るダイヤモンドハーレムの演奏にノリを刺激される。そんな楽曲に酔いしれそうにもなるが、しかしランウェイも観たい。観客は悩ましい。


 大山はステージ下中央の交差点で一度立ち止まりポーズを取ると、無数のフラッシュが降りかかった。しかし大山は真剣な表情で笑顔はない。この時はパーティーでも着られるようなドレス調の衣装で、しかしやはり高校の家庭科部が作るものなので、十代向けのカジュアル路線を捨てないデザインの服だ。


『1人目! 製作者は2年1組森下睦月!』

『コンセプトは「大人の色を出し始めた私たち」だ!』


 雰囲気が緩くもある公立高校の手作りのファッションショーらしからぬ大山の真剣な表情。しかしそれがモデルの美を高める。客は一様にいい笑顔を浮かべながらも、ランウェイかステージに見入る。ランウェイの沿道でフラッシュを焚く女子生徒だけは真剣な表情に変わった。

 モデルの登場とともに2周目は司会が現役部員の作った服のコンセプトを発表する。それは古都の歌声と混じるが、上手くメロディーの合間を縫っていて聞き取りやすい。

 ステージ衣装のデザインは苦手な睦月だが、私服や部屋着なら自分で描く。客席からの反応は良く、それをステージ袖から覗きながら胸を撫で下ろす。


『2人目! 製作者は1年6組鵜飼新菜!』

『コンセプトは「少し背伸びをしたい女子高生」だ!』


 次に出てきたのは下手側の江里菜だ。やはり笑顔ではなく真剣で、2周目はこれがコンセプトのようだ。軽快なダイヤモンドハーレムの音楽ではあるが、その中でも一番落ち着いている3曲目は雰囲気を作る。モデルが高校生ということを忘れて大人びて見えた。

 そうして順々にモデルが出てきて、司会の説明の中ファッションショーは進む。


「あの子って隣のクラスの子?」

「あぁ。次に出てきた子、去年俺と同じクラスだった」


 次々と出て来るモデルに対して、客席でそんな男子生徒の声が漏れる。それは感嘆の声だった。


「あんなに美人だっけ?」

「やべぇ。惚れそう……」

「後夜祭誘って告るか?」


 男子高生の心はしっかりと掴まれているようだ。それ以外でもステージに心を掴まれている生徒も多数いる。更には、生徒に交じってステージに心を掴まれているバンドのプロデューサーもいる。

 そしてこのファッションショーの華やかさにスパイスを与えるのが、見事に統率の取れたモデルの歩行である。これはさすがに半数以上がダンスサークルのメンバーで占められているだけあって見事だ。


『最後10人目! 製作者は3年3組那智百花!』

『コンセプトは「もうすぐ卒業を迎える女子へ」だ!』


 最後に出てきた弓道部の北野が着ている衣装は百花の制作で、長身を活かし一番大人びている。高校生よりは大学生向けと言った感じだ。だからこそ卒業を控えている3年生の女子なんかは食い入るように眺めた。


 やがてモデル10人の歩行が終わり、ステージ下に横並びになると、曲が最後のサビに差し掛かった。そこでぞろぞろと再びセンター通路を歩き始めた。この時、ランウェイの沿道から向けられるフラッシュはこの日一番の数だった。


 モデル5人ずつが上手と下手にそれぞれ捌けるとちょうどダイヤモンドハーレムの曲も終わった。これもタイミングはバッチリである。すると途端に嵐のような拍手が起こった。その場で立ち上がる生徒が続出し、つまりスタンディングオベーションだ。

 ファッションショーの一員としてステージに立っているダイヤモンドハーレムだが、この時客席から見えるのは司会と自分たちしかいない。なんだか恐縮する。この拍手はモデルと裏方も含めたこのファッションショーチームみんなのものだ。

 その拍手を司会もダイヤモンドハーレムも黙って受け入れ、拍手が鳴りやんだ時に司会が言った。


『さぁ、次はダイヤモンドハーレムの単独ライブだ!』

『頼むぜ! KOTO!』

『任せろー! 行くぞー!』

『うおー!』


 すかさず、ダイヤモンドハーレムの4曲目が始まる。しんみりとした感動を得ていた客席は、ハードなロックナンバーに心を躍らせた。そしてスタンディングオベーションをした流れで立ったまま拳と歓声を突き上げた。


「あぁ、また見えなくなった……」


 項垂れるのは大和だ。隣で杏里がクスクスと笑う。


「そんなに気になるなら我慢してないで立って観ればいいじゃん」

「だって……。去年あんなに目立っちゃったから、今年は……」

「かっかっか。確かに」


 杏里の隣で笑ったのは響輝だ。一方、大和の杏里とは反対隣で真剣にステージを見守るのは飛び入り観客の久保である。手であごを擦りながらステージに向くその瞳は光っていた。


 体育館は熱気と興奮に包まれ、11月の寒さを忘れるほどだ。クラス展示の当番を終えて来た生徒や校内を回っていた生徒の他、外部招待客も続々と集まり、壁際は立ち見までできていた。

 周囲の人間が立ったことでステージが見られなくなってしまった大和だが、その周囲の人間の笑顔は把握している。自分が一緒に作るダイヤモンドハーレムの音楽で人を笑顔にできたことが何とも嬉しい。


 そんな感動を胸に4曲目は終わった。するとここでステージに動きがあった。

 まずはランウェイの出入り口から出てきた女子生徒3人。それはモデルを務めた江里菜と北野と古都がスカウトした帰宅部の生徒だ。格好はモデル衣装のままである。気になってとうとう立ち上がり、その動きを見ていた響輝が察した。


「ローディー……?」

「だね」


 同じく気になって立ち上がっていた大和が続く。尤も大和はステージ演出の詳細を聞かされていないので、響輝同様その動きから察したに過ぎない。すると杏里が疑問を口にする。


「そう言えば、今年の持ち時間って何分?」


 ステージジャックした昨年は有志発表の枠で20分だった。それ故に演奏した曲は3曲だ。しかし今年は既に4曲を披露している。そしてまだ終わる様子を見せていない。


「30分あるな」


 響輝が受付で渡された学園祭のプログラムを見ながら言う。と言うことは5曲できる。尤もダイヤモンドハーレムの演奏に合わせれば、の話だが。それならあと1曲だ。

 その頃、上手のステージ袖では百花と新菜が、下手のステージ袖では睦月ともう1人の帰宅部の生徒が慌ただしく動いていた。衣装替えの世話とモデルの髪型のチェックである。


「ん?」


 大和が首を傾げた。同時に杏里と響輝も首を傾げる。

 客席に出てきたローディー風の3人のモデルは、下からステージ上の弦楽器の3人に向いて寄っていた。そして古都はステージ下の自分の前に立った帰宅部の女子生徒にマイクスタンドを渡した。すると女子生徒はそれをステージ下のステージと平行に敷かれたレッドカーペットの上に置いたのだ。

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