第三十八楽曲 第三節

 着替えた美和と希もステージ上のセッティングに合流し、やがて古都がステージ袖に戻ると百花に報告をした。


「準備オッケーです!」


 10人のモデルももう着替えて、5人ずつ上手と下手のステージ袖に別れていた。睦月と新菜も上手と下手に別れてスタンバイしている。百花は一度笑顔を浮かべると言った。


「よし! 始めよう!」


 ブー。


 体育館にブザーが響いた。ステージには既に機材がスタンバイされている。ステージ袖の客席側の扉の前は衝立で仕切られ、中が見えないようになっているが、そこはランウェイの出入り口だ。司会の2人はそのすぐ横にいて、開演を前に気合が入った。

 ブザーが鳴り止むと、実行委員のアナウンスが響く。


『続きましては、家庭科部の服飾チームによるファッションショーです。客席に敷かれたカーペットはランウェイとなりますので、立ち入らないようお願いします。またこのファッションショーは当校のサークル、ダイヤモンドハーレムとダンスサークルがコラボします。着席での観覧のお願いとなりますが、お楽しみください』


 アナウンスが終わると同時に上がる緞帳。そこにはマイクスタンドが前列に3本立っており、後方のアンプやドラムセットと一緒に姿を現した。間違いなくダイヤモンドハーレムが立つステージだが、メンバーはまだ姿を見せていない。


「あれ?」

「ん?」


 客席で首を傾げたのはステージ慣れしている大和と響輝だ。杏里もどこか違和感を宿すが、それを宿したことも認識できないほど些細なことである。

 杏里と同様の感覚を持ったのが、離れた席にいてダイヤモンドハーレムのステージを見慣れているジミィ君と正樹である。そしてギリギリ開演に間に合って安堵する華乃も、連れた友達と一緒に席を探しながらステージに目を向け、同じような感覚を抱く。


「あー」


 大和が小さく声を上げた。彼は違和感の正体に気づいた。さすがにステージプロデュースもするだけある。


「アンプとドラムセットがかなり後ろだ」

「あ、本当だ」


 納得したのは響輝だ。それを見て杏里も「あっ」と声を出し、前列にある3本のマイクスタンドとは不自然と言えるほど間延びした位置にあるドラムセットに気づいた。そのドラムセットの真横一列にアンプは並べられている。


「なんであんなに離れてるんだろ?」


 杏里が疑問の声を出すが、その答えは誰からもなく、スピーカーの音に遮られた。


『ようこそ! 備糸高校ファッションショーへ!』


 スピーカーから流れ始めた軽快なユーロポップと共に、司会の2人がラップ調でマイクパフォーマンスを始めた。百花からはラジオDJ風と言われたのに何か勘違いをしたようだ。百花はこれでもいいかと口を出さなかったのだが。

 ただ、ラップ調と言ってもキャップを被ったり、緩いパーカーを着ているだけで韻は踏んでおらず、所謂ラッパー風で洋画の似非えせ吹き替えのような調子である。


『早速服飾の発表です! まずは手拍子にて迎えてください!』


 空席がほとんどないアリーナ。その客たちがユーロポップに合わせて手を叩く。なんとか席を確保した華乃も腰を落ち着けると手を叩き始めた。


『1人目! ダイヤモンドハーレムのセンター! ボーカルギター2年1組KOTO!』


 すると笑顔で手を振る古都が上手から出てきた。その麗しさに多くの男子生徒が悩殺される。


「あんたまでなに見惚れてんのよ……」

「う、いや……」


 思わず手拍子が止まっていたのは大和だ。見慣れているはずなのに、この衣装だって既にライブハウスでは披露しているのに、それなのに古都にうっとりした。しかしそれはこの後も3回続く。


『次は速弾きのクールビューティー! ギター2年2組MIWA!』


 美和も笑顔で手を振って上手から出て来ると、男子生徒を虜にする。普段のライブハウスよりは質素な演出照明だが、普段のホールよりずっと広いアリーナで光と手拍子に迎えられた。


『そしてダイヤモンドハーレムの癒し系! ベース2年1組YUI!』


 唯も上手から出てきた。軽やかにステージ中央まで駆けて来ると、両手を振って笑顔を振りまいた。そして自分のポジションである下手側のマイクスタンドの前に立ち、立てかけてあったベースを提げた。


『ダイヤモンドハーレムの最後はドラム2年2組NOZOMI! そのドラムアクションにギャップ萌え必至だ!』


 同じく上手から出てきた希は美和の隣と唯の隣で一度ずつ客席に手を振ると、ドラムセットまで下がった。背面のカーテンまで寄せられたドラムセットに座る小柄な希は見えづらい。


『このステージ衣装をデザインしたのは美術部所属2年1組村越朱里だ!』


 朱里は客席にいる。自分の名前を呼ばれるなんて知らなかった朱里は顔を真っ赤にしていた。クラスの仲良し3人がこの発表チームにいて今は1人だ。恥ずかしがっている顔を見られなくて良かったと安堵もした。


「あれも家庭科部の制作なの?」

「うちらの制服より全然可愛いじゃん」

「クオリティー高すぎじゃない?」

「いっそあの制服にデザイン変更しちゃえばいいじゃん」


 客席からは生徒のそんな会話が漏れる。ただ、このデザインを学校指定にしてしまうと、ダイヤモンドハーレムの在籍校が外部に知られてしまうので却下だ。


「大和? 大和ってば?」


 大和は手拍子が完全に止まってしまい、胸の前で合掌した状態で目がステージ上の4人に釘付けだった。杏里はため息とともに呆れる。


「かっかっか。目がハートだな」

「本当。今日は完全に観客じゃん」

「どうせいつもライブハウスでは引率だから気を張ってんだろ?」

「そうかもね。管轄外の今日くらい純粋に観客目線で楽しんでくれればいいね」


 響輝と杏里は笑いながらそんな会話を交わした。もちろん大和の耳に隣の2人の声は届いていないし、今の本人に見惚れている自覚はない。


『これが1着目! 2着目からはダイヤモンドハーレムの演奏で行くぜ!』

『うおー!』


 客席から歓声が上がった。それに気を良くしたのはステージ上の4人と司会の2人だ。


『ステージを観たり、ランウェイを観たり、耳は音楽に集中して忙しいぜ!』

『頑張って付いて来てくれよ!』

『うおー!』

『けどファッションショーだから立つのは禁止な!』


 そんな注意事項も添える。興奮のあまり座ったまま、バタバタと足を鳴らす生徒が続出していたのだ。実行委員の事前のアナウンスであったにも関わらず、数名は立ち上がろうとしていたようだが、しっかりと場を見て空気を読むことのできる司会の2人の機転はさすがである。似非吹き替えと言っても客の煽り方はわかっている。

 するとユーロビートのBGMが鳴り止み、古都がこの場で初めて声をマイクにぶつけた。


『備糸高校家庭科部! ファッションショーの幕開けだー!』


 カッカッカッカッ。


 瞬間、希が2本のスティックを頭上で打ち、カウントを取った。直後、鳴り響くのは軽快なダイヤモンドハーレムの楽曲だ。古都が作曲をしたポップなロックナンバーを頭に持って来ていた。


 そして盛り上がりが増すのは客席のオーディエンスである。着座観覧なのが苦しそうに、座面から腰が浮き上がりがちである。それでも歓声と突き上げた拳でノリを表現していた。

 ステージ前列のメンバー3人はオーディエンスの笑顔を見て、自分たちの笑顔も最高潮になる。古都が客席を見渡すと、この日モデルのスカウトで声をかけた女子生徒も何人もいる。ここでステージを観ることが断った本音かと内心苦笑するが、それでも観に来てくれたことは嬉しく、笑顔とサウンドを届けた。


 そしてイントロからAメロに移行し、古都の美声が歌声となってマイクからスピーカーを抜けた。途端に上手のステージ下にスポットライトが当たる。ステージ上は明るいが、アリーナは暗いのでよく目立ち、客の視線がそこに向いた。

 そこはステージ袖とランウェイが繋がる衝立で仕切られたモデルの出入り口で、姿を現したのは大山だ。笑顔の彼女はそれが自然であり満面で、いい表情をしている。カジュアルで躍動感のあるそのファッションは十代向けで、特に女子生徒の目は奪われる。


『ランウェイを歩く1人目はダンスサークル所属2年4組大山愛美!』


 司会の紹介と共にステージ下をステージと平行に歩く大山は、中央の交差点に差し掛かった。そこで一度腰に手を当ててポーズを取る。


『おー!』

『可愛い!』


 男子生徒の歓声に、女子生徒の感嘆。掴みはいい。ステージ袖にいる百花は、隙間から客席を覗きホッとした。

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