第十三章

第三十五楽曲 帰還

帰還のプロローグは大和が語る

 ステージから演奏は鳴り止んでも歓声は続く。観客席を視認できないステージ袖に立っている僕だが、ホールの様子は耳に伝わってきた。今のステージ上の照明は明るく、演出用のカラフルなものではない。そこで僕がプロデュースする4人の軽音女子は満面の笑みで観客に手を振っていた。


 この日はこの夏のツアー最終日。大阪のライブハウスでの出番を終え、彼女たちは自分たちのステージを観に来てくれたオーディエンスを惜しむようで、それでいて満足気で晴れやかな表情だ。ステージ袖からその様子はしっかりと確認できる。

 広島で泰雅が言っていたように自信がついたのだろう。そして自信がついたのは僕も同じで、彼女たちの育成に手応えを感じている。


 やがてまずは古都がステージから僕の元へ戻って来た。


「大和さん……」


 古都が絞り出した声は震えていた。ステージ袖は暗い場所なのではっきり表情は読み取れないが、古都の大きな目が光を反射させている。彼女は達成感で胸がいっぱいで、涙ぐんでいるのかもしれないと思った。


 すると……。


「終わっちゃったよ……」


 そう言って僕の胸に飛び込んで来た古都。いつもなら動揺必至な体勢だが、この時ばかりは思いの外冷静で、僕は反射的に古都の肩から背中に腕を回して応えた。


「お疲れ様。今回のツアーは終わったけど、これからも続けていればまた色んな経験ができるから」

「うん、うん」


 一度僕の胸でそう言葉に出して首を縦に振ると、古都は僕から離れた。古都の頭に視線を向けていた僕が顔を上げると、彼女の後ろには美和が立っていた。


「大和さん……」


 美和は眉をハの字に垂らし僕の名前を一度口にする。そして少しだけ両腕を突き出した。達成感に包まれているのは僕も同じで、そんな晴れやかな気分故、不思議と自然に両腕が前に出た。すると美和も僕の胸に飛び込んで来た。


「ホッとしました」

「うん、お疲れ様。美和がサウンドを引っ張ってくれるからいつも安心してたよ」

「ありがとうございます」


 それだけ言葉を交わして美和は僕から離れた。すると唯も希も既にステージから捌けて来て、僕をじっと見据えていた。ここまで来るとその時を待っていることがわかったが、充実している僕も解放的だ。気恥ずかしさより、彼女たちを目いっぱいの労いで迎え入れたい気持ちが勝った。


「唯、お疲れ様」

「ありがとうございます」


 僕は唯とも抱擁を交わす。こうして距離を縮められるほど信頼関係が築かれているのかと感慨深い。そしてここまでの関係性まで来ているのだと実感でき、込み上げてくるものがある。


「唯が一番自信ついたんじゃないかな?」

「そうですかね? そう感じてくれたなら嬉しいです」


 少しはにかんだ声を出して僕から離れた唯だが、言ったことは僕の本心だ。内面的に唯の変化は顕著だった。ステージ経験を積むごとにそれはあったのだが、このツアー中は特にそれが大きく、これも彼女の成長の証だろう。


「大和さん」


 次は希である。僕はまたも腕を広げ、希をハグして迎え入れた。一番小柄な希はすっぽりと僕の腕に収まる。尤も、他の3人も細身なので誰にも言えることではあるのだが。


「希の安定感が増していくのは心強いよ」

「今に見てろ。師匠に何も言わせないくらいになるから」

「あはは。それは頼もしいな」


 強気な言葉を発した希と離れ、僕は4人を連れてステージ袖を出た。


「大和さん、着替えるからちょっと待っててね」


 控室の前まで到着すると古都が言う。それを聞いて彼女たちの身を包んでいるこのセーラー服を見て思った。しっかりと彼女たちのステージを彩ってくれて、制作を手掛けてくれた古都と唯のクラスメイトには感謝の限りだ。

 彼女たちが控室に消えて、室内で鍵を掛けた音が聞こえると、数人のライブハウスのスタッフがメンバーの楽器を持って来た。それを見て僕はスタッフに言う。


「しまった。今着替えに入っちゃったな」

「そうですか。楽器、どうしましょう?」


 細く薄暗い廊下で佇む僕とスタッフ。スタッフの手を煩わせても悪いので、この楽器は控室が開くまで僕が預かることにした。そのスタッフが各々の持ち場に戻ってから、廊下の壁に立てかけられた楽器をじっと見てみる。


 古都が泉から受け継いだフェンダーのテレキャスター。真っ白なボディーに白のピックガードはこのツアーでしっかり古都の相棒になってくれた。唯のG&Lも同様で、ボディーもピックガードも赤のジャズベースはカズから受け継ぎ、しっかり唯の一部となった。

 そして美和のギブソンのギター。スリートンのチェリーカラーのレスポールは、美和がギターを始めた頃からの相棒だ。床に置かれたのは希のスネアとツインペダルで、これを一緒に買いに行ったのはもう1年近く前かと感慨深い。これらは希の手でしっかりダイヤモンドハーレムの音楽の土台になってくれている。


「おっ待たせー!」


 そう言って勢いよく控室のドアを開けたのは古都だ。他のメンバーも既に着替えが終わっていて、皆私服姿である。思いの外早かったなと思ったが、どうやら僕が楽器を見ながら時間を忘れて耽っていたのだと理解した。


「スタッフの人が楽器運んでくれたから、先に片付けて他のバンドを観に行こうか?」

「うん」


 軽やかに古都が返事をすると各々が楽器を持って再び控室に入った。僕は希のツインペダルを運んでやり、一緒に片づけを手伝った。狭い控室には出演バンドの楽器や荷物が詰め込まれていて、よくこんなところで4人同時に着替えたものだと感心する。


 その後、この日の全ステージを観て、僕たちは帰路に就いた。今回は宿への帰路ではない。地元への帰路だ。そう、もう安宿での宿泊の予定はない。

 色々なことがあったツアーだが、共同生活とも言える旅をしてかなり絆が深まったのではないだろうか。僕にとっては刺激も多くて動揺もしたが、楽しかったことも否定できず、それが終わりかと思うと少しばかり寂しい。


 完全に日が暮れた時間帯、高速道路を走っていると対向車のヘッドライトが勢いよく過ぎ去っていく。高速道路の脇の建物の灯りは、近づいて大きくなったかと思うとすぐに視界から流れる。この長距離運転もこれが最後だ。


 数時間かけて、地元の県内まで入った時にルームミラーを見てみると、美和が窓に頭を預けて眠っていた。唯と希はお互いに頭を寄せ合って眠っている。


「大和さん、お菓子食べる?」


 しかし助手席の古都は眠らない。当たり前の就寝の時間帯以外、彼女が寝ているところを見たことがない。本当に元気だと思う。


「食べる」

「はい、あ~ん」


 普段なら照れるこの行為も、高速道路での運転中に慣れて自然なこととなった。だから僕は素直に口を開ける。すると舌が甘みを感じたので僕は口を閉じた。


「やんっ」

「……」


 古都の指ごと食べてしまった。お菓子だと言ったのだから間違いではないのだが、それが小粒のチョコだとは予想外であった。しかし古都は指を引きながらもなぜ嬉しそうに弾んだ声を出すのか、解せない。謝罪の言葉が口を吐こうとした僕だが、結局それも出なかった。


「ツアーは終わったけど、明日も早速ライブだね」

「そうだな。帰還ライブ」


 そう、古都が言うように実は翌日もライブがある。場所はゴッドロックカフェだ。そのステージもツアーの一部、それこそ最終日として位置付けても良かったのだが、メンバーが地元を離れて4週間でどれだけ成長したのかを見せたいと言った。見せたい相手、つまり呼んだのは身内だけなのでツアーとは別になった。

 明日は日曜日なので本来定休日だが、臨時営業だ。呼んだ客は常連さんたちと備糸高校の学友とメンバーの家族。昨年初ライブの前にやった招待型のリハーサルライブのようで、メンバーは皆一様に気合が入っている。尤も今回は入場料が発生するが、その整理券は全て出たのでありがたい限りだ。


「また後でみんなにも言っとくけど、明日は14時に店集合でリハやるから」

「うん、わかった。けど、15時開場でしょ? 遅くない?」

「色々準備があるんだよ。杏里があんまり早く来すぎるなとも言ってた」

「ふーん。わかった」


 古都は疑問が残る様子を見せたが、それに少しばかりニンマリとした僕は、運転に支障がないよう高揚する気持ちを抑えた。

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