第三十一楽曲 第五節
ヒカルが出て行った控室でぽかんとする大和とダイヤモンドハーレムのメンバー。言葉の応酬はあったものの、井出もなかなか根気よく話したものだと大和は思った。せっかくブッキングをしたのだから、井出にも彼女に期待する気持ちはあるだろうに。その義理も感じていない様子のヒカルを見て、大和は井出に同情した。
その井出は頭をかきながらミーティング終了を告げて控室を出た。するとここで思い出した大和は古都を向く。
「いつもそんなに遅くまで創作してたのか?」
「え? うん、まぁ……」
「最近、完成曲を持って来ないからまったく知らなかった」
ダイヤモンドハーレムの持ち曲は温存中の『ヤマト』を含めて8曲。古都と美和が作った曲が3曲ずつと、大和が作った曲が2曲だ。大和の認識で最後に作ったのは古都と美和がゴッドロックカフェに泊まり込んだ時の2曲だ。
「一応、通して完成した曲は幾らかあるんだよ。けど、出来に納得してなくて。だから誰にも聴かせてない」
拘りを持って創作に向き合っているようで大和は感心した。大和は美和にも同じ質問をしようと彼女を向いた。すると察した美和が先に答える。
「私も古都と同じです。イントロのリフだけなら幾つか自信作もあるけど、通しでって言うと……、自信を持って大和さんやメンバーに聴かせられる出来のものがなくて……」
古都も美和も創作はしているが、それを身内にも発表していないことにどこか心苦しさがあるようだ。しかし感心している大和は2人の頭をグッと押して強めに撫でた。
「うん。2人ともその調子で頑張って。但し、無理しすぎないように。体調管理は気をつけてな」
首が圧迫されて上目遣いで大和を見ていた古都と美和。大和の手が離れてお互いに顔を見合わす。すると自然と笑みが零れた。頭に残る大和の手の感触が温かい。
後味の悪いミーティングとなったが、これで気持ちを入れ替えて、やがてダイヤモンドハーレムはこの日のステージをこなした。ヒカルもステージの時間には戻ってきて、しっかりとステージをこなした。
しかしステージが終わった後ヒカルは憮然としていて、大和やダイヤモンドハーレム、それから井出に近づこうとはしなかった。それに全員が呆れたが、他のバンドのステージの最中に井出が大和と唯に声をかけた。
「早速ベースライン修正したんだな」
「えぇ、まぁ」
「なかなか良かったぞ」
「だって、唯」
大和に笑顔を向けられてモジモジと俯く唯。照れた様子で喜びは表現しないが、内心ではもちろん喜んでいる。
この日のライブはダイヤモンドハーレムとヒカル以外メンズバンドだ。しかしダイヤモンドハーレムは受けが良く、前日のステージの評判も相まってこの日もギリギリでチケットノルマをクリアした。
一方、ヒカルのステージで客からの受けは今一だった。更に久しぶりのチケットノルマ不達成。こんな散々な1日となってヒカルはトリのバンドも観ずにライブハウスを後にした。
そんな京都を経て翌朝、一行は次の地、大阪に向かった。その道中、ハイエースの車内で希が唸る。
「むむ!」
「どうしたの? のんちゃん」
隣から唯が怪訝な表情を見せる。希の目は手に持った自身のスマートフォンに向いており、顔を上げないまま答えた。
「私達の悪口がツイートされてる」
「え!?」
口元に手を当てて目を見開く唯。その反対隣の美和も反応を示し、希に視線を向けた。更には古都まで体を捻って助手席から後部座席を向く。
「ツイートって誰が発信してんの?」
「ヒカルさん」
その名前を聞いてあんぐりと口を開けたのは希以外のメンバーだ。幾度かの瞬きを経て古都が質問を続けた。
「なんて書いてあるの?」
「自分はソロでやってるからバンドでやってる人より曲作りを頑張ってるんだって」
「なんだよ、それ。どういう意味?」
「つまり、1人で作ってるか、複数人で作ってるかの違いをアピールしてるの」
呆れる一行。確かに1人で創作に励むことは大変だが、それはひけらかすことではないし、複数人で作るのは相応の良さもある。むしろダイヤモンドハーレムは大和も含めた5人で曲を完成させることに喜びを感じるグループだ。ソロアーティストをしっかり尊重しつつ、それでも自分たちには自分たちのやり方があると実感している。
「けど、それだけじゃ私達の悪口じゃないよね?」
「続きがあるのよ。幾つもツイートを連投してるの」
相変わらず希はスマートフォンから目を離さないで答える。指は液晶画面をスクロールさせていた。
「動画やチケット売り上げの数字こそ全てだって。動画は言わずもがな、今回2日トータルでのチケット売り上げはダイヤモンドハーレムに勝ったってツイートをしてるわ」
「うっわぁー。そんなの地元アドバンテージがあるからじゃん」
「まだあるわよ。ダイヤモンドハーレムは水着でステージに立って卑猥な印象。音楽で勝負できないからってそんな客寄せをした。――だって」
「カッチーン」
古都は正面を向いて助手席に座り直した。伸びていたシートベルトが巻き込まれ、古都の寂しい胸は圧迫される。嫌々水着でステージに立ったわけではないが、あくまでステージプロデューサーからの指示だ。心外である。古都はバッグから自身のスマートフォンを取り出した。
「古都」
するとその手を掴まれる。声量は大きくないが、どこか咎めるような声色と、スマートフォンごと自分の手を包む大きな手。古都は運転席の大和を見た。大和は片手でハンドルを握ったまま無表情で真っ直ぐ前を向いていて、もう片方の手が古都に伸びていた。
「反応しちゃダメだ」
「なんでよ? さすがにこれは悔しいよ?」
「我慢しろ」
「んん……」
有無を言わせない様子の大和に唇を噛む古都。悔しさで唸る。するとセカンドシートから希が声をかけた。
「大和さんの言う通りよ。所詮はネット民。反応されるとより敏感になって、引かない人種。と言うか、引き際を知らない人種。こっちが動くと収拾がつかなくなるわ」
そう言う割にしっかりSNSをチェックしている希である。ただ、彼女も引きこもり時代にインターネットに貼り付いていたので、その世界に住まう人たちの性格はよく知っている。それ故に古都を制することもできたし、万が一古都が先に気づいて反応するよりはマシだと思ったのだ。
現実世界では血気盛んなところのある希も、世界が変わると冷静になる一面があるようで、大和は安堵した。
「わかった……」
古都が悔しそうにしながらも理解を示した。そこで大和は手を離し、一度古都の頭をポンポンと撫でるとその手をハンドルに戻した。
――大和さんの手って不思議だな。気持ちが沈んでもすぐに癒されちゃう。
そんなことを思う古都だが、それは単純に惚れているからだ。
やがて一行は次のライブの前の予定、貸しスタジオ店に到着した。これからスタジオ練習である。車を下りる時には古都の機嫌も直っていて、この日の大阪のステージに向けてメンバーは気合を入れた。
これは後日談ではあるが、ダイヤモンドハーレムが反応を示さないことにヒカルの発信する誹謗中傷はエスカレートした。それはダイヤモンドハーレムだけに止まらず、井出のライブハウスにまで及んだ。
しかしそれに対して反応を示したのはヒカルのファンだった。
『ヒカルってさ、もっと他人を敬えよ。ライバルにもファンにも敬意が欠けてるって思うことが散見されるんだよ』
『ステージに立つ人間なんだから貪欲なのも自己顕示欲が強いのもいいと思うけど、それが曲がった方向に進んでて、アーティストのこともファンのこともどこかバカにし過ぎ』
こんな反応をきっかけにヒカルのSNSはことごとく炎上した。ヒカルはそれから逃げるようにSNSを閉鎖。やがてステージ活動もしなくなった。
そして人知れず交際中の男との結婚に逃げて家庭に入ったのは、これから2年後のことである。
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