第三十一楽曲 第四節
京都ツーデイズ2日目。市内のスタジオで練習を終えて会場入りした大和とダイヤモンドハーレム。リハーサルもまだのライブハウスの控室で店主の井出と向き合う。井出が向き合う相手はもう1人、ヒカルもいる。それぞれ2日連続出演のアーティストだ。
井出はまずダイヤモンドハーレムに向いて言った。
「さすが、大和が手掛けてるだけあっていい曲やるな。とても歴や結成が1年4カ月とは思えないわ」
「えへへん」
古都が得意げに笑って応えた。他のメンバーも嬉しそうな表情を浮かべる。
「ただ、ボーカルは演奏の手元が疎かになりがちだ。リードギターはもっとパターンのバリエーションを増やせ」
ダメ出しである。ムッとする古都と美和であるが、その悔しさは胸にしまって言われたことをメモに記した。絶対に克服して見返すという強い気持ちを感じる。更に井出の所見は続く。
「ベースは客の煽りが足りない。いい笑顔持ってるんだからもっと客を引っ張れ。ドラムは髪を振り乱す分、表情が客に見えてない」
落胆を見せる唯と表情を変えない希。それでも2人とも井出の言葉を真剣に聞きメモを取る。希に至っては泰雅とのマンツーマンレッスンに比べれば序の口だ。意に介していない。
彼女たちと一緒に聞いていた大和は思う。こうして所見を述べてくれるライブハウスの店主やブッキングマネージャーも貴重な存在になったものだと。
ひと昔前は一癖も二癖もあるライブハウス関係者が、デモテープやデモMDを持って行っただけでアーティストをこき下していたと聞く。大和が現役の時もそういうライブハウス関係者はいたが、それでも減ったと言われていた。それが今や更に希少である。
時代は変わったと思いつつも大和はありがたみを感じる。こういうアドバイスがやはり糧になるのだ。悔しさやショックなど人それぞれ抱く感情は違うものの、それでも見返そうとか次は言われないように精進しようとか、そういう思いを持って努力するから伸びる。
次に井出はヒカルを向いた。
「さすがに地元では慣れてるだけあって客の乗せ方がうまいな」
「本当ですか!?」
満面の笑みで前のめりになるヒカル。実力の程はともかく、相手はインディーズデビューをしており活動歴や知名度などは歴然だ。そういうところはさすがに差があると認めるダイヤモンドハーレムのメンバー。しかし井出は言う。
「曲なんだがな、もう少し丁寧に作ったらどうだ?」
「ん? 丁寧にですか?」
「あぁ。ノリだけでやってるからライブではいいかもしれんが、あれをオーディオで聴いたら疲れるぞ?」
しかしこれに答えたヒカルの言葉にダイヤモンドハーレムのメンバーは表情を一変させた。
「んー。ノリでもってるのは
なぜ張り合った? 古都と美和が作った曲に古都が詞をつけた曲。この時ばかりは希も表情を変え、唯までもが敵意を向けた。それに
「さっきはあぁ言ったが、この子らの将来性は高いぞ?」
しかし井出がダイヤモンドハーレムを持ち上げる。そしてその根拠を述べるのだ。
「ボーカルは手元が疎かになるって言っても、必ず正面を向いて歌ってる。ライブではやっぱりそれが一番だ。あくまでそれを維持したうえでの次のステップだ」
「それは私だってやってますよ」
内心ため息をつくのは大和と古都以外のダイヤモンドハーレムのメンバーだ。張り合う相手が悪すぎる。ステージで顔を上げて歌うのは、容姿と美声のどちらにも軍配が上がる古都を相手に惨めなだけだ。身内贔屓になるから口にはしないが。
「それからリードギターの速弾きは正確だし、ベースのアクセントは絶妙だ。これはアレンジ力があるからだろうな」
「私はそもそも引き語りであって速弾きはしません。それにアレンジならスタジオミュージシャンにイメージを伝えて、全パート自分で手掛けてます」
「はぁ……」
ここで井出が大きくため息を吐いた。そして呆れたように言うのだ。
「お前な、前から言おうかどうしようか迷ってたんだが、そんなに褒めてほしいか?」
「当り前じゃないですか」
臆面もなく言ってのけるヒカル。もう一度、今度は小さくため息を吐く井出。
「言い方が悪かったな。褒められたいのはいい。それをモチベーションに頑張るのもいい。けどお前は自分の方がより褒められたいんだろ? 頑張ってるのなんて聴き手にはどうでもいいことなんだよ。けどそれすらも褒められたい。他人が褒められればそいつらを見下して蹴落とすようなことを言ってでも優位に立ちたい」
「何が言いたいんですか!?」
「要するにガキなんだよ」
「ちょっと! 酷くないですか!?」
怒りを露わにするヒカル。やれやれと思った井出は大和に向き直る。完全に置いてけぼりを食らっていた大和に緊張が走る。
「久しぶりに見たよ」
「え? ん?」
この悪い雰囲気とは何の脈絡もない井出の言葉。何を久しぶりに見たのか。むしろ他人同士の喧嘩を大和こそ久しぶりに見たと思っていたのだが。
「メモを取る子らを」
「え? そうなんですか?」
「あぁ。俺だって元メジャーアーティストのプライドはある。自分は有識者だと思ってる。だから差し出がましいと思っても意見を言うんだ。しかし最近の若い連中は聞いているようで聞いてなかったり、言葉だけ一丁前に返したりするだけで何も響いてないんだ」
そうなのか? と大和は思ったが、ダイヤモンドハーレムのメンバー以外にそれほど深い付き合いをする若年層はいない。だから共感のしようもない。
「メモ癖はお前の指示か?」
「いえ。指導を始めた頃には既に身についてました。それでダメ出しをされて文句を言いながらも克服するんです」
「そりゃ成長を見てて楽しいだろ?」
「えぇ、まぁ」
薄っすら笑みを浮かべて素直に認める大和。ダイヤモンドハーレムのメンバーはもう穏やかな表情になっていて、2人のやり取りを見守っていた。一方ヒカルは憮然としている。
「けどな、最近うちのステージに立つ奴は文句を言うだけで終わるんだよ。もちろん
それを言う井出は大和の目にどこか寂しそうにも映った。するとヒカルが口を挟む。
「なんですか? 私ばっかり悪者みたいに」
「誰が悪いとかじゃねぇよ。品性や気質の問題だ」
「何ですか、それ。世代間の価値観が違うだけの話じゃないですか」
面と向かってならこれだけの言葉を返すヒカルだ。ダイヤモンドハーレムのメンバーは彼女のツイッターでの沈んだ発言が構ってほしさ故だと理解した。負けん気が強くて何かと突っかかることの多いダイヤモンドハーレムのメンバーでも、希の言う通りヒカルは癖があるようで、疲れる女だと引いてしまった。
「そうやって都合の悪いことから目を逸らしてばかりじゃ先が知れてるぞ?」
「納得できないです。明らかに私の方が人気はあるじゃないですか?」
「現状の知名度とかのステータスのことを言ってんじゃねぇよ。人の意見を聞くとか周りを尊重するとか、それが向上心に繋がって形になるんだよ」
「私だって向上心はあります。バイトで忙しくても毎晩遅くまで曲作りをしてます」
「だぁかぁらぁ、努力自慢はいらねぇって言ってんだろ?
「くっ……」
「おい、古都」
「は、はい」
あまりに中身のないヒカルの言い分に完全に呆れていた古都は、自分に話を振られると思っておらず声が上ずった。
「お前、普段……つまり今みたいに夏休みじゃない普段のことだけどな、寝るの何時だ?」
「えっと……、2時か3時です」
「そんな夜中まで何やってんだ?」
「10時までバイトで、それから帰ってお風呂やご飯を済ませて、宿題とギターの練習をやって、曲作りをしてたらそのくらいになるかな……」
「起きるのはいつも何時だ?」
「7時? ……くらい?」
ここまで古都から言葉を引き出して井出はヒカルに向いた。
「ほら見ろ。誰だって努力はしてんだよ。こいつらはそれを一度も厚かましく言ってねぇぞ?」
「もういいです!」
なんとヒカルはそこで悪態を吐いて控室を出て行った。井出はやれやれと肩を落とす。
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