第三十一楽曲 第三節
ダイヤモンドハーレムにとっては、初めて女性ボーカルだけを集められた対バンライブ。相応のオーディエンスが多く、この日のステージは盛り上がった。後方PAブースの近くで、エンジニアの邪魔にならない位置に立って観ていた大和は、彼女たちのステージパフォーマンスに目を細める。
「いい掴みじゃん」
すると後方から声をかけてきたのは井出だ。女子高生バンドらしく制服姿で、ヘビーながらも勢いのあるサウンドを奏でるダイヤモンドハーレム。オーディエンスのノリはいい。轟音の中なんとか聞き取れた井出の言葉に大和は声を張って答える。
「おかげさまで」
「京都は初めてなのにチケットノルマまでクリアしやがって、生意気な」
大和は笑って手に持っていた紙コップを口に運ぶ。本当はチェックインしてから来たかったが、リハーサルに遅刻しそうだったため車で直接来た。手に持つのはソフトドリンクで、酒を飲めないのが寂しい。
「と言っても、ノルマぴったりですけどね」
ドリンクが喉を通過すると大和は答えた。井出も大和同様声を張って話を続ける。
「大したもんだろ。盆前に駆け込みでチケットの取り置きの連絡を寄越しやがって。どこで知名度上げたんだ?」
ふと目線を上げて考える大和。この地では動画の効果は薄いように感じた。だからそれが理由ではない。しかしもう1つ心当たりがある。
「こないだ、代役でビーチライブをやらせてもらったんですよ」
「代役?」
「はい。メジャーアーティストも幾らか出てたやつなんですけど。それ以降メンバーのツイッターへの反響が凄くて。そのライブの状況も結構拡散されたみたいなんです」
「ほえぇ……。持ってんな」
感心したように唸る井出のこの言葉はホールの轟音に紛れた。しかし大和は井出の表情と口の動きから大よその言動を読み取った。確かに運が味方についたと納得だ。
やがてこの後ステージに上がったのはヒカルだ。ソロボーカルでシンガーソングライターとして歌い、演奏をするヒカル。現役時代の泉と同じスタイルなので、大和には重なる部分がありどこか懐かしさすらも湧く。リハーサルで演奏した曲も含めてしっかり5曲を聴いた。
印象はリハーサルの時とあまり変わらない。歌唱力も演奏も申し分ないし、それなりの曲を歌う。しかしそれなりだ。厳しく言うなら、所々意図的に作ったメロディーの波が耳に馴染まず、雑に感じる。とは言え、求められない限り大和は口にしない。
そのヒカルはステージを終えると、他の出演バンドとの交流を経てダイヤモンドハーレムのもとに来た。ヒカルが声をかけた相手は唯だ。
「どうでした?」
「凄く良いステージでした。お客さんも盛り上がってたし」
ダイヤモンドハーレムがステージを終えて、控室でヒカルとすれ違った時に労ってもらっていた唯は同じく労いを返す。人懐っこい印象のあるヒカルなので唯も人見知りが出ずに話しやすそうだ。大和はそれを見て安堵する。
と言っても、あまりガツガツしていないのが唯。他のメンバーはストイックな希と、音楽に対して妥協がない美和。そして一番の創作者である古都だ。ヒカルはこの日の短い交流の中で唯が一番遠慮深い性格であることを見抜いていて、それで唯に声をかけたのだ。そして期待どおり褒めてもらいご満悦だ。
こうして京都ツーデイズの1日目を終えて安宿に戻って来た大和とダイヤモンドハーレムのメンバー。風呂も済ませ、大和は最後の1人、美和の髪を乾かしていた。
「へー、インディーズデビューはしてるんだ」
徐に聞こえた古都の声。全員が注目すると古都は大和のスマートフォンで動画を見ていた。大和はジトッと目を細めて言う。
「なんで僕のスマホで動画を見てんだよ?」
「だって、ここワイファイないから」
「……」
つまり通信料を懸念して勝手に他人のスマートフォンを使っているのだと大和は気づいた。動画の通信料はバカにならない。
「その音楽、もしかしてヒカルさん?」
古都が視聴しているミュージックビデオから漏れる歌声に気づいて希が問い掛けた。この日、同じステージに立った相手なので記憶もまだ新しい。
「うん。ヒカルさんだけは明日のライブも一緒だからリサーチしておこうと思って」
そう思うのならこの日のステージに立つ前にやるべきではないのだろうか。大和はそう思ったが、とりあえずその指摘を飲んだ。すると希が自身のスマートフォンをスクロールしながら言う。
「彼女、なかなか癖が強そうね」
「ん? どういうこと?」
首を傾げたのは古都だけに止まらず、大和も美和も唯も同様であった。
「今、彼女のツイッターを見てるんだけど、創作論も結構呟いてて、しかもそれが私とは今一価値観が合わない」
「なんて書いてあるの?」
「例えば、動画サイトに自作曲のミュージックビデオを上げてるじゃない?」
それはちょうど今まで古都が視聴していた。その古都は「うんうん」と首を縦に振る。
「批評のコメントがあったりすると、それに対して『もう音楽辞めようかな』とか鬱ツイートしてるのよ」
「コメントまで見てなかった……。て言うかそんなこと言ったって、誰しも好みはあるから批評が上がるのは仕方がないじゃん。それに創作者にだって拘りはあるんだから、ネットの書き込みをいちいち真に受けてたらメンタルもたないよ」
「批評よりは圧倒的に好評の方が多いのに、よ」
「えぇぇぇ……」
渋い表情をする古都。どうやら彼女の価値観にも合わないようだ。
「それだけじゃない。動画の再生数が伸び悩むと『リスナーが減った。いつも頑張って作ってるのにモチベーション下がる。ショックが大きい』ってツイートしてるわ」
「はぁぁぁあ? 伸び悩んだり、リスナーが減ったことでモチベーション云々言うのは、残ってくれてるリスナーに対して失礼じゃない?」
「私は
希が同調するので、古都は眉を吊り上げて「だよね!」と強く言った。唯も首を縦に振っている。美和はドライヤーの最中なので首は振らないが、表情で同調気味だ。
そんな話題から古都も気になり、自身のスマートフォンでヒカルのツイッターアカウントを検索して開いた。そして何度かスクロールをしてふと目が留まった。
『これはどういう心境の時に作った曲なの?』
それはヒカルの曲を聴いたファンからのリプライによる質問だった。それに対してヒカルは得意げな表情でも見えてきそうなほど、ハツラツと答えていた。しかし――
『この曲のサビの部分、歌詞の意味がよくわからん。と言うか、前後の脈絡がない』
これもヒカルの曲を聴いた別のファンからのリプライによる質問だ。古都はこの質問に対するヒカルの返事を読んで目を疑った。冒頭は問題ない。単純に自身の創作物に対する説明だ。しかし目を疑ったのは、連投している2つ目の回答だ。
『Aメロではっきり書いてありますよ?』
一言余計である。聴き手に対してツッコミを入れている。「聴き手にわかりやすく」を心掛けて創作をしている古都には信じられない返答だった。せっかく感想をもらったのだから、それを糧に自作品を見直そうとは思わないのか。
更に他にも気になることがあった。それはヒカルが上げたヒカルの動画に対するツイートだ。
『一般の人からの感想って嬉しい。現役や経験者だとどこか馴れ合いを感じるから』
古都は遺憾に思った。一般の人、つまり音楽をやらない人のことで、曲を聴いてステージを観るだけの人だ。そして現役や経験者は、つまり音楽をやっている人のことだ。音楽をやっている人だって間違いなくリスナーだと思う古都は、リスナーに差をつけているように感じてしまったのだ。
「よし、終わり」
すると古都の複雑な心境を折るように大和の声が響いた。美和の髪を乾かし終わって大和はドライヤーを片付けていた。
「大和さん、いつもありがとうございます」
「いえいえ」
美和と大和の会話が古都の耳に届く。その時の穏やかな大和の表情を見て、この日のリハーサル後に言われた言葉を古都は思い出した。
――その気持ち、大事にしろよ。
たぶんリスナーやアドバイザーに対する自分の向き合い方は間違っていない。悪口になってしまうのでヒカルのことを公には言えないが、古都は大和の言葉を思い出して自分の考えに自信を持った。
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