第三十一楽曲 第二節
リハーサルを終えたシンガーソングライターの彼女はハードケースに入れたアコースティックギターを手に提げていた。彼女は愛想のいい笑顔で大和の前に立ち、自己紹介をする。
「菱神大和さんですよね? 初めまして。ヒカルです」
「初めまして」
唯一のソロアーティストが男とも女ともとれる名前なので、希が言うまで希以外の一行は当初、この日のステージが女性ボーカルばかりだと認識していなかった。
大和は離れた地に来て自身を認識されていることになぜなのか疑問を持ったが、とりあえずその言葉は口から出ない。それよりもヒカルが大和に接近してから八の殺気をこめた視線が気になる。ステージに対する負けん気が強くて結構なことだ。……と大和は思っている。
この夏はピンキーパークのヒナや、大和の元カノの泉など、何かとやきもきさせる女が出てきた。メンバーは気が抜けない。
「菱神さんが作曲された曲、聴きました。凄く格好良かったです」
「あ、そうなんだ。ありがとう」
作曲の活動から認識があったのかと納得した大和は素直に謝意を口にする。しかし、作曲家として顔を表に出したことはないのに、よくわかったものだと感心する。
「メロディーの流れに無理がなくて、繋ぎがスムーズで、自然な感じで耳に入ってきました。それでいてハードな
この後も色々と熱く自身の曲の好評をもらう大和だが、ベタ褒めされて反って恥ずかしくなり素直に喜べない。ダイヤモンドハーレムの鋭い視線は相変わらずで、古都と希に至っては大和の腕を抱え両脇を固めている。
「ダイヤモンドハーレムの皆さんも事前にリサーチさせてもらって、ホームページにリンクが貼ってあった演奏の動画を見させてもらいました」
話題が自分たちの演奏のことになり、幾分表情を和らげたダイヤモンドハーレム。一方大和は、ダイヤモンドハーレムのホームページを見たのなら自身がプロデュースをしていることも書いてあるし、ゴッドロックカフェのホームページへのリンクも貼ってある。そこでは自身の顔を出しているので、それで認識があったのかと納得した。
「演奏は凄く上手だし、いい曲作るし、びっくりしました。
敵意を向けていたダイヤモンドハーレムのメンバーは、思いの外好評をもらい拍子抜けだ。とりあえずと言った感じで、ダイヤモンドハーレムの創作に一番携わっている古都が代表して、笑顔で答えた。
「ありがとうございます。嬉しいです」
この時にはもうメンバー全員に敵意はなく、穏やかな表情を浮かべていた。つまり、害なしとの判断である。それでも内心ではまだ気を抜けないと、古都と希は大和の腕を解放しない徹底ぶりだ。
「ところで私どうでした?」
するとヒカルは大和に向き直って問う。問いかけが自分に戻ってきて大和はヒカルに意識を戻した。
「えっと、ごめん、まだ聴いたことなくて」
「今のリハです」
「あぁ、リハか。演奏も正確だし、声の音域も広くていいと思ったよ」
「本当ですか!?」
「う、うん……」
途端にヒカルが前のめりになるものだから、大和は思わず気圧される。しかし今のリハの曲なら聴いたばかりでまだ耳に残っているから鮮明だ。
「さっきの曲は前のカレシと別れた時に泣きながら書いたんです。悔しさとか、出会った頃の懐かしい思い出とか、そういうのをイメージして。それから……」
どうやらヒカルは話好きらしい。古都も顔負けの弾丸トークだ。よほど曲作りが好きで愛着のある曲なのだろうと大和は思った。しかし話に付き合わなくてはならないので内心苦笑いだ。隣で希は欠伸をしている。
やがて大和は一瞬できた間を見逃さずに口を挟んだ。
「ただ、メロディーの波が大きすぎるから、もっと抑えた方がいいと思ったよ」
「ん? どういうことですか?」
「いきりなり高音域に入ったりするから叫んでるだけに聞こえがちなんだ」
「テーマは心の叫びですから」
テーマは失恋じゃないのか? 大和に疑問符が浮かぶが、まとめると失恋による心の叫びか? とも捉えられるので、無理やり飲み込む。――いや、違う。
「心の叫びはいいんだけど、わかりやすいメロディーを心掛けたらどうだろうって思ったんだ」
「ふーん。あ、他にも挨拶しないといけない人いたんだ。失礼します」
突然会話に興味が失せた様子のヒカルは、他の出演バンドのもとへ行った。
「なんか台風のような人でしたね」
美和がぽかんとしながら言うので大和は「あはは」と乾いた笑みを浮かべた。するとここで大和は思い出す。
「あ、そうだ。唯、明日のスタジオ練習でさっきやった曲のベースラインを見直そうか?」
「見直し……ですか? 何かマズかったですか?」
眉尻を垂らして唯が恐縮そうに問い掛けるので、大和はいつもの穏やかな笑みを浮かべて答えた。
「いや、Aメロとサビは井出さんから好評だったよ」
「そっか、良かったです」
「Bメロをもう少し詰めようか? 僕も付き合うよ」
「はい、頑張ります。よろしくお願いします」
笑顔でやる気を見せた唯。その改善意欲が大和は嬉しい。
やがてリハーサルは終わり、開場を待つのみとなった。大和は着替えた古都と一緒にホールの後方にいた。他のメンバーも既に着替えてホールの中ほどで雑談をしている。
「大和さん……」
すると古都が大和に話しかけるのだが、どこかトーンが低いようで大和は気になった。
「なに?」
「さっきヒカルさんにわかりやすいメロディーって言ったじゃない?」
「うん、言った」
「私の曲って、それができてるかな?」
いつもは自信に満ちた古都だから、珍しいようにも思う大和。そんな彼女の様子を窺っていたので答えるのが遅れ、古都が先に口を開いた。
「私はね、まだまだひよっこだけど、詞でも曲でも聴き手に対してわかりやすいものを心掛けてるの。もっと言うと、すっと耳に馴染むようにってそこに拘りを持って作ってるの」
「うん。それは伝わってるし、現状の技術と感性ではできてると思う。これから先それをもっと伸ばせば目標と夢には手が届くと思うよ」
「本当?」
大和の本心であったが、古都はどこかしおらしくその表情に自信が感じられない。大和は問い掛けた。
「どうした? 創作の話題が出て、何かを感じた?」
「うん……」
大和から視線を外して俯く古都。しかし話しにくそうに感じたので大和は優しく先を促した。
「創作の話をして何かを感じたならそれはクリエイターの財産になる。だから臆することなく言ってみな?」
その言葉で古都は顔を上げた。
「うん、あのね……。私もヒカルさんの曲を聴いて、大和さんと同じ意見を持ってたの。メロディー云々の話なんだけど。どこか聴き手任せに感じた」
「うん。それで?」
「芸術作品を作るのならクリエイターの個性を全面に出せばいいと思う。けど私たちがやってるのは大衆音楽で、その中の軽音楽なんだよね?」
「そうだね」
「それって、聴き手任せじゃダメなんじゃないかと思って」
批評である。大和は古都の意見を聞いて、彼女の様子に納得をした。批判をしているみたいで言いにくかったのだ。しかしそれを今2人だけで話すことには何の問題もないと思うので大和は言った。
「僕もそのとおりだと思う」
「本当?」
「うん、本当」
古都は少しばかり肩の力を抜いた。そして小さく深呼吸をすると次の言葉を続けた。
「それから……。ヒカルさんは誉め言葉には敏感に反応してたけど、アドバイスには目も向けなかった。大和さんは結果を出してるプロなのに。それどころか言葉を返してたからなんだか寂しかったって言うか、残念だなって思った」
大和は笑みを浮かべてグッと押さえ込むように古都の頭を撫でた。首が縮こまった古都は大和を目だけで見上げる。
「なに?」
「その気持ち、大事にしろよ」
「う、うん」
大和の内面が今一見えない古都だが、とりあえず自分の口から出た言葉に間違いはないのだと思えた。それならば大和の言うことを信じるのみなので、少し前向きになった。
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