第三十一楽曲 第一節
インターチェンジの出口渋滞には引っかかったものの、高速道路でそれ以外は順調に走行して京都市内に入った。しかし市内は混雑しており、その渋滞を抜けてやっと大和とダイヤモンドハーレムはこの日のライブハウスに到着した。京都ツーデイズの1日目である。
「ギリギリセーフ」
リハーサルの時間に遅れそうだったため、息を切らせて古都が滑り込む。コインパークからギターを担いで走ったことで前髪がやや浮いていた。他のメンバーもそれに大差なく、加えて唯に至っては運動が得意でもないのに重いベースを背負って走ったので、一番息が上がっていた。
「おう、大和」
「あ。井出さん。お久しぶりです」
声をかけてきたのは初老の男だ。このライブハウスの店主、井出である。
「この子らが電話で言ってた大和が今育ててる嬢ちゃんたちか?」
「はい。今日はよろしくお願いします」
「ダイヤモンドハーレムです。よろしくお願いします」
古都がメンバーを代表して挨拶をした。井出は愛想良く「こちらこそよろしくな」と返してから大和に向き直る。
「とりあえず、すぐにリハ開始だ」
「はい。ギリギリになっちゃってすいません。――着替えは後にして、すぐに楽器の準備をしようか?」
『はい』
後半はメンバーに向けて言ったことで、メンバーは返事をするとすぐ準備に取り掛かった。大和もステージに上がり、セッティングを手伝う。この時ホールでは数人が待機していて、彼らはこの日の出演者だ。
セッティングが終わると大和はステージを下りてリハーサルが始まった。大和は井出と肩を並べてステージを見守る。
「へー、なかなかいいな。さすがに大和が育ててるだけあって、女だなんて舐めてらんねぇな」
「ありがとうございます」
「曲を作ったのはメンバーか?」
「作詞と作曲はそうです。
「ほう、大したもんだ」
好評を得て大和は思わず表情が綻ぶ。しかし井出はステージを真っ直ぐ見据えながら言葉を足す。
「しかし、サイドギターのミストーンが気になるな。生演奏のライブだから仕方ないし、ミスよりは勢いを大事にしてる方がもちろんいいが、コードチェンジの時に最初の音がしっかり鳴ってない。経験不足か?」
痛いところを突かれて思わず目を逸らしたくなる大和。しかしその指摘としっかり向き合って答えた。
「はい。ギター歴イコール楽器歴1年4カ月です」
「は!? 1年4カ月!?」
驚いて目を見開いた井出は大和を見る。大和は頭をかいていた。そして言うのだ。
「はい。リズム隊の2人も楽器歴はあったとは言え、ベースとドラムの歴は同じです」
「それは失礼なことを言った。それならむしろ大したもんだわ。リードギターは長いのか?」
「はい」
「確かに頭1つ抜けてるわ」
結局好評に戻って喜ぶ大和。しかしリハーサルのステージに目を戻した井出は言う。
「ちょっと、今のBメロのところ、ベースラインがありきたりだな。Aメロはウネリでサビが基本ルートなのは好感だけど」
大和は驚いて目を見開く。少しだけ、ほんの少しだけ気になっていた。どこか気持ち悪いと感じていた箇所で、それどころかその気持ち悪いとの感覚も思考では気づいていなかった。その程度のものなのに見事に指摘された。さすが井出は元メジャーアーティストだと感心する。
井出は大和の祖父とは旧知の仲で、大和の祖父がゴッドロックカフェ常連客の河野と一緒に音楽をやっていた頃に知り合った。メジャーデビューをするまではよく面倒を見てもらい可愛がってももらっていたので、大和の祖父と河野を「先輩」と呼ぶ。
プロ引退後はサラリーマンをしていて、大和がまだ軽音楽を始めたばかりの中学生の頃、当時はよく祖父と河野に会いに遥々ゴッドロックカフェに来たものだ。やがて定年後に開いたこのライブハウスに付きっ切りになった井出は、今でこそゴッドロックカフェまで来なくはなったものの、河野とは密に連絡を取り合う間柄である。
そんな人と人との繋がりもあってこの日のブッキングが叶った大和は、井出を向きながら答えた。
「唯と一緒に見直してみます」
「おう。曲は見直したら見直しただけ良くなるからな」
「意見貰えて助かります。ありがとうございます」
「俺なんかので良ければ」
そう言って豪快に笑う井出はどこか河野を思わせるが、リハーサル中にその声は大和にしか届いていない。すると井出が思い出したように言う。
「あ、そうだ。ジャパニカンから出たお前の曲聴いたぞ?」
「本当ですか? なんかお恥ずかしい。とは言え、どうでした?」
「お前、クラソニの時より感性伸ばしたな?」
「そうですか? 嬉しいです」
これには照れて俯く大和。思ったことをストレートに言う井出なので、その意見が嬉しい。
「けど、男性アイドルグループに出した曲はなんだありゃ? めちゃくちゃ売れたみたいだけど、ドラムは8ビートにクラッシュだけ、ベースはほとんどルート、ギターは2パートあるのにどっちもパワーコードじゃねぇか」
「あはは」
これには笑って誤魔化す大和。パフォーマンスの一環で一時的にグループの形態をバンドにしただけ。難しい曲にするなと注文が入っていた。作曲には自信があったが、確かに
「まぁ、それでも他の曲も聴いて思ったよ。色々あったことは生前菱神先輩から聞いたけど、その後にそれを凌駕する気持ちの変化でもあったような、そんなことを思わせる存在感の強い曲だった」
思わず大和はステージを向いた。ちょうど1曲分のリハーサルが終わったところで、大和は撤収を始めたメンバーを見て目を細めた。
クラウディソニックの解散で廃れたものだ。そこへ作曲の仕事が舞い込んできた。しかしやる気とは裏腹にプレッシャーが重く圧し掛かった。そんな時に自分たちに音楽を教えろと押し掛けてきた女子たち。
渋々引き受けた指導も、今や大和にとってはかけがえのない時間だ。ダイヤモンドハーレムが大和の傷を癒し、肩に入っていた力を抜いてくれた。間違いなく彼女たちと、彼女たちの演奏する音楽が自分を変えたと思っている。
「彼女たちが僕の宝です」
「そうか。応援するよ」
「ありがとうございます」
ステージを見守っていた井出も目を細めた。
程なくして大和をダイヤモンドハーレムのメンバーが囲ったので、井出はその場を離れた。ステージではダイヤモンドハーレムの次のアーティストがリハーサルに上がっている。
「あれ? 次ってバンドじゃないの?」
古都がステージを見ながら誰にともなく問い掛ける。それに答えたのは現場マネージャーの希だ。
「そうよ。ソロのシンガーソングライター」
ステージのアーティストは、アコースティックギターで弾き語りをしていた。しかし伴奏はある。
「録音?」
「他のパートはそうだろうね」
この古都の疑問には大和が答えた。予め用意したライブ用の音源をスタッフに渡して、それを流している。すると希が説明を続けた。
「今日のステージは全員女性ボーカルよ」
「そうなの!?」
古都が目を見開く。ホームページの告知などでは対バンの相手も載せているが、それが男なのか女なのかは、地元と違って初めて会うアーティストばかりなので認識がなかった。
「今ステージに立ってるシンガーソングライターに、女性ボーカルバンド。そのバンドの楽器隊は男だけど。それから歌とダンスをするアイドルに、私たちの他、ガールズバンドがもう1組いるわ」
そういう組み合わせのステージになっていたのかと感心する一同。確かに地元でも同じ方向性のバンドを集めてブッキングされることが多い。しかし演奏人口がどうしても少ないので、皆が女性ボーカルなのは初めてだ。
「だからそういうお客さんがたくさん集まる。ファン獲得のチャンスよ」
希の言葉に気合が入ったメンバー。自ずと表情が引き締まる。
やがてリハーサルを終えたシンガーソングライターのソロアーティスト。彼女は真っ直ぐ大和のもとに来た。
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