第十二章

第三十一楽曲 品性

品性のプロローグは古都が語る

 お盆を経てゴッドロックカフェに集まった私達ダイヤモンドハーレムは、朝から練習をした。たったの中3日とは言え、今までずっと一緒にツアーで演奏をしてきたため、凄く久しぶりのような気がした。


「古都、今日凄く張り切ってるね」


 練習を終えてすかさず声をかけて来たのは美和だ。私も美和もギグバッグに愛用のギターを詰めている。


「えへへん」


 私はとりあえず笑顔で答えておく。そして片付けが終わるとステージを下りた。


「大和さん、片付け終わったよ?」

「う、うん……」


 目も合わせずに頬をぽりぽりかく大和さん。恥ずかしいのかな? 照れているのかな? 私は彼を見ているとうっとりするし、顔がにやけて締まらない。体はこの夏のように火照ってアツくなってしまう。

 その理由は大和さんとキスをしたから。大和さんとは2日ぶりに会うが、その間、夜な夜な回想に耽った。もちろん件のシーンである。妹の裕美が突然部屋に入って来た時は「顔が気持ち悪い」なんて貶されたものだが、私は浮かれる気分を抑えられなかった。


 やがて他のメンバー3人もステージから下りてきた。


「よし、じゃぁ行こうか?」

『はい』


 表情を整えた大和さんの言葉に、私達4人は明るく返事をする。そして大和さんのハイエースに荷物を積み込み、ツアー後半最初の地、京都に向かって出発した。これからが西日本巡業である。

 しかし出発してすぐに違和感を覚える。インターチェンジに向かうなら方向が違うのだ。助手席の私は大和さんに問い掛けた。


「どこに向かってるの?」

「うん。ちょっとみんなで一緒に行きたい所があって」


 それだけ答えてくれた大和さんは真っ直ぐ前を見ている。どこか遠くを見ているようにも感じた。


 やがて走ること数十分。到着したのは市が管理している広大な墓苑だった。私達メンバー4人は大和さんの行動の意図がわからないながら、駐車場に停められたハイエースを下りた。


「こっち」


 大和さんは特に説明をすることもなく先を促す。私達はお互い顔を見合わせるが、解せないまま大和さんについて歩いた。山の中腹にあるこの場所は周囲を木々で覆われて日陰が多く、幾分過ごしやすい。しかし蚊も多いので、それを手で払いながら進む。

 大和さんは途中の水道で桶に水を汲み、柄杓を中に入れて歩いた。そして到着したのは1つの墓石の前だった。


『菱神家の墓』


 墓石に記された文字を見て私は問い掛ける。


「ここ、大和さんの家のお墓?」

「うん。ゴッドロックカフェの先代が眠ってる」


 その時、穏やかに吹いた風が私達の頬を撫でた。ゴッドロックカフェの先代、つまり大和さんと杏里さんのお爺さん。私達メンバー4人は思わず背筋が伸びる。


「昨日、家族と杏里と盆のお参りに来てさ、君たちを紹介したくなったんだ」


 恐れ入る。ゴッドロックカフェを開いた先代の店主である大和さんのお爺さん。私達にとってそんな偉大な人に紹介してもらえる。光栄なことだ。


「爺ちゃんは僕の将来を心配したまま逝ってしまった。けど僕は、爺ちゃんが遺した店で常連さんに囲まれて、そして創作の仕事をさせてもらってる。それが今や僕には君たちもいる。今はその恵まれた環境の中幸せに暮らしてるって、君たちを連れたうえで報告したくて」


 そう言って話す大和さんは墓石を見ながらとても穏やかな表情をしていた。いつも穏やかな大和さんではあるが、この時の表情はそれがより顕著だった。


 私達はお線香を立て、水をあげると屈んで手を合わせた。お花はお盆に生けられたばかりのものなので、まだ綺麗だ。目を閉じた私の鼻にお線香のほのかな香りが漂う。


「さ、行こうか」


 合掌を解くと、大和さんが立ち上がりながら言った。その時の大和さんはとても晴れやかな表情をしていた。私もそんな気分だ。すると美和が言った。


「ダイヤモンドハーレムのMIWAですって自己紹介しておきました」

「お。じゃぁ、爺ちゃんは美和のこと覚えてくれたね」

「私もよ」


 のんが続くので大和さんは「じゃぁ、希も」と笑顔で付け加えた。すると唯が言う。


「この先のツアーも無事にこなせるよう見守ってくださいってお願いしました」

「そうだね。僕も昨日爺ちゃんにそうお願いした」


 どうしよう。私ときたらメンバーとは方向違いのことをお爺さんに話し掛けちゃった。恥ずかしくて言えないや。


 ――将来、私は大和さんのお嫁さんになるので、数十年後、ここに一緒に入るから仲良くしてください。


 墓苑を後にした私達は再び車に乗って今度こそ京都へ出発だ。途中、昼食を取って高速道路をひた走った。助手席の私は大和さんに問い掛ける。


「大和さんのお爺さんってどんな人だったの?」

「とにかくロックをこよなく愛した人だったな」


 高速道路の暴風壁に挟まれて単純な景色が続く。所々街は通過するが、基本的に山の中や農村地帯が多い。


「へー。イメージどおりだ」

「そっか。それから優しい人だったな」

「それもイメージどおりだ」


 大和さんの性格を思うと納得できる人柄である。今の大和さんはもう午前中に見せた恥じらいがなく、いつもの大和さんだ。そしてお爺さんを懐かしむように話している。


「けど、やっぱりロックにはうるさい人だったな」

「ふーん。どんなふうに?」

「僕と響輝が曲を作って聴かせるとさ、とにかく批評をするんだ」

「うわ……、メンタルやられそう」

「ははは。古都のメンタルとならいい勝負かも」


 どういう意味だよ。私は頬を膨らませてみるが、前を向いている大和さんは気づいていないだろう。しかし、彼の横顔を見ているとやっぱりうっとりする。その唇についつい目がいっちゃうよ。私からしたものの、とっても素敵なキスだったな。


「けどさ、絶対好評も言ってくれるんだ。その批評と好評の差が激しくて」

「なんかいいね、そういうの」

「うん。好評された箇所は長所だから伸ばそうと思うし、批評された箇所は短所だからナニクソって思って改善に躍起になってた」

「そっか。それで大和さんと響輝さんは私が大好きなクラソニの曲を作ったわけだね」

「そう言ってもらえて報われるよ」


 満足そうな表情に変わった大和さん。運転中なので相変わらず前を向いているが、私は大和さんをずっと見ていた。

 セカンドシートではお菓子を摘みながら談笑する他の3人の声が聞こえる。そのお菓子、ちゃんと自分のポケットマネーで買ったんだろうな? 貧乏ツアーだからお菓子を買うお金もなくて困るぜ。て言うか、私も食べたいんだけど。そう思っていると後ろから美和の手が伸びてきた。


「古都と大和さんも食べる? 正樹からの差し入れ」

「本当!? 食べる」


 貧乏ツアーだからこういう小さな心遣いがとても染みるのだ。すると唯が前の席に向かって言う。


「私もお姉ちゃんから差し入れのお菓子もらったから、そっちはあとで開けようね」

「うん」

「後ろの段ボール、全部お兄ちゃんからもらったお菓子」

「お、おう……、そうだったのか」


 のんがお菓子のロゴが入った段ボールを積み込んだので何だろうとは思っていたのだ。本当にまんまお菓子だったとは。とは言え、みんな思うところは同じだったようだ。大方、差し入れは何がいいか聞かれ、お菓子と答えたのだろう。実際、私がママとそんなやりとりをしたし。お菓子を買うだけの余裕もないツアーだからね。

 私は早速もらったスティック菓子を開封して1つ取り出した。


「大和さん、はい、あ~ん」

「あ、ありがとう」


 そう言って素直に口を開けた大和さん。するとすかさず後ろからのんが言う。


「むむ。古都、今度助手席代わって」

「やーっだよぉだ」

「ケチ」


 大和さんの隣の助手席は私の指定席。と言うか、そもそも車内で寝ることのない一番元気な私が運転手の話し相手にと、大和さんから直々に指名をされているのだ。長距離を運転するのはかなり気を使うらしい。


 ――いつもありがとう。大好きだよ、大和さん。

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