第三十楽曲 第四節

 ショートパンツにビキニのブラ姿でステージ袖に移動したダイヤモンドハーレムと大和とツヨシとタロー。ステージ上ではスタッフがメンバーの弦楽器のチューニングを既に終えてスタンドに立てかけていた。希のツインペダルとスネアも既にセットされている。

 すると地元FMラジオ局の男性DJがステージに上がり開会を宣言する。


『ようこそ! サマーイベントへ!』


 途端に歓声が上がり、その声量に驚いたメンバーはステージ袖の隙間から、ブレーメンの音楽隊のように顔を縦に並べて客席を覗く。


「ひっ!」


 唯から引き攣った悲鳴が上がる。美和は「すご……」と唸り、希は「おお!」と目を丸くした。古都はテンションが上がったようで声を弾ませる。


「うほっ! お客さんいっぱい!」


 ステージの前は砂浜。その奥は太陽に照らされた太平洋。その水辺までの砂浜の中間ほどを、軽装や水着のオーディエンスがスタンディングで埋めていた。鉄筋コンクリートの柱間口1スパン分のライブハウスにばかり立つメンバーなので、この観客の多さに各々の感動を示す。


「クリスマスライブの時より多いよね」

「クリスマスの倍はいるわね」


 美和の感嘆に希が答えた。地元のクリスマスライブ以来の屋外ステージ。トラブルによるお零れとは言え、これほど大きなイベントに立つことに沸き立つものがある。そしてDJ司会の言葉は続く。


『ただ1つ皆さんにお詫びがあります。本日出演を予定していた沖縄のバンドが台風の影響により到着できませんでした』

『えぇぇぇぇぇ』


 客席から落胆の声が響いた。到着できなかったバンド目当ての客もいたようだ。


『それで急遽、代役を立てました! なんと彼女たちは水着女子高生ガールズバンド!』

『おお!』


 今度は客席から野太い歓声が上がる。拳を振り上げる者までいる。出演を前に煽られてしまったメンバーは苦笑いだ。その後ろで大和もまた苦笑いだ。楽しそうにしているのはツヨシとタローである。


『しかも今、全国ツアー中で将来性が高いバンドです! では1組目! ダイヤモンドハーレム! よろしくっ!』


 なんだかとてもプレッシャーのかかる前振りだった。ステージから捌けて来たDJと苦笑いのままハイタッチを交わしたダイヤモンドハーレムのメンバー。それを終えるといつものように大和を含めた5人で円陣を組んだ。いつもならここで皆が肩を組むのだが。


「ん? どうしたんですか?」


 しかし美和が大和を見て首を傾げる。大和は美和と唯の間に立ったものの直立で、引き攣った笑顔を見せる。


「あ! わかった! 大和さん素肌に触れるのが恥ずかしいんでしょ?」


 古都に図星を突かれてそっぽを向いた大和は頬をぽりぽりとかく。それに対して美和も唯もクスクスと笑った。


「気にしませんよ?」

「わ、私もです」


 そう言われて大和は遠慮がちに美和と唯の肩に腕を置く。すると……。


「俺も混ぜてよ」

「俺も」


 割り込んで来たのはツヨシとタローだ。すかさず大和はジト目を向ける。それに対してツヨシが言うのだ。


「いいじゃん、ローディーなんだから」

「そうだよ。俺らだって今日はこのバンドのスタッフだぞ?」


 タローも続くので大和は「ったく」と嘆く。


「メンバーが嫌じゃないならな」

「うん。今日はスタッフだからね。仲間、仲間」


 古都が快く応じたので、ツヨシもタローもニカッと笑って女子の間に身を入れた。男同士で隣り合わないようにするからしたたかである。

 7人で円陣を組み、更に肩を組んだ一行。頭を突き合わせて古都が大きく息を吸った。


「ビーチライブー! 行くぞー!」

『おー!』


 円陣を解いたメンバーは古都を筆頭にステージに流れていく。途端に客席から歓声と口笛が鳴る。思わぬ美少女の登場に客席は盛り上がっていた。しかも水着である。

 メンバーは一様に笑顔を振りまいて観客に向かって手を振った。こういうところは場数を踏んだだけあって、緊張をしていてもさすがにステージ慣れを感じさせる。


 そして各々が自分のポジションにつく。ステージは広く、メンバー間の距離が遠い。そして弦楽器はワイヤレスだ。ワイヤレスは初めてである。ストラップに固定されたその子機が素肌の腰に当たる。慣れていないことが多く戸惑いもあるが、気持ちは上がっていた。


『こんにちは! ダイヤモンドハーレムです!』

『おー!』

『ぴゅー!』


 掴みはいい。人の頭で埋め尽くされた砂浜を一望して、希はオープンハイハットで勢いよくカウントを打った。


 シャン・シャン・シャン・シャン


 途端に音圧の風を受けたオーディエンス。背中から受ける海風と正面から攻めてくるダイヤモンドハーレムの楽曲に板挟みになって目が見開く。

 話題作りで掴みの1組目だと思っていた。容姿に恵まれた女子高生が水着姿でステージに立っているのだ。初めて見る彼女たちの音楽に対する予備知識もないまま、何の期待もしていなかった。アイドルバンドだと思っていて、まともな演奏ができるなんて考えそのものが頭にもなかった。


 ステージから押し寄せてくるのはディストーションの効いたギターリフ。鳩尾に解けこむベースの重低音。クリーントーンが絶妙なアクセントとなったリズムギター。そして疾走感を与えるツインペダルのドラムビート。

 脳天まで突き抜けるようにノリを刺激され、このイントロでオーディエンスは、ダイヤモンドハーレムの演奏に体の芯まで融合されられた。自然に歓声と拳が突き上がる。


 しかし第二波は来る。イントロが終わってAメロが始まった時に、スピーカーから直線的に鼓膜にぶち当たる古都の美声だ。キーが高くて声量が大きく、そして良く通る力強い女声。オーディエンスはノリながらこの演奏と歌に酔った。

 この客席にいる一体何人が事前にダイヤモンドハーレムのことを知っていただろう。ゼロかもしれない。初めて聴く曲ばかりで合いの手すらもわからない。それにも関わらず砂浜に立つ皆がステージに心を鷲掴みにされていた。


 ステージ上の4人は観客の反応に笑顔が引かない。躍動感あふれる演奏とステージパフォーマンスがキレを増す。希は全体が走らないよう理性を働かせるのに一生懸命だ。その希は髪を振り乱し、豊かなバストを揺らしてドラムを叩く。しかしツータムに隠れて、更に客席と高低差の大きいステージでその揺れを知る者はいない。

 唯はストラップが横から左の胸を圧迫する。とても気になるが、大半の意識はちゃんと演奏に向いている。しかし、観客の一部には圧迫されて強調されたその谷間に目がくぎ付けの者も、少なからずいた。


 美和は変わらずいつものようにステージを楽しんでいた。ギターソロになれば下唇を噛み、ステージ最前列で煽るように、そして演奏をひけらかすように速弾きを披露する。しかしギターソロはハイフレットに指を這わすことが多いので、演奏中は基本的に脇が締まる。均整の取れた彼女もまた、魅惑的な谷間を形成していた。

 古都は……、まぁ、左胸の先端にストラップが乗っているわけで特筆する点はない。その美貌と美声だけで十分だろう。尤もオーディエンスのその多くは、それに酔っているわけだし。


 やがてセットリストの5曲を歌い終えたメンバー。額に汗を浮かべながら満足そうな笑みを見せてステージ袖に捌けた。


 すると……。


『アンコール! アンコール!』

「え!? うそ!?」


 古都が驚いてステージに振り返る。もう客席は視認できない。しかし、その客席にいる人たちのコールが聞こえる。他のメンバーも大和も目を見開いた。


「もう1曲くらい持ち曲あるか?」


 近づいてきて古都に問い掛けたのはスタッフのケンタだ。彼は無線機を使って時々この場とは違う会話をしている。一行が驚きのあまり固まったままなので、ケンタは続けた。


「久保さんが他に持ち曲あるなら1曲だけアンコールに応えてくれって」

「いいんですか!?」

「うん」


 目を輝かせた古都にケンタが笑顔で頷く。ケンタが無線機で会話をしている相手は、客席の音響ブースにいる久保だ。

 このツアー中、古都と美和の作曲した曲だけでセットリストを組んでいるダイヤモンドハーレム。メンバーは大和に向いた。


「うん。行ってこい」

『はい!』


 元気に返事をしたメンバー。まだ大和の作った曲がある。それを引っ提げてステージに舞い戻った。

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