第三十楽曲 第三節
早めに昼食を済ませ大和とダイヤモンドハーレムのメンバーは、歩いて然程遠くない大和の車から機材を運び出す。ツヨシとタローもローディーを買って出て手伝っていた。
「しかし、いきなり代役のステージを取って来るとは……」
額に汗を浮かべてキャリーカートを引く大和。その隣で古都が笑顔を覗かせる。昼食中に体が乾いたメンバーはTシャツにショートパンツ姿だ。
「えへへん。人助けだよ」
「そうは言っても、元はスターベイツってことでツヨシに打診があったんだろ?」
「まぁ、そうだけど。けどメンバーが揃ってないんだからしょうがないじゃん。それとも大和さんが飛び入りしてツヨシさんとタローさんとスリーピースで出る?」
バンドを辞めて久しくステージに立っていない大和なので、その案に惹かれるものもある。しかし30分を持たせるだけのツヨシとタローと共通の楽曲がない。
「それは無理だよ」
「だよね。って言うかね、向こうからの打診なのにステージプロデューサーが感じ悪くってさ」
突然思い出したようにふくれっ面になる古都。何やら気に食わないことがあったようだ。それはスタッフのケンタが古都とツヨシを連れてステージプロデューサーのもとまで行った時のことだ。ステージプロデューサーは無精ひげを蓄えて怒鳴り散らしていた男だった。
「は? 高校生でしかも女子? まともな演奏できんのかよ? このイベントはフリー来場だけどな、この海水浴場の客寄せのために企画されたもので、組合が本気になってプロばかりを集めてんだよ」
そんなことを言われてむっとした古都。とにかく動画サイトに上げているスタジオ演奏を見て予習しておけと啖呵を切ったのだ。そしてその後一行と合流して、昼食を済ませて今に至る。
「よくもまぁ、自信満々にそんなことを言ったもんだな」
「本当だよ」
大和と古都に追いついて古都を挟むように並んだのはツヨシだ。啖呵を切った古都を目の当たりにした彼は苦笑いである。大和はツヨシに問い掛ける。
「大きなイベントなの?」
「まぁ、それなりに。この地域一帯が本気で取り組んでるイベント。ステージプロデューサーも初めて顔を見たけど、名前は業界でそこそこ有名な人」
「恐れ多いな……」
「それだけ有名な人なら私たちにとってはチャンスじゃん」
にっこり笑って大和に言う古都の怒りはどこへやら。相手のステータスを聞いて即意識が切り替わっている。そしてキラキラに輝いたその瞳と笑顔が眩しい。
やがてイベント会場に到着した一行はステージ裏に設置されたテントに入る。控室になっているテントの中とその外のステージ上では、相変わらずスタッフが慌ただしく動いていた。そこでツヨシからイベントプロデューサーとの面通しをされた大和は挨拶をする。
「こんにちは。彼女たちの育成プロデューサーをやってます菱神大和です」
「今日は突然にも関わらずありがとうございます。ステージプロデューサーの久保です」
お互い律儀に頭を下げる。その様子を見て古都は久保の態度が変わったと気づいた。するとその久保が思い出したように言う。
「ん? 菱神大和さん? 作曲家で元クラソニの?」
「えぇ、まぁ」
「そうでしたか!」
突然目を見開いて歓迎的な顔色になる久保。どうやら大和のことを認識しているようだ。
「菱神さんが育成しているバンドでしたか。どうりで上手いしいい曲をやるわけだ」
どうやら古都の言った予習はしたようで、楽曲と演奏をそれなりに評価している。大和のネームバリューも重なってのことだが、それでこの手のひらを返したような態度かと古都は納得した。
「そんなふうに言ってもらって恐縮です」
「いえいえ、当然です。今や大注目の作曲家、アレンジャーですから」
「なんだか恐れ多いな……」
そう言って照れながら首の裏をかく大和。むっつり大和ではあるが、確かに創作面で結果を出しているのでその評価は高い。これは泉の話とも一致する。
「ところで、クラソニは突然活動しなくなりましたけど、再結成とかしないんですか?」
あまり触れられたくない話題が出て大和はばつが悪い。ただ、久保に事件のことは認識がないようだと理解した。
「えぇ、まぁ」
「そうですか。とにかく今日はよろしくお願いします」
「はい。こちらこそ」
深く詮索されなかったことに大和は胸を撫で下ろす。とは言え、泉から得た情報で事件のことで卑屈になる必要ももうかなり少ない。だから過剰に気にしてはいない。すると久保が眉尻を下げた。
「それで申し訳ないお話なんですが、リハの時間が取れないんですよ」
「えぇ、聞いてます。音量調整だけはスタッフの方でやってもらえるそうで?」
「はい、そのようにします」
「それなら問題ないです」
「良かった。本番まではここでゆっくりしてください。テーブルにある差し入れはご自由にお取りください」
「ありがとうございます」
それを聞いていた古都がテントの端に目を向けると、長机いっぱいに菓子やジュースが置かれているのを捉えた。それに目を輝かせる。
「うほ! お菓子いっぱい」
「こら。まずは着替え」
しかしすかさず美和から背中のギグバッグを掴まれてしまい仰け反る。しゅんと肩を落とした古都はギグバッグを置いて、タローが運んでくれた衣装ケースから衣装を取り出した。
昨日まで3日連続でステージに立っており、そこで着まわしているセーラー服だ。明日と明後日も含めると6日連続になることは予定外だが、2着あることで着回しが成り立っているので安堵する。
既に衣装を手にしていた唯が、久保と一緒にいた彼のアシスタントのケンタに問う。
「更衣室はどこですか?」
「あぁ、更衣室なら――」
「ちょっと待て」
しかしその会話を耳にした久保がすかさず体の向きを戻して口を挟んだ。ケンタと唯は首を傾げる。他のメンバーもそれを見守った。久保は唯の手に持たれた衣装と唯の体を交互にマジマジと見る。そして言った。
「そのTシャツの下に透けてるのは水着か?」
「は、はい」
大和の時とは違う久保の態度に少しばかり怯む唯。体を見られていることも恥ずかしいのだが、けどどことなく厭らしい感じを受けないのは気のせいだろうかと思う。すると久保は古都を向いた。
「君、さっきまで水着だったよな?」
「え、そりゃまぁ……」
今度は古都の体をじっと見る。一瞬身構える古都だが、やはり唯同様あまり厭らしい感じを受けない。すると久保が自身の考えをまとめた。
「手に持ってるその衣装は動画で見た。いいと思った。けど、ここはビーチだ。そのイメージで舞台を企画してる。だから水着で出ろよ」
『は!?』
驚いて声を張ったのはダイヤモンドハーレムのメンバー4人だ。ツヨシとタローは「おお!」と口を開け、大和は唖然とした様子だ。
「ちょっとそこで水着になってギターを提げてみろ」
「へ?」
「早くしろよ」
有無を言わせない久保の言動に古都はおずおずとTシャツを脱いだ。そしてショートパンツも脱いでビキニ姿になると、ギグバッグから真っ白なテレキャスターを取り出して、ストラップを肩に掛けた。
「うーん……」
無精ひげを蓄えた顎に手を当てて唸る久保。古都の足先から頭や手の先まで真剣に見る。さすがの古都も自分1人こんな格好をさせられて恥ずかしいようで、俯いて上目遣いだ。するとイメージにそぐわなかったのか久保が言う。
「バランスが悪いな」
「なっ! 貧乳で悪かったですね!」
思わず突っかかる古都。しかし久保は笑いもせず、そうかと言って怒りもせず真っ直ぐ古都を見据えた。
「そういう意味じゃねぇよ。ショートパンツだけは穿いてもう一回同じポーズしてみろ」
今一久保の意図が掴めない古都だが、彼はステージプロデューサーなので素直に従った。そしてショートパンツだけを穿いて再びギターを提げる。
「うん。この方がいいな。メンバー全員これでステージ頼むわ」
「マジっすか!?」
と張った古都の言葉は無情にもテントの中で響いただけだった。言いたいことだけ言った久保は既にダイヤモンドハーレムに背を向け、スタッフへの指示に戻った。この場の一行はただ唖然とするばかりであった。
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