第三十楽曲 第二節

「希、お待たせ」


 すると2人のナンパ男を割ってやって来たのは大和だ。希の表情が少しばかり明るくなる。内心は大和のことが白馬の王子のように見えていて、メロメロだ。


「待ってたわ、ダーリン」

「う……」


 一瞬余計なことを口走りそうになった大和だが、明らかにこれはナンパなので調子を合わせておこうと思う。まずはナンパ男の排除である。


「すいません。この子僕のツレなんで」

「はぁ? 彼氏なの?」

「いやぁ、彼氏では済まない深い関係です」


 大和の本心ではあるが、色々と誤解を与えそうな発言である。


「ちっ、行こうぜ?」


 1人のナンパ男がそう言うと、2人ともその場を離れた。うまく排除できて大和は安堵する。そして大和は希を見た。


「おい、希? おーい?」


 ほら、言わんこっちゃない。希の目はハートである。尤も大和が彼女の誤解を知る由もないが。すると駆け寄って来たのはツヨシだ。


「大和揃ったな。希ちゃん行こうぜ?」

「はい」

「大和はどうする?」

「どうするも何も、この流れは僕が荷物番だろ?」


 呆れ顔で言う大和。察しが良くて助かると思ったのはツヨシである。大和をのけ者にして、ダイヤモンドハーレムのメンバーとキャピキャピ遊びたい下種だ。一方希は大和の腕を引く。


「ダーリンも一緒に遊ぼう? 荷物番はツヨシさんかタローさんに任せればいいから」


 招待してもらっておいて酷い言い分である。しかし大和の意識は別のところに向く。


「ダーリンじゃないから」

「さっき認めたじゃない?」

「認めてないよ。何を聞いてたんだよ?」

「聞いたままに認めたと判断したのよ」

「とにかく、僕は水着も持ってきてないから荷物番」

「は?」


 初耳である。確かに大和はジーンズのハーフパンツにTシャツ姿で、貴重品はポケットに入れたまま手荷物を持っていない。さすがにこれはツヨシも言う。


「海の家で買えば良かったじゃん?」

「うーん……、疲れてるからここで見てるよ」

「……」


 何をしに来たのだ、この男は。……って、引率か。その引率の疲労も溜まっているようで、大和には遊ぶ元気がなかった。するとツヨシがニカッと笑う。


「じゃぁ、大和が荷物番で、俺とタローがナンパ避けでいいか?」

「それでいいよ」


 利害は一致したようだ。希は不満そうだが。そもそも希のナンパに対して気づきもせず、よく言うツヨシである。それにナンパ避けと言いながら、本心ではメンバーを囲えるのが嬉しいだけだ。

 するとここで希も御開帳である。この女、童顔で低身長のくせに胸が豊満である。ビキニから露になった上乳は見事に谷間を形成し、細いウェストがそれを強調する。思わず大和もツヨシも見惚れる。大和は視界に他のメンバーも捉えているものの、やはり近くの美少女に意識は強く向くようだ。更に希は髪を二つに束ねて可愛らしい。


「ん」


 喉だけ鳴らして希が大和に差し出したのは日焼け止めクリーム。大和はまさかと思い、すっ呆けながら問う。


「ナニコレ?」

「日焼け止めクリームに決まってるでしょ?」

「ふーん」

「塗って」

「メンバーを呼ぼうか?」

「大和さんが塗って」

「……」

「私の全身に万遍なく」

「無理に決まってんだろ!」


 何を言っているのだ、希は。彼女はこんな斜め上の発言をするから油断ならない大和である。しかし希の発言は更に斜め上を行く。


「じゃぁ大声で言うわよ?」

「何て?」

「私の全身に塗って。ブラの中に手を突っ込んで、ボトムの中で私の○○○を――」

「わかった! やるよ、やるから! 頼むからそんなこと大声で言うなよ」

「わかればよろしい」

「但し背中だけにして」

「しょうがないわね。今回はそれで手を打つわ」


 何なのだ、このやり取りは。唖然とするのはツヨシである。とても羨ましい光景であるが、大和が尻に敷かれている。尤も、大和は振り回されているだけだが。


 やがてクリームを塗り終わった希が言う。


「さ、ツヨシさん、行きましょう」

「おう!」


 やけに声が弾むツヨシである。一方大和の手に残るすべすべした感触。大和はその手のひらを見ながら回想に耽るわけだが、これがこの男のむっつり具合だ。

 とりあえず一息吐いた大和はパラソルの下で腰を下ろした。この日は良く晴れていて、照り付ける太陽が水面で反射している。大和はそれが眩しくて時々目元を顰めるが、その中にいる自分の妖精たち4人が楽しそうに遊んでいるのをしっかり捉えていた。


「怪我だけはするなよ」


 そう願うものの、これほど満面の笑みを見せられてはその小言も無粋だと思うので、直接本人たちには言えない。唯も擦りむいた膝を海水に浸けて気にしている様子はないので、ひとまず安堵する。


 そうして小一時間遊んでいると、古都とツヨシが大和のもとまでやってきた。


「大和さん、飲み物買ってくるけど、何がほしい?」

「ビール」

「夕方から運転あるでしょ?」


 ふくれっ面で咎める古都だが、彼女はその表情も麗しいから敵わないなと大和は思う。尤も運転の意識はある大和だから、酒は冗談で言っているのだが。

 この時古都は二つ縛りの髪型で、その毛先が湿っていた。露になった肌にも水滴が滴っていて、それが日の光を映している。とにかく艶やかだ。


「じゃぁ、コーラ」

「おっけー」


 軽やかに返事をした古都はツヨシと一緒にその場を離れ、大和は彼女の綺麗な背中を見送った。その時パンツ1枚の時の彼女を回想して思わず反応してしまったので、煩悩を抑え込もうと思うが、周囲から開放的な格好の女ばかりが視界に入る。とりあえず体操座りをしてやり過ごすことにした。


 やがてツヨシと海の家で人数分の飲み物を買った古都。――と言っても、ツヨシが喜んで貢いだのだが。古都はふと気づく。


「ステージがある」


 古都の視線の先には単管で組まれたステージがあった。到着した時から存在には気づいていたが、今はそこでスタッフらしき数人が慌ただしく作業をしている。足を止めた古都にツヨシが答える。


「あぁ。あれはイベントステージ」

「イベント?」

「うん、このビーチのサマーイベント。ダンス、DJ、カラオケ、お笑い、コンサート、何でもやるんだ」

「へー」


 するとステージの上にアンプとドラムセットが運び込まれた。背景と天井のスポットライトはテスト中で、色とりどりの照明を走らせている。


「今日ってバンドが出るんですか?」

「俺もよくは知らないんだけど、そうかもしれないな」


 するとステージ前の客席から聞こえてくる怒声。


「はぁあ!? 台風接近で飛行機が飛ばなかっただと!」


 あまりの声量に古都もツヨシもその声の主を見る。すると冊子を丸めた無精ひげの男が若い男に詰め寄っていた。若い男は随分怯えているようで、声が小さくて聞こえない。しかし張り上げた無精ひげの男の声は、離れた位置にいる古都とツヨシの耳にしっかり届いた。


「なんで今頃言うんだよ! 今から代わりのバンドなんて探せるのかよ! ステージ1時からだぞ!」


 何やらトラブルが起きているようだが、所詮他人事だ。飲み物が温くなってしまうので、2人は一行のもとに戻ろうと歩き出した。そしてサンダルが一歩目を踏みしめたその時だった。


「ツヨシ! ツヨシじゃないか!」

「ん?」


 慌てたような男の声にツヨシが振り返ると、TシャツにGパン姿の若い男が駆け寄って来た。知り合いであるその男にツヨシは表情を明るくさせる。


「ケンタ。どうしたんだ?」


 ケンタと呼ばれた彼はツヨシの知り合いでイベント会社のスタッフだ。古都はツヨシとケンタのやりとりを見守る。


「はぁ……、はぁ……。いやさ、今そこのステージの設営をやってるんだけど、バンドマンの知り合いを見つけたから思わず声かけちゃって」

「ん?」

「沖縄のバンドが台風で来られなくてプログラムに穴が開いちゃったんだよ。しかも段取りしてたアシスタントが、もっと早くにわかってたはずなのに今頃になって言うもんだから、現場が今パニックで。それでツヨシを見かけて慌てて追いかけたんだ」


 そこで察することがあったツヨシは苦笑いを浮かべて言う。


「いや。俺はタローと2人で来てるだけだから代打は無理だぞ?」

「そんなことを言わずに頼むよ……。せめて30分。1時からの30分を乗り切れば、他の出演者が何組も到着するからなんとか繋げるんだ。もちろんギャラも払うから」


 相当困っている様子が手に取るようにわかったツヨシ。ふと彼は隣に立つ美少女を見た。


「ん? えへへ」


 その美少女は一瞬疑問符が浮かんだものの、すぐに意図を理解して笑顔を振りまいた。

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