第三十楽曲 第一節

 横浜ライブの翌日。大和はハイエースを走らせて、スターベイツのツヨシが指定した湘南の海水浴場に向かう。道中の車内は賑やかだ。


「海! 海!」


 古都が左手に臨む太平洋に向かって身を乗り出す。空いた窓からは海風が強く吹き込み、古都の綺麗なミディアムヘアーは運転席の大和に向かって暴れていた。


「危ないから顔出すなよ」

「え!? なんか言った!?」


 顔を半分車外に出した古都は、風の音で大和の声が聞き取れない。大和ははしゃぐ古都が微笑ましく思えたので、もうそれ以上は何も言わなかった。


 そして到着した海水浴場。軽快にハイエースを飛び降りるダイヤモンドハーレムのメンバー。皆一様に格好は同じで、デニムのショートパンツにTシャツ姿だ。全員が細身でウエストや手足がすらっとしており、服の上からもスタイルの良さを窺わせる。尤も胸の大きさや身長に個人差はあるが。


「うお、めっちゃ可愛い」

「声かけようぜ?」

「男連れだぞ?」

「1人しかいねぇじゃん」


 そんな外野の声が聞こえてくるので大和は睨みを利かせた。

 駐車場から臨むビーチは既に賑わっていて、カラフルな水着を着た海水浴客が多くいる。平日ではあるが、さすがに夏休みと言ったところだ。中には小麦色に日焼けした若者も多数おり、誰しもが開放的な様相である。

 大和はまず、メンバーを引き連れてツヨシとの待ち合わせ場所になっている海の家に行った。ツヨシは既に到着して小上がりの茣蓙の上で待っており、隣にはスターベイツのドラマー、タローもいる。2人とも既に水着のトランクス姿で、加えてTシャツを着ていた。


「おう、大和。皆もおはよう」

『おはようございまーす』


 キャピキャピした声で挨拶を返す女子高生。誰しもテンションが高い。このツアーを楽しんでいるとは言え、都会に行って我慢したことも多く、高揚していた。


「大和。車に機材積んだままだろ?」

「そうなんだよ……」


 防犯のことが気になる大和は苦笑いだ。仙台ではそのシーンを目の当たりにしたわけだし、不安は尽きない。するとツヨシが言う。


「近くの民宿に話をつけといたから行って来いよ。ガレージ貸してくれるって」

「助かる!」


 声を弾ませた大和は早速ツヨシからその民宿のパンフレットを受け取った。地図が載っていて、然程遠くもない。しかもガレージなら車内温度の上昇も軽減できるので、ありがたい話だ。


「それじゃ俺らは先に浜に出ちゃおうぜ?」

「ちょ、待った、待った」


 ツヨシの号令にすかさず待ったをかけた大和。大和以外の一行は首を傾げる。


「待っててくれないの?」

「あぁ」


 即答である。ジトッと目を細めた大和が言葉を続ける。


「それなりに広いところなんだから、どこで場所取りしたのかも見つけられないよ」

「水着の姉ちゃん拝みながらゆっくり探せばいいじゃん」


 くっくっと笑って答えるツヨシ。大和は更にジト目だ。しかし口を挟んだのは希で、希は自身のスマートフォンを掲げて言った。


「大和さん、大丈夫」


 ――あぁ、勝さん特製のGPSね。


 納得した大和はその場を離れ、海の家を出た。

 そう、後から知ったことだが、札幌で活躍したこのGPSアプリは勝オリジナル製作のアプリであった。さすがは電子機器メーカーに勤めるだけある。


「しかし凄いな、このGPS。誤差が1メートル以内だなんて」


 大和のスマートフォンに示された希の位置情報。拡大された地図は画面いっぱい海の家であるが、正確に希の位置を捉えていた。地図は住宅地図を引用しており、形状が不明確な海の家のような建物の場合、更地の表示である。

 とは言え、身銭を切って業務用の住宅地図を買い、これほど高性能のアプリを開発するのだから勝の執念と能力に驚く大和である。それこそ個人で特許を取って売り出したら、一生働かなくても生活できるのではないかと思う。尤も、能力があっても希に夢中な勝に、そこまでの思考は及んでいない。


 一方海の家に残った6人は早速遊ぶことにする。まずタローがこの海の家の端を示した。


「更衣室はあそこだから」

「私達もう下に着てるのですぐにでも行けます」

「いいねぇ」


 古都の返事にノリよく答えたのはツヨシだ。するとツヨシはレンタルショップを見て問い掛けた。


「何かここで借りてく?」

「私、浮き輪必須。泳げない」


 答えたのは希だ。この後一行は、浮き輪、ビーチボール、バナナボートを借りて海の家を出た。ツヨシとタローはこれから水着になる4人に対して既に鼻の下が伸びており、レンタルにかかる金は喜んで貢いだ。

 因みに、古都の言うとおりこの日宿泊した宿で着替えてから来たダイヤモンドハーレムのメンバーだが、さすがに全裸になって着替えるため大和はその時部屋を空けた。慣れただなんてどの口で言っていたのだか。


 メンバーはツヨシとタローの案内で、既に場所が確保されていた砂浜に降り立った。そこはシートが敷かれ、パラソルが2本立てられている。人数が多いのでそれなりの広さである。


『じゃんけんぽーん』


 まずは荷物番のじゃんけんである。この中で1人だけが荷物番だ。


「むむ」


 負けたのは希。彼女が荷物番ということになったのだが、女子1人ここに残すのも不安なため、大和が到着するまでは目と声が届く範囲で遊ぶつもりである。

 そして御開帳だ。荷物番の希を残して古都、美和、唯はTシャツを脱ぐ。より鼻の下が伸びるツヨシとタロー。


「おお!」


 加えて感動の声が上がる。引き締まったウエストを晒して、色とりどりのビキニのブラが露わになる。美和はスタイルのバランスが良く、唯の谷間は破壊力抜群だ。ツヨシとタローの視線は釘付けである。

 古都はと言うと、その貧相な胸がやはり寂しい。とは言え、この現代。水着のパットは進化していて、かろうじて谷間を作っているからこの国の技術は素晴らしい。そして何より、彼女は格別の美少女だ。


「背中塗って」

「うん」


 各々髪も結って、古都が美和に日焼け止めクリームを手渡す。やがてショートパンツも脱いだ3人はパラソルの日陰でうつ伏せになり、互いにクリームを塗り合う。それを羨ましそうに見るのはツヨシとタローだ。


「のんちゃん、どうする? 交代しようか?」


 クリームを塗ってもらった唯が希に問い掛けた意図は、まだ希がTシャツとショートパンツを脱いでいないことにある。荷物番があるから大和が合流してからにするつもりだろうかと気遣っている。


「ううん、まだいい。大和さんが来たら、大和さんにお願いする」


 ギロッ。


 古都、美和、唯の視線が鋭くなる。


 ――その手があったか。


 しかしそれを確定事項にした希が今更荷物番を代わってくれるはずもなく、3人は言葉を呑み込んだ。因みに、鋭い視線になったのはツヨシもタローも同じである。


 準備が整った5人はパラソルの下を出た。浅瀬の海でビーチボールを使って遊び始める。大変なことも多いツアーだが、こうして夏らしく遊べる時間が持てたことに皆心から楽しんだ。

 パラソルの下でその様子をぼうっと眺める希。今のところまだ輪には入っていないがつまらないわけではなく、それどころか楽しそうなメンバーを見ながら感慨深く思う。


「まさか私の人間嫌いがここまで和らぐとはね」


 札幌ではそのきっかけを作った実母との再会があった。再会と言っても、お互いに目が合った認識はないし、会話も交わしていない。それでも無口で人を寄せ付けない雰囲気のまま年を重ねるのだと思っていた。それを変えるきっかけを与えてくれた古都と、実際に変えてくれた音楽と、古都を含めたメンバーと大和。感謝が尽きない。


「ねぇ、ねぇ。1人?」


 すると希は声をかけられる。顔を上げるとそこには2人の男が立っていた。1人はなかなかの長髪で、もう1人はそこそこの長髪。どちらも肌が小麦色に焼けていて、希には双子かと思うほど区別がつかない。尤もこれは興味を示さない希の視点であって、この2人の男の顔はまったく違う。


「私みたいな幼子が1人なわけないじゃない」


 素っ気なく返す希。しかし声をかけた男2人はニヤニヤしていて意に介さない。


「俺らと遊ばね?」


 プイッ。


 希は視線を一行に向けた。しかし、一行は希がナンパをされていることに気付いていない。ナンパのボディーガードを仰せつかっておいて、ツヨシとタローときたら……。とは言え希が声を張って呼べばいいだけなので、希はそうしようとした。

 すると突然、2人の男は希の視線を塞ぐように立ち、希に近づいた。


「いいじゃん。行こうぜ?」


 そんなことをしても声は届くのにと希は内心嘆息する。そして今度こそ声を出そうとした、その時だった。

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