第三十楽曲 代役
代役のプロローグは古都が語る
北の大地を出た私たちは、再びフェリーで本州に入り、陸路を進んだ。そして折り返しの関東である。そこで千葉と東京のライブハウスを1か所ずつ回ったのだが、温かいファンに囲まれてとても熱いステージだった。感謝と感動が尽きない。
現在のところ、このツアーのすべてのステージでチケットノルマはクリアしている。地域や対バン相手や曜日によって来場者数は左右されるものの、それでもホールにはたくさんの人が集まってくれた。
そして私たちは関東最後の地、横浜に降り立った。この次は東海で、静岡と浜松のステージに1回ずつ立って盆入りだ。お盆はそのまま地元に帰って過ごす。これがツアー前半の、東日本巡業である。
横浜市内のライブハウスでリハーサルを終えた私たちダイヤモンドハーレムは、開場前のホールで屯していた。すると1人の男性が大和さんに声をかけてくる。
「大和。どこでこんな可愛い子らを捕まえたんだよ?」
「いやいや。高校時代の先生からの紹介がきっかけで、自分たちから来たんだよ」
照れ笑いを浮かべながら答える大和さん。その大和さんに声をかけたのは今日の対バン相手、スターベイツのツヨシさんだ。ツヨシさんはバンドのサイドギター兼ボーカルなので私と全く同じパート。そして大和さんとはクラウディソニックの対バンライブを通して旧知の仲らしい。大和さんとは同い年とのことだ。
杏里さんが手配したこの横浜のステージは、スターベイツの紹介でブッキングしてもらった。ツヨシさんは目が隠れそうな長めの髪から瞳を覗かせ、大和さんと話を続ける。
「へー。紹介とは言え、こんなに可愛い子たちが自分から大和に寄って来たんだ」
「恐れ多いよね。みんな本当に可愛いからどこに行っても言われちゃって」
大和さんって時々しれっと褒めてくれるんだよな。唯は照れて俯いているし、このツアーからどこかオープンな印象のある美和もさすがに顔を赤くしているし、のんは……。まぁ、なんと言うか、たぶんにやけているのだろう。とにかく変な顔をしている。
私たちはロックを演奏しに来ているのだから容姿よりもステージパフォーマンスを観てほしい。ダイヤモンドハーレムの音楽を聴いてほしい。しかしやはり容姿が優れていれば最初にお客さんの目を引けるから、それがきっかけになることは事実で、アドバンテージであることの否定はできない。
それに他の男性から女を見る目を向けられても興味は示さないが、大和さんから言ってもらえるのはやはり特別だ。凄く嬉しい。
「みんな彼氏いるの?」
「どうだろ? 聞いたことないや」
あ、そうか。言ったことないや。けど、これだけメンバー全員大和さんに夢中なんだから、いい加減気づいたらどうだろうか? 尤も同時に音楽にも夢中だから、大和さんはそれ故の付き合いだと思っているのだろう。
「どの子か紹介してよ?」
「すぐそこにいるんだから自分で声かければいいじゃん」
むむ。照れたりだらしのない顔をしていた私たちは一気に怒気を含んだ表情になった。なんでそんなことが平気で言えるかな? 悲しくなるぜ。一方、ツヨシさんは目を輝かせる。
「マジで! いいの!? 大和に遠慮してたよ」
「但し! 下心で近づくのは絶対許さん。相手の迷惑を顧みず一方的に猛アタックすることも許さん」
「なんだよ。結局大和1人で囲ってんのかよ」
「どう言われようと、僕にとって大事な子たちなのは間違いないから」
あぁ、なんなのだ、この殿方は。この私たちの大和さんは。この素敵な男性は。庇ってもらって思わずうっとりするよ。目がハートになっちゃうよ。て言うか、なってるよ。――4人とも。
「それならさ、大和も一緒にみんなで遊びに行くのは?」
「彼女たちがいいならそれは全然構わない」
「明日の予定は?」
「明日は移動日」
「どこまで?」
「静岡」
「ふーん」
途端に目を細めて不敵な笑みを浮かべるツヨシさん。何か良からぬことを考えているな。楽しいことなら大歓迎なのだが。
「明日、海に行かね?」
「海!」
思わず私が声を張った。楽しいことの方だ。私が反応したのに喜んで、ツヨシさんが「お!」と言って私に向く。
「古都ちゃん乗り気?」
「はい! せっかくの夏休みだから遊びたいです!」
そう、今は夏休みなのだ。好きでバンド活動をやっているとは言え、昨年は路上ライブをしていたし、この2年、年頃の女子高生らしいキャピキャピした過ごし方をしたのも数えるほどだ。すると大和さんが私に問う。
「海って……、水着持ってるのかよ?」
「持ってるよ」
「え……」
私が満面の笑みで答えるものだから唖然とする大和さん。へっへっへ。せっかく横浜静岡間のルートがあるのだ。しかも移動時間は短いのに移動日で1日空いている。こんなこともあろうかとしっかり水着は持って来ていた。更に言うと、明日のスタジオ練習は静岡に到着した後の夜だ。スケジュールも問題ない。
「本当に?」
「うん、うん」
私は勢いよく首を縦に振る。大和さんは困惑した表情で他の3人を見る。すると美和が答えた。
「私も海に行きたいです。水着も持ってます」
「そうなの!?」
「わ、私も、一応持ってきました」
「マジで!? 唯、怪我は?」
「もう瘡蓋になったから大丈夫です」
「私も水着持って来てる。去年のプールの時みたいに悩殺させてあげるから」
「……」
しっかり唯とのんも続いた。用意がいいことで感心だ。
「えっと……。そのつもりで示し合わせて持って来てたの?」
その質問に私たち4人は顔を見合わせて首をブンブンと横に振る。つまり誰も話を合わせていないにも関わらず、私たちはしっかり団結していた。それを見て大和さんは呆れ顔だ。
「大和、決まりでいいか?」
ツヨシさんのにやけ顔に大和さんは一度大きくため息を吐く。そしてツヨシさんに確認をした。
「面子は?」
「明日の俺たちはオフで、うちのバンドのタローが俺と用事もなく遊ぶ予定。だからここのメンバーにタローを加えて7人」
「絶対こっちのメンバーに手出すなよ?」
「もちろん」
ツヨシさんに真剣な目を向ける大和さんはマジだ。どうしよう。私たちを気にかけてくれる大和さんが凄く格好いい。体が火照っちゃうよ。一方、ツヨシさんは締まりのない表情で大和さんから出る承諾をまだかまだかと待っている。
「この子ら絶対ナンパされると思うから、そのボディーガードもこなせる?」
「任せろ」
「はぁ……、わかったよ。明日行こう」
『いえーい』
大和さんからの許可が下りた。私たちメンバーとツヨシさんはハイタッチを交わす。
この後開場して、やがて始まったライブ。私たちはトップバッターだった。終盤に進むにつれて徐々にお客さんが入ったので、私たちの出番の時はホールが埋まっていなかった。しかし入っていた多くの人がステージ前まで詰めてくれて、とても熱いライブだった。
そしてこの日も見事にチケットノルマをクリア。これで累計の売り上げバックが往復のフェリー分を取り返せたと、美和が喜んでいた。
私たちはもちろん最後までこの日のライブを見守ったのだが、そこで驚いたのはスターベイツのステージだ。パート構成は私たちと全く同じで4人組。そしてインディーズバンドである。
最後の彼らの演奏時間になるとホールは満員になっており、お客さんの盛り上がりは凄まじかった。地元では言わずもがな、全国的にも少しは名が知れているようだ。
そして圧巻はその演奏。ボーカルギターのツヨシさんもリードギターのメンバーも、明らかに美和よりも上手かった。私なんて到底足元にも及ばないほどだ。私は悔しい気持ちを押し殺して、彼らのステージを目に焼き付けた。
ベースのメンバーも腕は申し分なく、ドラマーのタローさんは技術がずば抜けており、全体の演奏をまとめている。曲もハードながら聞き取りやすく格好いい。メガパンクのメジャーデビューが決まった今、彼らは身近な目標となるバンドになった。ダイヤモンドハーレムの全員がそう同じ認識を持った。
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