第二十六楽曲 第七節

 優勝と準優勝は大和の見立てたメンズバンドだった。優勝を取れなかったダイヤモンドハーレムに残念な気持ちは残るものの、大和は納得のできる審査に胸を撫で下ろす。ホールを退場する門倉がぶ然とした表情だったのが大和の印象に残っている。

 しかし泉の自信はどこから来たのか。泉と門倉に何かやりとりがあったのか。ただ聞いたところで教えてはもらえない。大和は解せないままメンバーを引き連れてホールを出た。


「うぐっ、うぐっ……」

「もう1年だけあるから、次また頑張ろう?」


 すると聞こえてきたのは嗚咽と励ます声だ。ホールの入り口から少し離れた窓際で、ピンキーパークのメンバーが固まっている。ヒナは顔を俯けて手を当て、肩を震わせていた。嗚咽は彼女のようだ。そしてヒナを囲むように他のメンバーが寄り添って励ましている。

 15組の出演があって受賞は3バンド。3組は受賞できても残りの12組はそれが叶わない。当然のことながら結果を出したバンドがあれば出せなかったバンドもいるのだ。


 するとピンキーパークが大和とダイヤモンドハーレムに気づいた。ヒナも顔を上げたのだが、彼女は悔しさを隠さず睨むように見据える。古都の手には賞状と記念の盾と副賞が握られている。

 大和は悔しさに溺れるピンキーパークを見て胸を痛めた。クラウディソニック時代の自分たちは地区大会までだから、全国大会に出場した彼女たちも大したものだ。そう声を掛けようと思った。


「大和」


 大和が足を一歩踏み出したその時、背後から大和の肩を掴んで制したのは泉だ。大和が振り返ると泉は首を横に振った。


「結果を出した方がなんて声を掛けても、彼女たちは惨めな思いをするだけだよ」


 さすがは全バンドを事前にチェックしていただけあって、泉はピンキーパークが同地区の代表だとわかったようだ。それならば自ずと顔見知りであることは理解できる。大和はそんな泉に感心するとともに、泉の意見に納得した。

 それでも心配そうな大和の表情は晴れず、ピンキーパークに目を戻した。すると彼女たちは荷物を持って、建物の出口に歩いて行った。それを確認して気を取り直すように声を張ったのは泉だ。


「さ! ダイヤモンドハーレムの皆さん、奨励賞おめでとうございます!」

「うーん……、やっぱり優勝したかったです」


 満足をしていない様子は皆一緒で、美和が言った。しかし泉は笑顔を向けて言う。


「それでもスタジオの確保は約束通り生かしますから」

「それは本当にありがとうございます。とても助かります」


 古都が代表して謝意を述べるが、やはり笑顔はない。頂点に立てなかったことで妥協のない姿勢を見せる彼女たちに感心をするのは、泉のみならず大和も同じだ。


「じゃぁ、今から私の奢りで打ち上げしましょうか?」

「え!? この人数を?」


 驚いて声を出したのは大和だ。メンバーもキョトンとした表情になる。しかし泉はこともなげに言うのだ。


「はい。菱神さんは専務から懇意にされておりますので、菱神さんとの懇親会と言って領収書を切って、それを専務に回します」

「ぷっ! わかりました。それならぜひよろしくお願いします」


 吹くほど笑ってしまった大和だが、ありがたいお誘いなので甘えることにした。質素なツアーを始めたばかりのメンバーだから、彼女たちを思うと遠慮ができない。すると泉がメンバーに言った。


「焼き肉店に予約を入れておいたので早速行きましょう!」

「焼き肉!」


 古都が声を弾ませた。他のメンバーも目を輝かせる。大和はまさか焼肉ほど豪華だとは思っていなかったので恐縮である。


 しかしやがて到着した焼き肉店で大和の恐縮は増す。個室の6人掛けのテーブル席で、メンバーは高級感のある内装と円形の網を前に涎が垂れそうだ。気分が上がっていてはしゃいでもいる。既に着替えて私服姿だが、化粧といつもとは違う髪型は新鮮だ。


「泉……? ここって確か超有名な焼肉店だよね?」

「お? 大和、知ってるんだ?」


 既にプライベートモードの泉が朗らかに答えると、まずは注文したドリンクが来た。大和と泉は生中で、高校生はソフトドリンクである。すぐに乾杯をして大和がビールを喉に通すと、その炭酸の刺激が爽快だった。散々メンタルをいじくり回された一日で、更には暑かった。ドッと疲れたこの日の酒は美味かった。

 一気に半分ほどがなくなったジョッキをテーブルに置くと、大和は話の続きを始めた。


「この店、テレビや雑誌でも取り上げられるくらい有名だから」

「へぇ。私は地元にいた頃この店を知らなかったけど、地方にも名を馳せてるんだね」

「うん。だからよく予約取れたなと思って」

「あぁ。予約は確かに数日前に入れたけど、お得意様枠だから」

「数日前!?」


 大和はそんなに前から予約していたのかと驚いた。ジャパニカンミュージックは大手だから、今更「お得意様」には驚かない。ため息は出そうになるが。


「そうよ。今日は色々と皆からお話聞きたくて最初から接待するつもりだったし」

「いやいや。もし僕達が他に予定入れてたらどうするんだよ?」

「貧乏ツアーだからその可能性は低いって杏里から聞いた」

「う……」

「入れてたとしても高級焼肉に勝る予定ではないだろうって」

「せ、正解です」


 杏里とタッグを組む泉は最強である。すると2人の会話を聞いていた唯が遠慮がちに質問を向ける。


「あ、あのぉ。泉さんも私たちと地元が一緒なんですか?」

「そうだよ。って言っても私は都心だけど。だから過去の音楽活動でクラソニと知り合ったの」

「そ、そうなんですね。ところで……」

「ん?」


 聞きづらそうな様子の唯を察して、泉は笑顔を向けて先を促した。


「どうやって奥手の大和さんを落としたんですか?」

「ぷっ! あはは!」


 泉は噴出してしまった。大和は気恥ずかしくなって顔を隠すようにジョッキを口に運ぶ。しかし唯の質問がナイスとばかりに他のメンバーは真剣な表情に変わった。


「猛アタックだよ」

「そうなんですか?」

「うん。この鈍感男にはそれしかないもん。先に惚れたのも私の方だし」


 懐かしむように楽しんで話す泉。やっぱりそれしかないのかとメンバーは納得の表情だ。

 するとやがて、続々と料理が運ばれて来た。この場はワイワイと賑やかになった。音楽の話の時はともかく、プライベートの話題では大和が恥ずかしい思いをしたわけだが。


 時間は過ぎて、ジャパニカンミュージックから接待を受けた一行は店を出ると、揃って駅まで歩いた。泉は地下鉄、大和とダイヤモンドハーレムは私鉄だ。泉だけここでお別れである。すると。


「古都ちゃん、ちょっといい?」

「え? あ、はい」


 泉が古都を引き留めた。古都は何だろうと思い返事をする。


「大和、10分くらい古都ちゃん借りるからここで待ってて」

「ん? わかった」


 大和も泉の意図が解せないがとりあえず返事をする。

 泉が古都を引き連れてやって来た場所は駅のコインロッカーだ。その中で一番容量のある縦長の鍵を開けた。


「うお」


 中から出てきた物を見て古都が感嘆の声を上げる。それはギターのギグバッグだった。


「泉さん、ギターやるんですか?」

「私がやるのはアコースティックギター。けどこれはオプションを増やそうと思って持ってたの」


 にこやかな表情の泉はギグバッグのファスナーを下ろすと中からエレキギターを出した。それはメイプルカラーのボディーに白のピックアップのテレキャスターだ。フェンダー製のそのエレキギターは全体が真っ白にも見える。


「古都ちゃん、テレキャス好き?」

「はい! 好きです!」


 元気に答えた古都の目は輝いている。古都は語った。


「自前のギターはスクワイヤーのテレキャスなんですけど、ボディーは軽いし、シャキシャキ感のある音が堪らなくて」

「うふふ。良かった」


 そう言って笑う泉に首を傾げる古都。共感してもらったようにも感じるが、今一泉の意図が掴めない。すると。


「それならこれを古都ちゃんにあげよう」

「え? えー!」


 古都は驚いて声を張った。予想外の展開に古都のつぶらな瞳と口はまん丸だ。その表情がおかしくて泉はクスクスと笑う。しかし古都は言う。


「そもそもこれって高いんじゃないですか?」


 古都の言う通りである。泉が古都にあげると言ったテレキャスターは、現在市場に出ている同等のモデルを買おうとすると、店頭価格でも数十万円はする。高校生には手が出ない代物だ。


「やっぱり遠慮しちゃう?」

「しちゃいますよ!」

「よし、じゃぁ、こうしよう」

「ん?」

「これを古都ちゃんに預ける。念願叶ってメジャーデビューできた時、もしその契約先がうちのグループ会社ならこれはそのまま君にあげる。違う会社なら返してもらう」


 固まったまま古都は呆気にとられた。

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