第二十六楽曲 第六節
入れ替え込みの持ち時間15分でダイヤモンドハーレムが2曲の演奏を終えると、泉は「ふぅ」と肩の力を抜いた。見入っていた余り、この時まで力んでいたことにも気づいていなかった。
「やるじゃん」
「ありがとう」
心なしか大和も満足そうな表情だ。根拠のない自信をくれた泉と、納得の演奏を披露してくれたダイヤモンドハーレムのおかげで門倉のことも忘れていた。否、どうでも良くなっていた。
泉の言葉はあったものの、審査が公正に行われるかの疑問は完全には払しょくできていない。しかし、その実力と感性を遺憾なく発揮したダイヤモンドハーレム。このホールにいる誰かがそれを認めてくれるのならそれでいいと考えられるようになっていた。
やはりダイヤモンドハーレムの楽曲とステージは元気をくれる。気持ちを明るくして前向きにしてくれる。それは普段から彼女たちを見ている大和も例外ではなかった。自身がそう感じたことに大和は嬉しく思う。
片付けを終えてステージから捌けるメンバーを見ながら大和は泉に問い掛けた。
「業界のプロから見て今日のステージはどんな印象?」
「初めて生で観たんだけど、正直、驚いた」
「お! それはいい印象を残せたってこと」
「そうだね。大和が育成してるだけあってさすがだよ」
そう言われて大和は得意げな笑みを浮かべる。そして推そうとするのだ。
「それなら――」
「だーめ」
全てを言う前に泉から制されてしまった。まだなのかと、大和はがっくり肩を落とす。
「私だって我慢してんだよ」
「ん? どういうこと?」
「たぶん社内で上げればすぐに契約って言う社員はいると思う。今日のステージを観てそれは確信した。けどこの業界は甘くない。私はもっと文句を言わせないレベルまで到達してからスカウトしたい」
大和は泉の本気度を垣間見た。そして、泉が地元を離れて上京してから自分の知らないところで苦労をしたのだと改めて痛感した。泉と再会した晩にその話にも触れてはいたが、大和はその考えがより強くなった。だから泉の言葉には説得力があり、慎重なのだろうと悟ったのだ。
「だから頼むよ、大和」
「何を?」
泉を向いて首を傾げる大和。ステージ上では次のバンドがセッティングをしているが、その様子を視界に捉えてはいない。
「他の会社に取られたくないから、他社は排除してほしいことと、更なる育成」
「尽力します」
泉の求める育成がどこまでのことを言っているのか大和にはわからないが、それでもここまで評価をしてくれたのならできるだけ協力はするつもりだ。すると泉が続ける。
「社内でダイヤモンドハーレムを上げるのはやっぱ止めるわ」
「は!? なんで!?」
驚いて目を見開く大和だが、泉は薄っすらと笑みを浮かべていた。その表情を見て大和の期待を裏切る意図がないこと察した大和は表情を整える。
「だって、今社内で上げたら契約しろって上司から言われそうだもん。けどそれはある程度の演奏力とある程度の感性と、優れた容姿と飛び抜けた歌唱力が欲しくてだよ?」
「でもそれだと泉が彼女たちを追いかけることの情報共有はどうするの? 他の社員が目を付けたりもするんじゃない?」
「うん。だから専務にだけこっそり報告をしておく。それで彼女たちのお世話をすることは専務に認識してもらうし、まだ成長を温めたい意見も専務には伝えておく」
「そっか」
大和も世話になっているジャパニカンミュージックの専務、吉成省吾。彼の耳に入れておいてもらえるなら心強いと大和は納得を示した。
「さ、あの子ら戻って来るから私は後ろに移動しようっと」
そう言って泉は元の席に移動した。するとちょうどいいタイミングでダイヤモンドハーレムのメンバーが戻ってくるのだ。
「おっ待たせー」
軽やかに大和の隣に腰を下ろすのは衣装姿の古都だ。同時にドンと足元にギターのギグバッグを置いた。それによって美和と希が窮屈そうに大和と古都の前を通るのだから、予め古都が後に座る気遣いを見せていればいいものを。
「大和さん、どうだった?」
お褒めの言葉を期待する古都の目はキラッキラに輝いている。チラッと彼女を見ると、普段はなかなか見ないツインテールと薄く施した化粧が絶妙で大和は直視できず、すぐにステージへ目を向けた。
「クリーントーンとドライブのエフェクターの切り替えはもっとスムーズにな」
「ぶー」
唇を突き出して不満を表現する古都だが、彼女に視線を向けていない大和からは声色だけしか伺えない。この表情もまた麗しいから、もし大和が視線を向けたら眩しいことだろう。
「それでもミストーンもなかったし、歌いながらリズムも崩れなくなったから良かったと思うよ」
「えへへ。やった」
調子に乗るかと思っていた古都が控えめな声量で噛み締めるように言うものだから、大和の方こそ調子が狂う。チラッと古都に視線を向けると少し俯いて嬉しそうな笑顔を浮かべていた。ただその表情は破壊力が高いので、大和は視線をすぐに戻した。
この後大和は他のメンバーにも所見を述べて、次のバンドのステージを一緒に見た。
そしてプログラムは進み、同地区のピンキーパークの演奏が始まった。地区大会同様アイドルのカバー曲で、終始笑顔を崩さず楽しそうに演奏をするピンキーパーク。まとまった演奏は健在で大和は感心する。
しかし少し驚いたのが、ダイヤモンドハーレムもそのまとまった演奏がピンキーパークの引けを取っていない。地区大会から2カ月弱。全体練習では常に寄り添ってきた大和だが、確かにその成長は感じていた。
ただ、その実感とは裏腹に今まで比較対象がいなかったことは事実だ。メンバーが2年生になってライブの場数が増え、こうして比べる相手がいる。ピンキーパークが劣っているわけではなくて、ダイヤモンドハーレムの成長が早いのだと大和はしみじみ感じた。
やがて全ての出演バンドがその演奏を終えて、休憩時間となった。審査員は別室で審査会議である。
更に時間は過ぎ、結果発表と閉会式である。大和の総括としては、皆10代とは言え、さすがに全国大会だ。思っていたよりもレベルは高かった。コピー曲のバンドはいなかったが、カバー曲はピンキーパークを含め数組いた。しかしこのレベルの中、カバー曲ではアピールポイントが少なく、受賞は難しいだろうと思った。
そんな中で飛び抜けたメンズバンドが2組いた。演奏力と歌唱力のどちらも高いレベルにあり、更にはオリジナル曲を引っ提げての出場で創作面も文句なしである。
しかし大和は思う。ダイヤモンドハーレムも全く引けを取っていない。高いレベルで疾走感のあるロックを演奏していた。唯一懸念を上げるとすれば、やはりメンズバンドに比べて力強さが足りないことだが、それは女子ならではのステージパフォーマンスと女声でカバーできていると思った。
尤も懸念と言えば実はもう1つあって、もちろん門倉のことだ。しかし考えても仕方がないので、大和は結果発表を見守った。
まずはその審査委員長の門倉がステージ上で総評を述べたのだが、言葉は選びながらも、そして具体的なバンド名は伏せながらも、大和と似たような所見だった。そしていよいよ女の司会のDJが審査発表を始めた。
『それではまず奨励賞の発表です!』
受賞バンドは3バンド。その3位に相当する賞だ。固唾を飲んで大和はステージを見据える。スピーカーからドラムロールが鳴り響き、それが止むと女のDJからバンド名が発表された。
『ダイヤモンドハーレムです!』
「ほえ?」
大和の隣で古都が呆気に取られている。手を組んでギュッと目を瞑っていた美和と唯も唖然と顔を上げた。希は無表情で前を見ている。
『それではダイヤモンドハーレムの皆さんは壇上へ来てください!』
女のDJの言葉は続く。状況を理解して大和の両脇の女子たちはおずおずと腰を上げた。メンバー誰にも笑顔はなく、古都は一度「はぁ……」とため息を吐くとメンバーを引き連れてステージまで通路を進んだ。それを見て大和は微笑んだ。
目標は受賞だったのだからそれを達成したのに、本当は優勝が欲しくて悔しいのだろう。頂点に立てなかったことで見せるその上昇志向が頼もしい。
しかし何より泉が言ったとおり、審査は公正に行われたように感じて安堵する。するとその泉が後ろから大和の肩をポンと叩いた。大和が振り返ると泉は笑顔を浮かべていた。
「ね?」
それに対して大和は笑顔で応えた。
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