第二十六楽曲 第一節

 電車を乗り継いで到着したのはU-19ロックフェスの全国大会会場。公共施設の中ホールでの開催である。大和のハイエースは宿でお留守番だ。


「迫力あるぅ!」


 施設の敷地に足を踏み入れて建物の外観を見るなり感嘆の声を上げるのは古都だ。やや奇抜にも見えるその建物はコンクリート打ちっ放しの外観で、夏の昼下がりの暑さを和らげるかのような冷たい印象ながら、存在感がある。

 古都は背中に背負ったギグバッグの肩ひもを両手で掴みながら目を輝かせている。瞳の輝きはギグバッグを背負った美和と唯も同様であった。希はスネアとツインペダルのバッグを載せたキャリーカートを握り、無表情で他のメンバーの視線に倣う。


「それじゃ、受付に行こうか」


 弦楽器のメンバー分のエフェクターラックと、全員の衣装が入ったバッグをキャリーカートに載せて運ぶ大和が、一度足を止めたメンバーに言う。促されたメンバーは笑顔を見せて頷くので、大和はそれが日光よりも眩くて直視できない。寝不足の瞼の裏を焼くようだ。

 これからの4週間、果たして理性は保たれるのだろうか? そんな不安も過る大和だが意識を場に集中し、メンバーを引き連れて会場となる中ホールの受付まで進んだ。自身はエントリーシートに書かれていない引率のため、受付は古都に任せて離れた場所で待つ。


「あ、店長さん、こんにちは」


 すると隣にいたグループから声を掛けられる。古都以外のメンバーと一緒にいる大和だから、店長と言われると自分以外に心当たりはない。それで声の方向を見るとそこにはピンキーパークのメンバーが3人立っていた。


「あ、こんにちは」


 一瞬気まずさからドキッとした大和だが、なんとか挨拶を返す。気まずさを感じたのは唯も美和も同じであったが、2人も挨拶はした。しかしその気まずさの元凶であるヒナがいない。すると……。


「ちょっと! 割り込まないでください!」

「割り込んでないよ。お互い同じタイミングで列に入っただけじゃない」

「こっちは列に対して縦に進んだんです。そっちは横からだから割り込みです!」


 聞こえてきた喧騒。それはホールの出入り口脇の受付からだ。大和もメンバーもその声にヒヤッとしたと言うか、苦笑したと言うか、とにかく複雑な気持ちで視線を向けた。

 割り込まれたと言って突っかかっているのは古都で、それをのらりくらりと躱すのはヒナである。ここにいないと思っていたピンキーパークのヒナは受付のためメンバーの輪を離れていたようだ。と言うか、古都が小さなことで文句を言っているのが大和とメンバーは恥ずかしい。


「なんかすいません。うちのヒナが……」


 大和にそう言うのはピンキーパークの1人のメンバーで、苦笑いを浮かべている。どうやら複雑な感情を抱いたのはピンキーパークのメンバーも同様のようで、それを理解して大和も愛想良く答えた。


「いえいえ。気にしないで」

「本当、お恥ずかしい。聞いたところによると、店長さんにもかなり迷惑かけたって」

「あぁ、いえいえ」


 心当たりがあり過ぎて返答に窮する大和は、なんとかそれだけ絞り出した。その様子を見て美和も唯も今まではヒナの印象があまりにも強かったが、バンドへの印象は少しだけ改めた。ただ、希だけは鋭い視線を送っている。


「あー! 店長さん。こんにちは」


 やがて駆け寄って来たのは先に受付を終えたヒナだ。満面の笑みを浮かべている。大和に振られたことへの気まずさはないのか、大和はそんなことを思いながらも「こんにちは」と挨拶を返した。


「今日は店長さんのために頑張りますね」

「あはは。自分たちのために頑張りな」

「ぶー。店長さんのためです」


 よくもまぁ、メンバーの前で堂々と個人的な思惑を口にするものだと呆れる大和。ピンキーパークはこのヒナのワンマンバンドかなと思った。因みにそれは正解だ。それでも演奏の一体感は目を見張るものがあるので評価をしている。


「ちょっと、近い。離れなさいよ」


 するとこの場で突っかかったのは唯一ヒナとのタイマンを経験していない希だ。すかさずヒナと大和の間に割って入る。

 ピンキーパークがゴッドロックカフェで貸し切りライブをした日は音響と照明のアルバイトに出ていた希だが、その時はこれほど排除優先度の高い女だとは思っていなかった。それが今では、メンバーのエピソードを聞いて敵意剥き出しである。


「なによ? なかなか会えないんだから邪魔しないで」


 もちろんヒナは応戦する。ピンキーパークの他のメンバーは申し訳なさそうに眉尻を下げた。ただ、口を挟まない様子から何を言っても無駄だと思っているのだろう。


 一方、ヒナに対して泣かされたトラウマを抱える唯は美和の後ろに隠れていた。美和はと言うと希が過剰な行動に出ないように見張っているのだが、それでもヒナに敵意ある視線も向けている。

 ヒナは膨れた表情を作ると、希を避けて大和の反対側に位置を変えた。そして小悪魔的な笑みを浮かべて大和に密着しようとする。しかし……。


「おっまたせー!」


 そう言って大和とヒナの間に勢いよく割り込んで来たのは古都だ。すかさず大和の腕を取る。それを見て希が反対側の大和の腕を取る。


「もうっ!」


 不満を呈するのはヒナだが、内心実は大和も離れてほしいと願った。美少女二人に腕を組まれて、かなり目立っている。周囲に観客だと思わせる人はまだ少ないが、楽器を抱えた出演者と思われる若者は既に何人もいる。しかもその全員が男子で、出演が2組しか予定されていないガールズバンドが固まったこの場はさぞ目立っていた。

 大和の両腕を取られて不満顔を一切隠さないヒナは、腕組をして古都を見据えた。


「古都ちゃん。勝負しましょう!」

「ん? 勝負?」


 大和の右腕を離さず首を傾げる古都。控えめながらその胸の柔らかさが大和に伝わる。尤も左腕はその感触が段違いだが。こんな公の場所でなければ鼻の下を伸ばしていたことだろう。


 ――いや、鼻の下を伸ばすなんて、最近おかしい。今まではなかったのに。


 大和は心の中でかぶりを振った。一方、明後日の方向に意識が向いている大和とは裏腹に女子たちの睨み合いは続く。


「そうよ、勝負。どっちがよりいい賞を受賞できるか」

「ふふ! 面白そうですね!」


 不敵に目を細める古都。2人とも自信はあるようだが、大和は内心でカバー曲のピンキーパークよりもオリジナル曲のダイヤモンドハーレムの方が有利なのでは? と思った。すると上手く話が進んでいることで満足そうな表情に変わったヒナが続ける。


「賭けましょう?」

「ん? 何をですか?」


 その言葉に焦りを感じたのは唯だ。目の前で色仕掛けをしたことがあるほどの女なので、過剰なものを要求されなければいいのだがと心配する。しかし唯の願いは無残にも散った。


「店長さんから今後プロデュースをしてもらえる権利」

「は!?」

「なっ! 大和さんはそのことはしっかり断ったじゃないですか!」


 思いもよらぬ提案に声を張ったのは大和だが、更に声を張った古都の言葉でかき消された。これに対して噛み付きそうなほど憤怒の感情を瞳に宿すのは希で、それを察した美和が希に密着する。それまで怯えていた唯も古都が暴走しないように古都に密着した。

 美和も唯も思うところは同じだ。古都が挑発に乗りかねないことと、過激な行動に出かねない希。不安は尽きない。


「はぁ……」


 この状況にため息が漏れるのは大和で、ヒナを前にしてとうとうダイヤモンドハーレムの全員が直接的と間接的に大和に密着した。どんどん周囲の注目は増す。と言うか、今は自分への視線の心配よりも、自分が賭けの対象になっていることこそ心配をしたらどうだろうか? すると……。


「お断りします」

『え?』


 この場の全員が古都のその声に虚を突かれた。誰もが古都は挑発に乗ると思っていたので、古都のその返事が意外だったのだ。古都は真っ直ぐにヒナを見据えていた。

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