第二十六楽曲 頂点

頂点のプロローグは大和が語る

 目が覚めると見慣れない天井だった。タイマーセットしたエアコンはとっくに切れていて蒸し暑い。仰向けで床に就く僕の隣と頭上には、僕がプロデュースする4人の軽音女子の気配がする。


「あぁ、そうか。またも寝床を共にしたのか」


 どこかばつが悪く、寝起きの掠れた声にならない声で呟いてみた。どうにも寝不足は感じていて、頭は重いようだ。枕が変わると眠れない、なんてことはないのだが、さすがにこの状況で寝付きは悪かった。


「はぁ……」


 深く息を吐いて僕は上体を起こした。眠い自覚はあるのに、それとは裏腹に目が冴えてしまってもうこれ以上眠れそうにない。僕は布団に腰を下ろしたまま体を部屋の中央に向けた。


「う……」


 そこには天使のような寝顔が4つあった。昨晩寝付けなくて、背徳感を抱きながらも拝ませてもらったその寝顔だが、日が昇ったこの時間、その天使たちの表情がよりはっきりと見える。北面にしか窓がない客室なのに、拡散日光はしっかり部屋を照らすのだから、嬉しいやら、苦しいやら。


 僕は布団の外に置いてあったスマートフォンを手繰り寄せた。コンセントから充電器のコードが伸びる。画面を点灯させると時刻が表示された。


「まだ7時前……」


 アラームは8時に鳴るのだが、どうせもう起きてしまうつもりなので解除した。普段は夜型生活の僕がこんなに早い時間に目を覚ますこと自体珍しい。


 もう認めよう。ステージ衣装や無防備な部屋着を披露してくれた彼女達が眩しくて、かなり意識してしまった。プロデュースを始めた頃から可愛いとは思っていたものの、これほど彼女たちを1人の女性として意識することは今までなかったのに。

 ただ昨日、泉に答えたように恋愛感情となるとやはり疑問が残る。心を鷲掴みにするから彼女たちを意識するのに、その内の誰かと恋愛関係を築きたいわけではない。それならばこのどうにも矛盾した気持ちは、つまり性の対象なのだろうか? いや、そんなことは思いたくない。僕にとっては今や大事な彼女たちだ。汚したくないのだ。


 昨晩を思い返して、そんな自己嫌悪に陥りながら僕は悩んだ。けど、よくわからないし、考えると苦しいので考えることを止めた。まだ16歳と17歳の高校2年生の彼女達だ。ご家族を裏切るわけにもいかないので、今までどおり接していく。

 しかしそう思ったのに、彼女達は僕の予想の遥か斜め上の行動に出るのだ。本当にいつも振り回される。尤も、彼女たちに振り回している自覚はないのだろうし、僕が勝手にそう感じているだけなのかもしれないが。


「大和さん、おはよう」

「お、おはよう」


 最初に起きたのは古都だ。僕が起きてから1時間もかからず、アラームより前であった。僕がアラームを解除したとは言え、メンバーも各々のスマートフォンでアラームをセットしている。古都は寝起きがいいなと、今までの付き合いを通して感心する。


「えへへ。まだみんな寝てるね」

「そ、そうだね」


 寝起きなのにこの御転婆娘はその容姿が眩しいからなかなか直視できない。まぁ、すぐに慣れてしっかり見られるのがいつもだが。しかしそう思っていると古都は、僕がアタフタするような行動に出るのだ。

 僕は古都が起きた時、壁に背を預けて足を伸ばしていた。特に何をするでもなく、スマートフォンを手にSNSを確認したり、ニュースサイトを見たりしていたのだ。すると古都は四つん這いになって僕に寄って来た。だから、その体勢は丸見えだから止めてほしい。目のやり場に困る。


「大和さんの隣とっぴぃ」


 メンバーを起こさないように小声でそんなことを言って、古都は僕の肩に摺り寄って来た。そして僕と並んで足を伸ばす。すらっと細いその生足が艶やかで、僕は肩に力が入るのだがそれを悟られないように平静を装って言う。


「暑くない?」

「全然」


 事もなげに答えて古都は僕の肩に頭を預けた。内心深くため息が出る。古都の髪の感触が頬から顎を擽る。美少女がくっついて来て嫌なわけはないのだが、色々と葛藤する気持ちは拭えない。


「いよいよ今日からステージだ。楽しみ」


 その声色だけで古都が目を細めていることがわかる。そんな風にされたら無理やり引き剥がすのも気が引ける。――という言い訳をしてみる。


「ステージは頑張らなくてもいいから、とにかく楽しんで」

「もちろん」


 古都を相手に野暮なアドバイスだったなと思い知る。頭を預けて肩が密着状態のこの時がなんだか心地よく思えてきた。それが自己嫌悪を増大させるのだが、拒否する術を僕は知らない。


「んん……。あれ? おはようございます」


 次に起きたのは美和だ。彼女もまたアラームの時間より前だった。本来ならそのまま二度寝をするところであろうが、僕と古都が起きていることに気付いて上体を起こした。僕と古都が挨拶を返すと美和はじっと僕達を見るのだ。そうだよね、こんなに密着していたら気になるよね。すると古都が言う。


「美和もこっちに来てくっつく?」

「なんでそういう話になるんだよ!」


 なんてことは言えず、これは僕の心の中でのツッコミだ。実際は言葉を失っている。すると美和が遠慮がちに言った。


「いいですか? 大和さん」


 まさか美和からそんなお伺いが来るとは思ってもいなかった。しかし古都に対してこんな状態で拒否するなんてこともできず……。


「美和が嫌じゃなければ……」


 僕は戸惑いながらも答えたのだ。

 すると美和も古都がしたように四つん這いになって寄って来た。彼女は襟元が狭いTシャツを着ているので中が見えることはないが、それでも胸の膨らみの先端は尖っている。だから目のやり場にはやはり困る。


「失礼します」


 そう言って美和も僕に肩を寄せて、足を伸ばした。古都みたいに僕の肩に頭を預けることまではしないが、両側からの感触にクラクラする。しかし思い返してみれば、昨年の初ライブの後の雑魚寝も今と然程変わらない状態だ。


 そんな体勢でしばらく過ごしているとアラームが鳴った。そこで起きたのは唯だ。みんなで挨拶を交わすとすかさず古都が唯に言う。


「もう唯の場所はないよぉっだ」

「うぅ……」


 なんでそんなに悲しそうな顔をするのだろう。別に古都か美和にくっつけばいいのに。そういう女子のスキンシップは高校時代も大学時代も散々見てきたのだが。

 しかし希が起きない。彼女のスマートフォンはアラーム音が鳴りっぱなしなのだが、それを止めようにも勝手に人のスマートフォンを触るのにも気が引ける。とりあえず僕達は布団を畳んで押し入れに片付けた。


 しかし希が起きない。彼女だけが敷かれたままの布団で天使のような寝顔を浮かべている。僕の記憶によると、確か元旦は明け方から起きて僕のベッドに潜り込んでいたのだが。あの時は特別なやり方でも使って起きたのだろうか。

 とりあえず僕達は希を畳の上に転がして布団を畳んだ。ただ、希のキャミソールが肌蹴て先端が見えそうだから勘弁してほしい。この子達は毎度毎度僕の理性を崩壊させたいのだろうか? 頼むからもっとガードを固くしてほしい。


 布団を片付けてからも希は古都に転がされ、遊ばれた。そしてやがてやっと起きたのだ。


「おはよう……」


 眠そうに目を擦りながら小さく挨拶をくれる希。とりあえずずり下がったキャミソールの肩ひもを整えてほしい。本当に今にも見えそうだ。


「んん……」


 腕を上げて一度伸びをしたことで、希のキャミソールの肩紐は肩を滑って本来の位置に収まった。しかしほっとしたのも束の間。希は僕に背を向けてバッグを漁ったかと思うと服を取り出した。そしてなんと、キャミソールを脱いだのだ。


「ちょ! 着替えるなら言ってよ! 僕外に出てるから」


 慌ててそう言うと僕は立ち上がった。しかし希は晒した背中越しに事もなげに言うのだ。


「別に気にしてない。モデルなんかは男性スタッフがいてもステージ裏でTバック1枚になるって言うし」


 いや、それとこれとは話が違うと思うのだが。美和と唯は唖然とした様子だが、希は背中越しのまま続けた。


「みんなは着替えないの? 気にしてたら大和さんも含めて4週間もたないよ?」


 いやいや、なんでそういう話になるんだよ? すると古都が希の隣に移動してバッグを漁った。まさか……。


「そうだよね。どうせ私はもう見られてるし。それに女子スポーツでも男のコーチや監督の前だと平気だって言うし」


 いやいや、そういうのがきっかけでセクハラの対立論調が起こるんだよ。と言うか、そんなことを考えている場合ではない。さすがに美和と唯は恥じらいがあるだろうから、僕が早くここを出なくては。しかし……。


「そ、そうだよね。私も大和さんだけなら慣れようかな」


 同じく背中を向けてバッグを漁ったのは美和だ。嘘だろ……? 古都と希は「でしょ? 大和さんだけならいいよね」なんて言っているがまったく意味が分からん。すると唯まで動いた。


「うん! わ、わ、私も大和さんだけなら頑張る」


 それは頑張るところなのか!?


 この後我に返るまで少し時間が掛かったが、やはり着替え中の女子の部屋にいるわけにもいかず、僕は部屋を出た。しかしメンバーの晒した背中はとても綺麗だった。

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