第二十五楽曲 第五節

 美和と希も風呂を出て、一行は部屋に戻った。大和は引き続き美和と希のドライヤー担当である。そう、2人からもせがまれた。とは言え、大義名分を持って美少女たちの綺麗な髪に触れられるのだから大和も満更ではない。しかし懸念もある。


「今頃地元では花火大会だね」


 髪を乾かすのに一番時間がかからなかったショートカットの美和が遠い目をして言う。和室の畳の上に腰を下ろして円陣を組む4人の軽音女子。大和は今、希の背後から彼女の髪にドライヤーの風を当てているのだが、目のやり場に困る。

 美和は寝間着用の薄手のショートパンツに体のラインがわかるTシャツ姿だ。ショートパンツから伸びる生足が艶やかで、そしてTシャツの2つのお山の先端は尖がっている。


「そうだね。去年はみんなで見たね」


 そう言うのは唯で、やはりワンピースの寝間着の胸元から覗く谷間は破壊力が抜群だ。先ほどまでは廊下で唯の背後にいたから視線を悟られることはなかったが、今は状況が違う。スカートから見える絶対領域にも意識が向く。


「大和さんと手つなぎデートしたね」


 昨年を思い返して楽しそうに話すのは古都だ。このじゃじゃ馬姫が大和にとってはなかなか厄介である。

 古都が大きめのサイズのTシャツを着ていることから警戒していなかった大和だが、なんと彼女の下はパンツだけである。しかも平気で膝を立てるし、股は開くのでボーダー柄が丸見えだ。これこそ大和が視線を泳がせる最大の理由である。


「去年の花火大会デートは凄く楽しかった」


 大和に背を向けてドライヤーの風を心地よさそうに受けているのは希だ。尤も大和に希の表情は見えないのだが。ただ、彼女もまた曲者である。

 下は際どいホットパンツで、上半身はキャミソールのみである。もちろんノーブラで大和もそれは理解していて、今にも見えそうなトップが大和の血圧を上げる。廊下では唯も古都も揃って背を向けていたため、遠慮なく視線を向けたむっつり大和だが、この小柄な少女の背を目の前にして、今は他のメンバーの目がある。


 昨年の初ライブ後の雑魚寝は酒で自身がダウンしていた。大晦日のお泊り会は厚着だった。しかしこの季節は薄着だ。大雨で古都1人が泊まった晩はよくもったなと思うほど、今の大和の好奇心は収まらない。


「せっかく東京に来たんだから渋谷とか原宿に行って買い物したかったなぁ」


 こう言うのは古都である。綺麗なミディアムヘアーはすっかり乾き、控えめな胸元に下りている。


「そうだよね。美味しいものも食べに行きたかったね」


 答えたのは唯である。唯の長い黒髪もすっかり乾いていて、楽しそうに話しながらも古都に追随して残念そうな意思を示す。


「私は楽器店やライブハウスにも行ってみたかった」


 これは美和の言葉で、演奏歴の長い彼女は頭の中が常に軽音楽のようだ。ある意味感心する大和である。


「私はアキバに行きたかった」


 大和に背を向けている希はこんなことを言う。まだ乾いていないセミロングの髪は大和の手にある。オタク女子の彼女は漫画やゲームやアニメなど、色々と見て回りたかった思いが垣間見える。


「時間はあるけど、貧乏ツアーだからね……」

「「「はぁ……」」」


 会計役の美和の言葉に深いため息を漏らす他のメンバー3人。そう、誰の希望も金がかかる。これからの4週間、ガソリン代や高速代、そして食費などまだ全容が見えていない経費もあるため、無駄遣いはできない。


「そうだ! トランプでもしようか!」

「うん。しよう、しよう」


 古都の提案に乗ったのは美和だ。唯も希も問題がないようで、早速古都はバッグを漁り持って来たトランプを出した。本音では楽器の練習をしたいところだが、夜の民宿でそれは叶わない。それでもこの日は朝早くゴッドロックカフェに集合して、出発前に少しだけ全体練習をしたのだから真面目である。ただ、朝なので歌はなしで演奏のみだった。

 そんな彼女たちだからまだ早い時間とは言え、眠くないのだろうかと思う大和。それにこういう状況は女子なら恋話こいばなでもしないのだろうかとも思う。彼女たちが自分に向ける想いを理解していない彼だからこその疑問である。


 そして始まったトランプ大会。大和は希の髪が乾くまで不参加である。引率どころか完全に召使だ。それでも髪に触れたり、鼻の下を伸ばして視界に色々捉えている大和に不満はない。しかし彼女たちの家族のことを思うと気をしっかりと保たなければならないので、これがまたしんどい。


「じゃぁ、まずはババ抜きね」


 そう言って古都がシャッフルしたトランプを1枚ずつメンバーの前の床に置いていく。


「ぶー!」


 途端に噴き出した大和。と言ってもこの時何も口にはしていなかったし、唾も飛ばしてはいない。希以外のメンバーは怪訝な表情を見せる。


「どうしたの? 大和さん」

「いや、何も」


 一度上体を起こして古都が問うので、大和は慌てて誤魔化した。するとドライヤー真っ最中の希が体を捻って大和を向く。更に不敵な笑みを浮かべて大和の耳に密着するほど顔を寄せるのだ。大和はゾクゾクしたが、身長の低い希を前にしっかり腰を下ろしているので逃げ場もない。そして希が耳元で核心を囁く。


「古都の見えたね」

「……」


 顔を真っ赤にして何も言えなくなる大和。そう、古都がトランプを配るために床に屈んだことで、Tシャツの襟から山の先端を経てボーダー柄まで丸見えであった。それを希もしっかり見ていた。その時美和と唯は古都に視線を向けていなかったので、気づいていないのだ。しかし……。

 古都が気を取り直してトランプの配布を再開した。すると……。


「こ、古都……?」

「ん?」


 困惑した様子の美和の呼びかけに古都が顔を上げる。どうやら美和も気づいたようだ。それは唯も同じであった。


「えっと……、乳首まで丸見えだよ?」

「え!? うそ!?」


 慌てて襟元を押さえる古都。すかさず睨むように大和を見据えるものだから、大和は反射的に視線を逸らした。しかし古都はすぐに不敵な笑みを浮かべて気を取り直すのだ。


「ま、いっか。見られて困る人は誰もいないし」


 そんなことを言って古都は三度トランプを配り始めた。大和はもちろん困惑である。なぜ困る人に自分が入っていないのかさっぱり見当がつかない。

 古都からすれば反射的な行動ではあったのだが、そもそも恥じらいがない女である。だから男でも意中の大和に対しては平気だ。それにコンプレックスの貧乳も昨年のプールの更衣室でメンバーにはしっかり見られているし、この日は風呂も唯と一緒に入った。気にする理由がない。


 そんな大和にとって刺激的な初日の夜は更け、翌日の全国大会に向けて就寝となった。布団は入り口のある踏み込み側に3列と、押入れ側に2列が頭向きである。押入れから離れた窓寄りの1列分には一行の荷物がまとめられた。


「大和さんは真ん中ね」

「は!?」


 布団を敷き終わって古都が大和の腕を取るなり肩に頬を寄せて言うものだから、大和は狼狽えた。そもそも10畳とは言え、荷物を避けて5人分の布団を敷けば距離を離すことも叶わない。これにも大和は困惑していたというのに。


「当たり前でしょ」


 こんなことを言うのは有無を言わせない鋭い視線の希だ。いや、ここで流されては自分の理性がもつか不安だ。そう考えて大和は言った。


「ダメ! 僕は番犬代わりだろ?」

「だから何よ?」


 相変わらずの希の反応。文句は受け付けない姿勢である。しかし大和もこれ以上は自分の理性が不安なので譲れない。


「番犬は入り口に一番近い端っこ」

「むむー」


 思わぬ正論に唸る希。確かに彼女が侵入者の警戒を口実に大和をここに引き留めたのだから返す言葉もない。結局こればかりは希が折れた。そして他のメンバーも納得した。ただそうは言っても……。


『じゃんけんぽん!』


 始まったのは大和の隣を取り合うじゃんけんだ。大和は何が嬉しくて男の自分の隣を確保したいのか理解に苦しむ。

 結果、この晩の大和の隣は唯となり、頭向かいは希になった。当然のことながら落ち着かなくて全く眠れなかった大和は夜中、一度起き上がると暗い室内でメンバー全員の寝顔を拝んだ。それは天使のような寝顔であった。

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