第二十五楽曲 第四節

 大和がスーパーで弁当を買って宿に戻ると、腹を空かせたメンバーは食堂に集まっていた。この季節の都会の夕暮れはまだ黄金色で、中層の建物の隙間から光柱を形成する。それは西面にも窓があるこの食堂に容赦なく差し込んでいるが、エアコンは効いていて暑さは問題ない。


「風呂は何時から?」

「16時から17時と19時から21時だって」


 古都が袋を開けて弁当を取り出しながら答えた。ワンコインでお釣りが出るそのスーパーの弁当に目を輝かせている。貧乏ツアーなので食も質素なものだが、それでもこういう時間を楽しみにしている。


「もう過ぎてんじゃん」


 食堂の壁に据え付けられた大きな振り子時計を見て大和が言う。古い建物に見合ったレトロなその時計は、この場がどこか昭和の面影を感じさせる。振り子の手前のガラス面に何やら社名のようなものが書かれているので、贈呈品だろうと大和は思った。


「大和さんが遅いから。それでも19時からの時間に4人とも入っちゃうからよろしくね」

「わかったよ」


 そう答えた時、既に古都は弁当の蓋を開けて割り箸を割っていた。他のメンバーも古都に追随するように弁当を突き始める。大和も食堂の席に腰を下ろして食事を始めた。

 弁当を食べながらこうして貧乏ツアーを決行することを懐かしむ大和。彼もまた大学生時代に少ない予算で全国を回ったことがある。尤もその時は、運転手の交代要員は十分すぎるほどいたし、大学生のアルバイト代で行ったツアーなので予算も今回よりは余裕があった。それでもやはり自身が現役だった頃のやる気に満ちた気持ちが蘇る。


 食事を終えると次はメンバーの風呂である。大和は脱衣所の外の廊下で見張りだ。大和はメンバーが着替えを持って下りて来るまでの間、まだ数分だけ男性入浴時間だったので風呂を覗いてみた。

 その広めの風呂は2人ほどが同時に入れそうな広さだ。湯船も洗い場も広めで2人分のスペースはあるように思う。既に湯は張ってあるが、桶などが裏向きで綺麗に整えられているので、この日はまだ誰も入っていないと思った。それだけ確認して大和は脱衣所を抜けて廊下に出た。


「うおっ!」


 立っていたのは古都で彼女は声を上げる。その隣には唯もいる。古都は突然出て来た大和に驚き、つぶらな瞳が見開いていた。


「びっくりしたぁ。どこ行ったのかと思って不安になっちゃったよ」

「ごめん、ごめん。まだ少しだけ時間あったから中を見てた」


 大和が笑って説明をすると途端に目を細めて悪戯な笑みを浮かべる古都。このいつもの調子に大和は次に何を言われるのか予想ができ、視線を逸らす。しかし逸らそうとして視線を下げるとこれまた狼狽えるのだ。


「一緒に入る?」

「バカ言ってないで早く入ってこい」


 予想通り揶揄われた。尤も大和がそう思っているだけで、唯を連れながらも古都は半ば本気だ。古都は「はーい」と言って唯と一緒に脱衣所に消えたが、もしこの時、古都が希と一緒だったら大和は無理やり風呂に引きずり込まれていたことだろう。尤もこれは大和の予測の範疇ではないが。

 因みに大和が狼狽えた理由、それは……。古都が入浴セットと一緒に手に持っていた着替えの一番上に、彼女のパンツが平気で載せられていたからだ。その時唯の手元も視界に入ったが、唯は部屋着で隠していたようで、唯のように恥じらいを持ってほしいと願う大和である。


 その後45分ほどで美和と希が下りて来た。やはり入浴セットと一緒に着替えを持っている。そして希はパンツが一番上だ。美和はそんなことはないが、やはり希には恥じらいを持ってほしいと願う大和である。


「あのさ、希……」

「ん? あぁ」


 チラチラ向く大和の視線を感じて希は察した。そして言うのだ。


「何なら脱ぎたては大和さんにプレゼントしようか?」

「バ、バカ!」


 大和は揶揄われていると思いつつ動揺するが、もちろん希は本気だ。そして希の隣でそのやりとりをクスクス笑う美和も希の本気を理解している。昨年の学園祭のエピソードが思い出される美和だが、今となっては仲間を売ったのもいい思い出だ。尤もそれは大和の知るところではないのだが。

 そんなアディショナルタイムを過ごしていると、脱衣所の鍵の音がしてドアが開いた。


「ふぅ、さっぱり」


 そう言って出てきたのはミディアムヘアーをしっとり濡らした古都である。唯も長い黒髪を濡らして出て来た。風呂上がりの彼女たちはやはり魅力的だと、大和から何とも言えないため息が漏れる。


 そして困るのがやはり目のやり場だ。古都は大きめの白いTシャツを着ているが、恐らくノーブラ。先ほど下着はパンツしか見ていなかったのだから、よくよく考えればこうなるのかと今更ながらに気付く大和。

 更には古都の手に持たれた服。一番上はパンツとブラだ。大和はどうにかなってしまいそうだから隠してほしいと内心で強く懇願した。


 加えてもう1人、唯だ。ワンピースの寝間着姿で、短いその裾からは綺麗な生足が伸びている。そして開かれた胸元。谷間の深さが凄まじい。


「じゃぁ、交代ね」


 ハーフタイムと言わんばかりに2人ずつが入れ替わる。脱衣所のドアが閉まり古都と唯が2階に上がると、大和はドアの脇の壁に背中を預けて座り込んだ。古都と唯を参考にするならこれからまた45分。前後半合わせて合計90分。これがまた暇である。

 サッカーの1試合に相当するこの時間、前半は宿泊客らしき中年の男が1人この民宿に入って来た。脱衣所の前を通ることはなかったが、その男は2階に上がるとものの10分ほどで下りて来て外に出た。素泊まりなので、外に食事にでも行ったのだろう。


 それよりも脱衣所を介して大和がいるこの場所まで、微かに入浴の水の音と2人の女子の話し声が聞こえる。それを耳にして大和は落ち着かない。

 前半は古都が悪ふざけをするような声が聞こえた。唯の甘い悲鳴のような声も混ざっていた。そして後半の今も美和と希の声が聞こえる。話の内容まではわからないが、どうしても意識がそちらに向く大和である。


 すると……。


「大和さん」

「あれ? どうしたの?」


 大和のもとに来たのは唯である。髪は濡れたままで手にはドライヤーを持っていた。


「たぶん退屈じゃないかなと思って来ちゃいました。ここコンセントがあるし」


 遠慮がちに恥じらいのある表情を浮かべて言う唯。その視線は大和の近くの壁に向いていて、そこには床に近接してコンセントジャックがあった。大和の頬は思わず綻ぶ。


「もし迷惑じゃなければここで一緒にお話しててもいいですか?」

「迷惑だなんてとんでもない。本当に暇だったから助かるよ」

「良かった」


 唯が安堵の笑みを浮かべる。癒し効果のある表情だなと大和は思わず見惚れた。そして唯の手元を見て大和は言った。


「ドライヤー、やってあげようか?」

「え? いいんですか?」


 唯は声を弾ませた。大和は「うん」と言って唯からドライヤーを受け取るとコンセントに繋いだ。そしてすかさず電源をオンにすると生ぬるい風を自分の手に当てる。


「暑いから冷風の方がいいよね?」

「はい、お願いします」


 唯は嬉しそうに大和に背中を向けた。こうして大和に甘えられることに心が弾んでいる。大和は早速ドライヤーを唯の髪に当て、指通りのいい黒髪の感触を楽しんだ。


「上手ですね」

「そうかな?」

「はい。気持ちいいです」


 薄暗くもあるこの廊下でちょこんと女の子座りをする唯。一方大和は、頭頂を目視しようとすぐに膝立ちになった。……のだが。


「う……」

「ん? どうしました?」

「いや、なんでも」


 言葉を濁した大和。唯は解せないが、大和に髪を乾かしてもらえることが気持ち良くて深くは詮索しなかった。

 大和は今、目のやり場に困っている。唯の肩越しに見えるその谷間に。大きい故、トップが見えることはないのだろうが、しかし見えそうな気もする。と言うことは唯もノーブラ……? 大和のこの予想は正解である。ただ、困惑しながらも唯の視線が自分に向かないのをいいことに、結局はしっかり見ている最低なヤローだ。すると……。


「あー! ズルい!」


 登場したのは古都である。唯は見つかってしまったと苦笑いだ。この後古都からもドライヤーをせがまれ、2人の世話をした。

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