第二十四楽曲 第九節

 古都が美和のアルバイト先に押し掛けた翌日、開店直後のゴッドロックカフェにいるのは美和だ。他に客はまだおらず、カウンターテーブルを挟んで大和と2人の時間を楽しんでいた。


 しかし……。


 カランカラン


 ものの十分ほどでその癒しのひと時は害される。


「あ、いらっしゃい……」


 どこかぎこちない大和の歓迎の言葉。美和は気になって入り口を向いた。


「う……」

「こんばんは、店長さん」


 愛想のいい笑顔を振りまくのはヒナだ。3度目の来店である。美和は自身の来店の日にヒナが来たことに気が重くなる。


「お好きな席にどうぞ」


 大和に促されてやはりヒナは美和から1席空けた隣に座った。隣に座られても困るとは思うものの、この微妙な距離感はなんだろうと思う美和。もちろんヒナからすればダイヤモンドハーレムのメンバーを牽制している。


「レモネードでいい?」

「はい、お願いします」


 相変わらず好感の持てる受け答えをするヒナだが、鼻の下を伸ばしては前回の唯の時のような失態を犯しかねない。大和は平静を装ってレモネードを作り、ヒナの前に置いた。


「今日は制服なんだね」

「はい。さっきまで練習してて、荷物だけ家に置いてからすぐに来たので」


 この日ヒナは学校の制服姿だ。備糸高校とは違うデザインだが、同調の紺のデザインの制服。これは備糸西高校の制服で、美和は初めて彼女の通う高校を知った。


「制服の方がお好みですか?」


 少しばかり首を傾げて大和に問い掛けるヒナ。いつもの小悪魔調に大和は戸惑う。その大和の様子を面白くなさそうに見ているのは美和で、不貞腐れた表情を隠すように手元のレモネードを口に運ぶ。


「今日はMIWAちゃんが来店なんですね?」


 突然自分の話題が出て虚を突かれた美和は、グラスをコースターの上に置くとヒナを見た。ヒナは大和から視線を美和に移したところだ。美和は目が合ったのでペコリと頭を下げ、それに対してヒナは笑顔で応えた。


「営業日は全員ないし誰か1人は来店してるよ」

「へー、そうなんですね」


 大和からの説明に目を見開くヒナだが、その表情とは裏腹にあまり驚いている様子は感じない。それが癖なのか表情が豊かなようだ。


「店長さん、考えてくれました?」


 来た……と大和は思った。大和の中で結論は出ているが、相手を過剰に傷つけないように慎重に言葉を探す。すると口を開いたのは美和だった。


「あのぉ……」

「ん? なに? 美和ちゃん」

「大和さんは私たちの大事な人なんです。あまりちょっかい出さないでほしいんですけど」


 驚いたのは大和だ。まさか美和がそんな直接的なことを言うとは思っていなかった。それでもヒナへの言葉は探るのだが、それが出てくる前に2人の話は進む。


「あら? 大事な人って言ってもプロデュースを受けてるだけの関係って聞いてるよ? 恋人でもなんでもないんだからそれを言うのは違うんじゃない? それにプロデュースに関しては1組だけしかダメってことはないでしょ?」


 自信満々に言うヒナだが、美和は怯まない。そうかと言って攻撃的な態度ではなく、柔らかい表情のまま続けた。


「それでも大事な人だから。やっぱり他の人が近づくとなるとメンバー皆複雑な気持ちになっちゃうんです」


 美和のこの言葉でヒナは確信した。ダイヤモンドハーレムのメンバーは皆大和に惚れていると。尤もそれをずっと疑ってはいたが、今まではあくまで疑いの域であった。


「もしかして美和ちゃんもしょ――」

「そうですよ」


 ヒナの言葉を遮った美和。それに驚いたのはヒナのみならず大和も同じであった。しかし美和は構うことなく続ける。


「処女ですよ。それが何か? もしかしてビッチ自慢ですか?」

「ち、違うわよ!」


 言葉を返されてヒナは慌ててグラスを口に運ぶ。美和が卑屈にならないのが面白くない。

 大和はヒナが思い通りに事を運べなかったのを初めて見た気がした。しかし美和が人に対してこれほど真っ直ぐに言葉をぶつけるのも珍しいように思う。せいぜい暴走した古都を相手にした時くらいか。


「ところで美和ちゃん?」

「なんですか?」


 グラスを置きながら呼ぶヒナの手元を見ながら美和は答えた。どうやら話題が転換されそうだと美和も大和も感じた。


「美和ちゃんはなんでダイヤモンドハーレムなの?」

「ん? どういう意味ですか?」


 あまりライバルを褒めることは口にしたくないヒナ。それが不満だと言わんばかりの表情で続けるのだが、いつも愛想がいいと思っていた大和にはそれもまた意外だ。


「歴1年の初心者バンドでしょ?」

「私の認識では、1年以上はもう初心者とは言いません」

「もうっ! そういう揚げ足取りはいいから」

「すいません、続けてください」


 古都と唯のことは散々バカにしただろうと内心嘆息する美和。しっかり聞いているぞと思いながらもそんなことを言っては話が進まなくなるので、素直にヒナの言葉に耳を傾けた。


「あなたの技術は抜きに出てるじゃない? 何が楽しくてあの3人に付き合ってるの?」


 その言い方にカチンときたが美和は抑えた。そしてその意見が面白くないと感じたのは大和も同様であった。美和は真っ直ぐにヒナを見据えて言う。


「えっと……ちゃんとよく見てます?」

「どういうことよ?」

「のんは小柄ながら演奏が力強くて全体の手綱をしっかり握ってくれるし、唯はアレンジ力があってアクセントがしっかりしてるし、古都は言わずもがなあの美声ですよ?」

「ふんっ」


 わかっていたことだからその美和の意見が正論で面白くない。美和の技術がずば抜けているから嫌味を吹っかけてみたのだが、見事に返り討ちにあった。大和は初めてヒナが押されているこの状況を珍しく感じながらも、それより美和がメンバーをしっかり客観的に見ていたことに感心した。


 この後しばしの沈黙が店内を包んだ。とは言ってもBGMは流れているのだが、それが重いこの空気を読まないかのようなポップ調のロックだ。

 するとヒナが大和を向いた。


「店長さん、お返事を聞かせてください」


 大和はまた来たと思った。しかし実は最初からヒナの打診に乗り気ではない。今まではヒナを傷つけないようにと言葉を探していたが、ダイヤモンドハーレムをバカにするような言動があったため、どこか吹っ切れた。


「ごめん。プロデュースも交際も受けられない」

「なっ! なんでですか!?」


 よほど自信があったのかヒナは突っかかるように身を乗り出す。それに対して反応したのは美和も同じで、大和に視線を向ける。大和は一度深呼吸をするように小さく息を吐くと理由を述べた。


「僕にとってダイヤモンドハーレムは凄く大事なんだ」


 それを耳にしてドキッとしたのは美和だ。どこかキュンともする。しかしヒナは食い下がる。


「別にダイヤモンドハーレムのプロデュースを辞めろだなんて言ってません!」

「うん、それはわかってる。けど手一杯だよ」

「そんな……。つまり1組しか面倒は見られないけど、ダイヤモンドハーレムを選ぶっていうことですか?」

「うん、そういうことになる。ごめん」

「じゃぁ、私をカノジョにしてほしい話はなんでですか?」

「それもダイヤモンドハーレムが大事だから」


 ショックで開いた状態の唇がプルプルと震えるヒナ。美和は聞き間違いか? と思いながらも感動で両手を合わせて口に当てている。


「店をやりながら彼女たちのプロデュースをして、しかも他にやることもあって、今は女の人と交際してる余裕がないんだ」


 大和の言う「他にやること」とは作曲家とアレンジャーの仕事のことを言っている。隠しているわけではないが、この場であまり言う気にもなれず濁した。

 するとガタンと椅子を鳴らしてヒナが立ち上がった。そして財布から千円札を取り出すと荒々しくカウンターテーブルに置いた。


「今日は失礼します」


 ヒナは不貞腐れた態度を隠す素振りもない。いつもの愛想のいい対応はどこへ行ったのか。更には大和と美和に背中を向けながら、捨て台詞を吐いた。


「私、諦めませんから」


 その後ドアが閉まり、ヒナの姿は消えた。大和はそれを見送りながらため息を吐き、そして苦笑いを浮かべる。


「席料も入れると足りないんだけどな。僕の財布から補充しておくか」


 そう言って大和はヒナが置いた千円札を売り上げの中に入れた。その時、何かしら美和から声で反応が返ってくると思っていた大和。それがないので美和を見た。


「え? 美和?」


 大和は驚いた。美和は合わせた両手を口に当てたまま瞳を潤ませて大和を見据えていた。そして言うのだ。


「格好いい」

「は!?」


 美和は感動のあまり目がハートだ。しかし大和が彼女の気持ちの意味を知る由もなく、その褒め言葉にただ単純に照れるだけであった。

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