第二十四楽曲 第四節

 火曜日の備糸高校の昼休み。食事を終えて2年2組の教室に集合したのは古都と唯だ。華乃と希の席を軸に4席で島を形成して食事を取る2組の女子だが、この時江里菜だけは正樹とのラブラブトークタイムのため外に出ていた。その江里菜が空けた席に古都が座る。

 唯は希に促されて希の席に座っているのだが、当の希はと言うと、唯の膝の上に座っている。夏服になったこの季節、希は背中で弾力のある唯のマシュマロを堪能していた。一方唯は、人形を抱くかのように希の腹に手を回しているから、彼女もまた満更ではない。


「それは看過できないわね。抹殺しよう」


 しかし雰囲気は殺伐としている。唯に抱かれながら希が物騒なことを言うのだ。そしてそれに追随するのはそもそもの情報提供者である古都である。


「でしょ! もう悔しく、悔しくて」

「うん、それは許せないね」


 希を愛でるように抱く唯まで追随する。彼女にしては珍しいが、唯もまたお怒りのようだ。そしてお怒りの人物はまだいる。美和だ。


「そんな人、即刻排除だね」

「うぅ、メンバーに相談して良かったよ」


 古都が同意を得たことで目を潤ませながら感動を口にする。話題は、前日のゴッドロックカフェでのこと、ヒナの件である。すると古都の親友、華乃がショートボブの毛先をいじりながら話に加わった。


「しっかし、あんたたち、よっぽど大和さんのことが好きなんだね」

「「「「当たり前だよ!」」」」


 見事にシンクロさせて言うので、何事にもあまり動じない華乃だがさすがに気圧される。すると希がボソッと言う。


「遂に美和も認めたわね」

「う……」

「あ! そう言えば!」


 思い当たったのか古都が声を張る。確かに美和は初めてメンバーに公言した。ただメンバー皆わかっていたことだが。しかしそう言いつつこの時古都だけは、美和がしっかり大和を見ていることに言いようのない安堵を覚えた。


「そもそもなんでメンバー全員意中の相手が同じで上手く活動やれてんのよ?」


 この華乃の疑問は当然である。1年生の時から華乃が1度は聞いてみたかったことだ。それにまず希が答えた。


「取り合いをする時もあるわよ」

「うんうん。その時その時だけどね」


 これに同調したのは古都である。それを唯が引き継ぐ。


「メンバーの誰からも大和さんは取っちゃいけないって思ってる。4人の大和さんかな」

「だね。本気で取り合うとバンドが成り立たなくなるから、これが私たちの形だね」


 この美和の回答に、一般論としてそれが難しいのだと華乃は内心で呆れた。メンバー間で今まで示し合わせたことはないが、暗黙の了解の如く、実はこれが1年間の活動を通して培った全員の意思である。

 しかし希と唯が美和の意見に納得顔の一方、古都だけは美和の言葉に安堵する反面、懐疑的な視線も向けた。


「ん? 何?」


 美和が古都からの視線に気付いて首を傾げた。古都は慌てて「ううん、なんでもない」と言って誤魔化すが、ここで初めて美和をずっと見ていたことに気付いたくらいだ。


「それで古都。ヒナからプロデュースしてほしいって打診に大和さんはなんて答えたのよ?」


 希からの質問に古都は意識を場に戻す。そして昨晩のことを思い出してやはりまた沸々と悔しさが込み上げてくる。


「のらりくらりと躱してた」

「えぇ、大和さん……」


 実に残念そうな声を出したのは唯だ。メンバー誰もがはっきり断ってほしかったと思うのだ。


 昨晩のゴッドロックカフェは、古都の言うとおりヒナが大和にピンキーパークのプロデュースをしてほしいと打診し、大和はそれをのらりくらりと躱して、古都はキーキー吠えた。もちろん他のガールズバンドに関わらないでほしいというヤキモチだ。つまり大和への独占欲だ。ただ、独占欲と言っても個人の話ではなく、バンドとしての話である。

 そして古都が吠えている間に常連客が続々と集まって来て、途端に古都とヒナがおっさん達から囲まれた。特にヒナはおっさん達にとって新顔なので、それはもう重宝された。それもまた古都が面白くないと思った要因である。


 古都は昨晩のことを洗いざらいこの場で話した。すると華乃が言う。


「ふーん。それで古都は18歳未満を理由に大和さんから女としては相手にされなかったんだ?」

「うえーん、はなのぉ~」


 普段は自信満々なじゃじゃ馬姫の古都だが、今までなかった大和を巡るピンチに取り乱す。そして親友に「どうしたらいい?」と縋るのだ。


「まぁ、4人ともが平等に共有意識を持って大和さんを慕ってるなら、4人ともが既成事実を作っちゃえば?」

「「「「具体的には!?」」」」


 華乃はほぼ100パーセント冗談で言ったのだが、まさか4人揃ってこれほどまでに食いついてくるとは思っておらず、後に引けなくなってしまった。


「えっと……、ヤっちゃう……とか?」


 美和と唯は顔を真っ赤にする。まぁ、これはいつものとおりなのだが、しかし目は真剣で華乃に向いている。大和にメンバー以外の女が寄りつくことはよほど我慢がならないようだ。まさか美和と唯までここまでとは思っておらず、華乃は今更冗談だなんて言えない。しかし希が懸念を口にする。


「大和さん、コンプライアンスに厳しいのよ」

「まぁ、確かに4人はべらせて真剣交際だなんて理屈は通らないわね」

「「「「はぁ……」」」」


 シンクロする4人のため息が2組の教室に充満する。昼休みの緩んだ空気の室内は賑やかで、周囲にこの場の会話が聞こえているわけではない。しかし古都をはじめ容姿のいいダイヤモンドハーレム。校内では昨年の学園祭で一躍名を馳せて、美少女バンドとして有名なので4人揃えば目立つ。教室内の誰しもがチラチラと視線を送っていた。


「しょうがない。既成事実は18歳になるまで待つしかないわね」

「1年以上先じゃん……」


 古都が机に突っ伏して落胆を示す。他のメンバーも心なしか肩を落としている様子だ。


「以上って……、まさかの全員まだ16歳? この中で1番誕生日が早いのは誰よ?」


 4人いて誰もまだ誕生日が来ていなかったのかと意外に思った華乃からのその質問に、希の背中から遠慮がちに手が上がった。その主は顔が真っ赤で思わず華乃は頭を抱える。


「まさかの唯か……」

「はいぃ。7月です」

「えっとその次は?」

「は、はい……」


 これまた顔を真っ赤にした女子が重そうに手を上げる。またも華乃は頭を抱える。


「次もまさかの美和か……」

「う、うん。8月」

「古都は12月よね。のんは?」

「2月よ」

「まさかの早生まれ……」


 先陣を期待した肉食系の2人の誕生日が後の方であることに華乃の落胆は凄まじい。奥手そうな美和と唯に先陣を期待するのも無理な話だ。そもそもだが、華乃は引けなくなったとは言え、こんな邪道なやり方を真剣に考えなくてもいい。


 キーンコーンカーンコーン


 するとここで昼休みの終了5分前を告げる予鈴が鳴った。希が名残惜しそうに唯の膝から立ち上がるので、古都と唯も立ち上がった。


「とにかく4人で協力して大和さんに寄って来る虫は排除しよう!」

「「「賛成!」」」


 拳を握って気合いを入れた古都に追随する他のメンバー3人。大和を取り合うくせに、大和に関してバンドを脅かす女が現れた時の結束力は確かに素晴らしい。華乃はそう感心した。


 2組の教室を出る際、古都はチラッと美和を見た。美和はすでに自席で次の授業の準備をしていた。大和の話やバンド仲のことで期待通りの反応を示してくれたのだから、安心してもいいのだろうか。しかし古都から昨晩の映像が頭から離れない。


 古都の来店日である昨晩、ゴッドロックカフェに行って他に来客がある前に古都は大和に相談をしたかった。しかしヒナの登場でそれが叶わなかった。結局古都に残ったのはモヤモヤで、昨晩は早めに店を上がると、電車に乗って自宅とは反対方向に向かったのだ。

 やがて行き着いたのは美和のアルバイト先のコンビニである。時刻は22時過ぎで、古都の到着後すぐにアルバイトを終えた美和がコンビニから出てきた。なんとなくそれに安心した古都が声を掛けようとしたのだが……。


 古都は結局店舗の敷地に入ることもなく足を止めた。美和は付近に古都がいることにも気づかず1台の車に乗ったのだ。古都は道路向かいの物陰に隠れてコンビニを出るその車を見送った。その車を運転していたのはブラックベアーのヨシだった。それを見てジミィ君とギグボックスに行った時の本間の声が蘇る。


「ヨシが美和をブラックベアーに引き抜きたいって話してたなぁ」

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