第二十四楽曲 第五節
翌水曜日。昼休みの食後に備糸高校の2年1組と2年2組の前の廊下を行ったり来たりするのは古都だ。腕を組んで難しそうな顔をしているが、廊下を歩く男子生徒はその美少女に思わず振り返る。
「雲雀?」
すると古都は声をかけられた。振り返るとそこにはクラスメイトのジミィ君が立っていた。
「あ、ジミィ君」
「どうしたんだ? 難しい顔して」
「あぁ、うん……」
「もしかして、あのことか……?」
言葉に詰まってしまった古都だが、小さく首肯した。大和や唯や希にも相談できていない古都の悩み。それなのにジミィ君は知ってしまったその内容。美和のことだ。ブラックベアーが美和を引き抜こうと画策している。古都はその話をどう美和から聞いたらいいのかわからずにいた。
「もし良かったら少し話さないか?」
「へ?」
ジミィ君からの思わぬ打診に首を傾げた古都。しかし誘ったジミィ君が恥ずかしそうにしながらも真っ直ぐに見据えるので古都はこれに応じた。そして2人はあまり人気のない1階の階段下に移動した。
「えっと、本人からはまだ何も聞けてないのか?」
「うん。その話を聞きたいと思ってるんだけど、それがなかなかうまくできなくて」
苦笑いを浮かべて答える古都。ジミィ君は「そりゃそうだよな」と言って納得を示した。
「美和はどう思ってるんだろ?」
「と言うと?」
「美和はね、メンバーの中では技術がずば抜けてるんだよ」
「そっか」
小さくそう言ったジミィ君だが、実は素人目にもそれは理解していた。そしてこれから古都が言わんとしていることもなんとなく読み取れた。
「だから引き抜きの話が出ることも当然だなって。今まで考えたこともなかったけど、普通に考えたら美和なんだから当たり前だよね」
「確かに、技術の高い人はそういう話が来るかもな」
「それでね、美和にとっては私たちとやるより、知名度が高くてメジャーデビューに近いバンドでやった方がプラスになるのかなって思ったら、怖くて話が聞けないんだよ」
古都が抱くブラックベアーの印象だ。活動も知名度もダイヤモンドハーレムよりは先を行っていると感じている。
「怖いかもしれないけど、やっぱりちゃんと話した方がいいんじゃないか?」
「そう……だよね……」
歯切れの悪い古都の様子にジミィ君はもう一声足す。
「だって、もし竜口が迷ってて、けどメンバーだからこそ相談しにくいって思ってたら?」
「あぁ、なるほど」
「そんな時に雲雀から声をかけられたら、今のバンドにしっかり気持ちが向くかもしれないじゃん?」
「そうなってくれたら嬉しいな。ただ……」
それは果たして美和のためになるのだろうか? 美和の可能性を潰してしまわないだろうか? それが消えた後半の古都の言葉である。しかしジミィ君は言う。
「ダイヤモンドハーレムって本気でメジャーデビューを目指してるんだろ?」
「もちろん!」
これには力強く答えられた古都。そのつぶらな瞳の奥は燃えている。
「それならさ、何も卑屈になることないよ。それを誇ればいいし、竜口だってその目標を理解して活動をしてるんだから、胸を張ってこれからも一緒にやりたいって言えばいい」
「ジミィ君……」
彼の言う通りだ。自信を無くしていたなんて自分らしくもない。これで古都は前を向くことができた。古都に美和への思いと、ジミィ君への感謝の念が湧いた。
そして夜になってゴッドロックカフェ。
開店直後に入り口のドア鈴が鳴るので、大和は唯が来店したのだと思った。水曜日だがこの日はベースの個人指導を行っていないため、唯はまだ来ていない。しかし……。
「店長さん、こんばんは」
「あ、いらっしゃい」
ヒナである。2度目の来店に困惑気味の表情を浮かべる大和だが、来客なのでしっかり歓迎はする。この時客席側でカウンターテーブルを拭いていたので、そのまま手元の椅子を引いてヒナに着席を促した。
「ここどうぞ」
「考えてくれました?」
しかし着席することなく愛想のいい笑顔で大和に歩み寄るヒナ。それが小悪魔的な笑みにも見えて大和は思わず身を引く。だが身を引くほどにヒナが距離を詰めるので、そのうち大和はカウンターテーブルに背中を取られてしまった。ヒナの膝が大和の足に当たる。
「えっと……、もう少し離れて話そうか?」
「ええ? 離れたら店長さんカウンターの中に入っちゃうじゃないですか?」
大和の行動は読まれていた。ヒナは眉尻を下げて困り顔を表現するが、ペロッと舌も出すので、この女、なかなか計算高い。
「えっと、プロデュースの話だよね?」
「それだけじゃないですよ。私とお付き合いしてください」
はっきりと言われてしまった。ヒナはどんどん大和を追い込み、大和の胸から肩までを擦るように両手を這わす。ゾクゾクっとして大和は目を逸らす。大和の両足の間には今にもヒナの太ももが割って入ろうとしている。
「だから、高校生とそういうのは……」
「私は18歳ですって」
ぷくっと頬を膨らませて大和を見据えるヒナ。一方、顔を真っ赤にして困惑するだけの成人の大和。未成年を相手に何を狼狽えているのか、完全に掌の上である。
するとヒナが首を伸ばして大和に顔を接近させる。それを横目に感じた大和は体が強張る。抵抗したいが、露骨にそれをすると相手を傷つけそうでできない。既に気心知れた泉の時とは扱いの違いに困る優男である。……その時。
カランカラン
――マズい!
大和は咄嗟にヒナの肩を押して距離を取った。するとヒナから「あぁん」と切なそうな声が出た。
「ひぃっ!」
大和が入り口を向くとそこに立っていたのは、目を見開いて口元に手を当てた黒髪ロングの美少女、唯である。大和は距離が取れたことに幾分安堵しているが、唯から見れば大和の両手はヒナの肩に掛かっているし、そもそも距離は未だに近い。
「い、いらっしゃい……」
ぎこちない歓迎の挨拶である。とりあえず大和は唯とヒナに着席を促した。唯はどこか泣きそうな表情をしている。
やっと身を解放された大和はカウンターの中に入り、2人にレモネードを出した。席は2日前の古都の時と同様、1席を空けて唯とヒナが隣に座っている。すると唯が今にも泣きそうな顔のまま大和に問い掛けた。
「あああああああの……、さっき、何をしてたんですか?」
「な、なにって……別になにも――」
「キスをしようとしてたんだよ、ダイヤモンドハーレムのYUIちゃん」
大和の言葉に被せて答えたのはヒナだ。その発言に唯はハンマーで頭を殴られたような衝撃を受ける。大和はあらぬ誤解を与えないようにと思い、弁解をしようとした。
「ちが――」
「盛り上がったらそのままエッチまでしちゃってたかも。えへへ」
しかしまたもヒナが言葉を被せる。それどころかテヘペロ状態の笑顔まで見せる。唯は一瞬理解が追いつかず頭が真っ白になった。しかしすぐにパニックに陥る。
「わわわ……、え、え、エ、エッチって!」
「ん? もしかして唯ちゃんも処女? 初心だね、可愛い」
「うえーん……!」
屈辱的だった。1年間真っ直ぐに大和だけを想ってきたのに、奥手故にバカにされて唯は悲しくて悔しかった。
「あら? 泣いちゃった」
「え、あ、ちょ、唯?」
慌てふためくのは大和だ。唯の頬は涙が伝っていた。ヒナが言い寄って来たことは見られてプラスになるものではないと理解しているが、それでも唯がここまで取り乱したことに大和は困惑する。
「違うから。そんなことしようとしてないから」
とにかく唯を落ち着かせようと新しいおしぼりを差し出しながら大和は言った。唯はおしぼりを受け取ると目元に当てながら悲しそうな目で大和を見据える。
「ぐすっ……本当ですか?」
「本当だよ。本当」
大和は唯を安心させようとなんとか笑顔を浮かべて言う。しかし事実とは言え、なんでこんなに必死で弁解をしなくてはいけないのだと理解できずにいる鈍感男である。
この後少しして常連客の高木が来店し、大和が多大な安堵を浮かべたことは言うまでもない。しかし高木は唯の隣を確保するわけで、更に次の来客があるまで大和がヒナに付きっ切りだ。それを唯は恨めしそうに見ていた。
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