第二十三楽曲 第六節

 杏里が泰雅と出くわした翌日の金曜日。定期練習のためゴッドロックカフェに集まったメンバー。練習が終わって大和がカウンターに身を入れると希が寄って来た。大和は開店準備のため手を動かしながら希とカウンター席を挟んで対面する。


「昨日杏里さんどうだったの?」


 結局昨日の営業中に杏里が戻って来ることはなかった。響輝も来店することはなかった。それでも大和は響輝から連絡はもらっていたので、希を安心させようと穏やかな笑みを浮かべて答えた。


「まだ完ぺきとは言わないまでも落ち着いてるって。響輝の方から説得は続けてくれるそうだから、とりあえず今のまま活動は続けてくれって」

「そっか。それならひとまずは良かったけど」


 安堵の表情を浮かべる希。希からしてみれば自分が招いたことだと思っているので心配をしているのだ。尤も大和も希のその心情は理解しているので、その心配を少しでも和らげようとしている。


「のーん!」


 すると2人の会話はホールの円卓に着く古都の声で遮られた。大和が希の肩越しに目を向けると古都と美和と唯が円卓を囲ってスケッチブックを広げていた。


「今から衣装のデザインを決めるんだろ? 杏里のことは響輝に任せて希はみんなのところに行ってきなよ?」

「うん。わかった」


 希は大和に背を向けてちょこちょこと歩き、メンバーの輪に加わった。するとすかさず唯が希にスケッチブックを広げて差し出す。


「朱里ちゃんがね、案を3つ用意してくれたの」

「へぇ、どれもなかなかいいわね」

「でしょ」


 まるで自分が褒められているかのように唯の表情が綻ぶ。この時デザインの案を初めて見る希と美和は、紺一色、紺のブレザーに赤のスカートの組み合わせ、茶色のブレザーにグレーのスカートの組み合わせ、この3種類の制服がデザインされたスケッチブックを興味深そうに見入っていた。


「どれがいいかな?」

「私は断然茶色のデザイン!」


 ここで真っ先に意見を言う古都の瞳はキラキラに輝いていた。かなり上機嫌のようで全身から楽しそうな様子が溢れ出ている。


「美和ちゃんとのんちゃんはどうかな?」

「唯はどう思う?」


 美和から唯への逆質問である。もし唯以外の3人で意見が割れた場合、唯が最後の発言だと彼女は遠慮をして自分の意見を言えないと思ったのである。そして美和のこの気遣いは功を奏す。


「私は茶色も可愛いなって思ったんだけど、赤もいいなって」

「同意。明るい割にコスプレ衣装ほど派手でもない」


 ここで同意を示したのは希である。赤いスカートと組み合わせの紺のブレザーには白のラインも入っていて洒落ている。これで茶1票、紺と赤の組み合わせ2票だ。そして美和。


「そうだね。赤ってこの地域じゃなかなか見かけないし、このチェックのスカートも可愛いから私も赤かな」

「ガーン」


 お決まりの如く机に突っ伏すのは古都である。リーダーの意見は呆気なく多数決の前に散った。すると美和が言葉を続けるのだが、その口調はどこか言いづらそうである。


「あのさ……、夏のツアーに間に合うようにするって聞いてるんだけど?」

「うん、そう話してる」


 答えたのは唯だ。言いづらそうな様子のまま美和は続ける。


「夏にブレザー着るの?」

「あ……」


 解せた唯が口元に手を当てる。それを聞いていた古都もむくっと上体を起こした。美和は苦笑いで続ける。


「暑いよね。せっかく作ってもらったのにステージではブレザーを脱いでブラウスで演奏する?」

「う……」


 想像して唯は顔を顰めた。すると顔を上げたばかりの古都が言う。


「じゃぁ、夏服も作ってもらおう!」

「それならせっかくだから夏服はセーラー服にしたら?」

「「「お!」」」


 希から出た意見に他の3人の表情が晴れた。


 結局この後の話で夏のセーラー服のデザインも上げてもらい、まずはそちらから作ってもらおうということになった。再度デザインからではあるが、夏服の方が薄手なのでそれほど時間はかからず、夏のツアーには間に合うだろうという目算である。

 話が決まって唯は早速朱里と睦月にその旨のメッセージを送った。2人からは快く了解の返事が届き、唯はほっとした。すると徐に希が言う。


「来週から中間テストだけど、今回も明日からここで勉強会するわよね?」

「なっ! のんからそんなこと言うなんてどうした!」


 古都が勢いよく反応するが、まさか希からテスト勉強の話が出ると思っていなかったのは美和と唯も同じで、2人とも目を見開いている。


「どうしたって、大和さんから大学に行ける成績を維持しろって言われたじゃない?」


 当然のように答える希だが、いくら大和から言われたとは言え、今まで勉強の話題になると相手が大和であれ途端に冷めた表情を見せていた彼女だ。この場の誰もが意外だと感じている。そして美和が問うのだ。


「のん、大学行くの?」

「実際に行くかはわからないけど、そうなってもいいように勉強をする」

「「「……」」」


 途端に口をあんぐりと開けて言葉を失う3人。希はそれが心外とばかりに続ける。


「何よ? 悪い? これからはちゃんと勉強をするわよ」

「のんちゃん……」


 瞳を潤ませて希の両手をがっちり握るのは唯だ。どうやら感動したようである。


「唯、勉強教えてね」

「もちろんだよ」

「うぅ、マジかよ……」


 憂鬱そうな表情を隠さないのは古都である。それを苦笑いで美和が見る。


「まぁ、古都は自分で頑張りな?」

「はっ!? 唯先生を取られたから私は高坂君に教えてもらうよ!」

「正樹と江里菜は今回から勉強会には参加しないって聞いてるけど」

「へ?」


 知らなかった事実に間抜けな声を出す古都。気持ちは唯も同様で希から手を離すと美和を向いて首を傾げる。その疑問に答えたのは希だ。


「2人きりで勉強するそうよ」

「なんだと!」


 察するところがあるのか口を噤む唯に対して思わぬ事実に目を見開いた古都だが、しかしすぐに次の疑問が湧いてくる。


「て言うか、最近あの2人って仲良すぎではないかい?」

「付き合ってるそうよ」

「……」

「……」

「今なんと……?」


 この後事実を知った古都が賑やかになったことは言うまでもない。尤もいつも賑やかな女ではあるが。唯は唯でやはり江里菜と同じクラスになった美和と希は既に把握していたのかと苦笑いだ。


「唯ぃ~。私の面倒も――」

「唯は渡さないから」


 眉をハの字にした古都が言い切る前に、希が唯の腰に腕を回して唯を確保する。普段から人形のように可愛いと思っている希からのスキンシップに、唯は思わずキュンとして希を抱き返した。それを恨めしそうに見た古都は美和に向き直る。


「美和ぁ~」

「わ、私は人に教える余裕ないよ」

「むむぅ。成績いいくせに。あとは華乃か……」

「……って、2年になってから華乃と一緒に話してたの」

「なっ! 2人して私を見捨てるのか! なんのための勉強会だよ!」

「それは人が集まることで勉強をしなくちゃいけない雰囲気を作ることが目的でしょ?」

「うわぁーん!」


 途方に暮れる古都。そこへすかさず希が嫌味を投げつける。


「せいぜい私の後塵を拝することね」

「むむ。絶対のんには負けん!」

「今のうちに言ってろ。せいぜい1人で勉強頑張って」

「うきぃー!」

「せっかく秀才揃いの1組も古都がいるせいでクラス平均ガタ落ちね」

「へ? 秀才揃い?」


 悔しそうに地団太を踏んでいた古都だが途端に首を傾げる。クラスのことなのに知らないのか……と希は補足をした。


「文理分かれる前の1年のときの学年トップ10が3人もいるそうよ」

「へ? 3人も? あぁ! 1人は唯で、1人は高坂君か。で? もう1人は?」

「さぁ? 3人って聞いてるだけだから」


 そこまでは希も知らないようで古都は唯を見た。


「えっとね、山路君だよ」

「山路君? 誰それ?」

「えっとね、ジミィ君」

「あぁ、ジミィ君! ……え! ジミィ君って頭いいの!?」

「うん。高坂君が毎回学年2位で、山路君が3位かな」

「なんと! そんな身近に秀才がいたとは!」


 因みに説明をしている唯は大体5位から7位辺りを変動している。そもそもクラス内の学年上位者を把握していない古都が勉強に関して疎いのだ。ただ、9クラスあって昨年のトップ10が3人もいるのだから1組は確かに大したものである。

 閃いたような表情になった古都はスマートフォンを引っ張り出してジミィ君こと山路充と連絡を取った。まぁ、古都ファンのジミィ君なので、古都から勉強を教えてほしいと言われて二つ返事で承諾をしたわけだ。

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