第二十二楽曲 第四節
時間は少し遡って大和が泉と打ち合わせを始める前の備糸高校。昼休みの時間帯、2年1組の教室では4人の女子生徒が机を固めて弁当を突いていた。古都、唯、朱里、睦月である。
「
GWの中日として定番とも言える話題を他の3人に向けるのは朱里だ。幼顔の彼女は明るい表情をしただけで無邪気に見える。古都と唯はメンバーの希と比べてどちらの方が見た目年齢は低いだろうかとよく思案するものだ。
「一緒に遊ぶ人もいないし特にないわ。家で本を読むくらいよ」
素っ気ない睦月の返事に朱里と唯は言葉を発せず苦笑いだ。ただ確かに文化部の睦月だから連休中の部活がないことに納得はする。また、朱里も文化部の美術部でありこのGWに強制的な活動はない。するとここで口の中のおかずも隠そうともせずもごもごと話すのは古都である。
「
「あ、ライブあるんだ?」
興味を示した朱里が言う。古都は嚥下とともに首肯し、言葉を続けた。
「4日と5日」
「へー、2回も。活動、活発なんだね」
感心したように言う朱里。一方、古都と唯からバンドのことがよく話題には上がるが、そう言えば一度も演奏を見たことがないと思い至ったのは睦月で、彼女もまた視線を上げた。
文化部の朱里も睦月も学園祭は自分の持ち場にいたため演奏を観ていない。それでも朱里は噂や動画で状況くらいは知っていた。しかし生演奏は観たことがない。そんな2人の興味を察した唯は探るように言った。
「4日がライブハウスで、5日は客席ありのホールだよ。どっちも都心で、5日の方は入場無料のイベントだよ」
「そうなの!? 行ってみたい!」
朱里から期待通りの言葉が返ってきて思わず唯の顔が綻ぶ。やや興奮気味に目を見開いた朱里は続けた。
「どのみち4日は用事あるし、5日の方に行ってみたい」
「
既に次の一口を咀嚼中の古都は相変わらずであるが、彼女も唯同様クラスメイトが興味を示してくれたことに喜んでいる。
「むっちゃん、一緒に行かない?」
縋るような瞳で睦月を誘う朱里は、その幼い容姿から正に妹が姉に甘えるようである。
「興味あるわね。いいわよ、一緒に行きましょう」
「
この喜びは朱里ではなく古都の声である。とは言え朱里も同行者がいて嬉しそうだ。すると睦月が続けた。
「因みにライブハウスってどんな感じのとこなの?」
「えっとね……」
そう言って唯が自身のスマートフォンで動画を再生させた。それは自分たちが行ったライブのステージ映像だ。抑えた音量の画面からガヤガヤと賑やかな雰囲気が伝わってくる。
「うーん……。ライブハウスはもう少し慣れてからかな」
そう言った睦月は賑やかな場所が苦手のようだ。イメージ通りだと納得する古都と唯だが、それでもまずは興味を示してくれたことが嬉しい。
するとその時、食事を終えた正樹が古都たちの横を通過しようとする。正樹に気づいた古都が椅子の背もたれで背中を仰け反らせてすかさず声を掛けた。
「高坂君。GW2回のライブは来てくれるんだよね?」
「あぁ、そのつもり。4日はチケットいるライブだろ?」
「そうだよ。取り置きもう頼んだ?」
「うん。江里菜から美和に言って頼んであるはず」
それだけ答えて正樹は教室の外に出た。それを見送りながら古都は首を傾げる。
「てっきり自分で美和に言ってるもんだと思ったよ。2人は一緒に来るのかな?」
「あはは。どうだろうね」
乾いた笑いを浮かべるのは唯である。しかしそんな唯の様子に構うことなく古都は続けた。
「しかも高坂君って、江里菜ちゃんのこと名前で呼び捨てだっけ?」
「あはは。そんな風に呼んでた?」
惚ける唯は笑って誤魔化した。古都は首を傾げたままだが、するとこちらも食事を終えたジミィ君が古都に寄って来た。
「雲雀、4日のライブのチケットの取り置きできてる?」
「バッチリ! できてるよ」
眩い笑みで答える古都に頬を赤く染めるジミィ君。彼はダイヤモンドハーレムのコアなファンである。心配性のジミィ君は時々こうして取り置きの確認をするのだ。
尤も彼は前年のクラスや今年のクラスのグループラインから古都とは直接連絡が取れるのだが、バンドのことを離れた古都はメッセージに対して無精だし、そもそもジミィ君は何かと古都と話せる機会を伺っている。
「2枚だよね?」
「うん。中学の時の友達連れて行くから。あと岡端も俺と一緒に行くことになった」
古都の中学からの親友の華乃の名前が出て、彼女の分の取り置きも頼まれて既に済ませていたなと思い至った古都。
「ありがとう。ライブハウスのチケットブースで『取り置きをお願いしてるジミィ君』って言ってね」
「えっと……、山路じゃなくて?」
「ん? のんからライブハウスに『ジミィ君、2枚』ってメール送ってもらっちゃった」
「あはは、そっか。わかったよ」
苦笑いを浮かべてジミィ君こと山路充は古都から離れた。そんなやりとりを見ていて質問を向けたのは朱里だ。
「チケットがいるライブって取り置きなの?」
「うん。校内での販売ができないから、メンバーののんがライブハウスに連絡して取り置きしてもらうの。そういう管理はのんがしてるけど、取り置きのことはメンバーの誰に言ってくれてもいいよ」
「そうなんだね。じゃぁ、その時は古都か唯に言うね」
古都と唯はこれに笑顔で了解した。すると睦月の目が古都の肩に留まった。
「古都?」
「ん?」
「ブレザーの肩、ほつれてない?」
その言葉で顔を伸ばし若干の変顔を作って右肩に目をやる古都。袖を引っ張って睦月に言われていることを把握した。
「本当だぁ。なんでだよ……」
「古都ちゃん、練習でも演奏中によく腕振るからじゃない?」
唯が金曜日の放課後に制服のまま行う定期練習を思い浮かべて言った。それに対して古都は納得しつつも不満を口にする。
「確かにそうだけど、のんの方がアクションは激しいじゃん」
「えっと、のんちゃんは小柄だからブレザーがゆったりしてるって言うか……」
「ぶっ!」
せっかく遠慮がちに唯が言ったのに、遠慮なく噴出して希の体格を笑う古都。すると睦月が言った。
「貸して。昼休み中に直してあげる」
「わっ、助かる」
さすが裁縫が得意だと言うだけあると思いながら、古都はブレザーを脱いで睦月に渡した。それを目で追いながら唯が睦月に質問を向けた。
「むっちゃんってブレザーの補修もできるの?」
「このくらい簡単よ」
簡単なのか? と頭に疑問符が浮かぶ家事力の低い古都と唯だが、ブレザーは構造が複雑な印象を抱く。ただ確かに睦月くらいになるとそれも簡単なのかもしれない。すると睦月が続けるのだ。
「何なら、ブレザーくらい作ることもできるわ」
「うそ!?」
「嘘じゃないわよ」
目を見張る唯にすかさず言葉を返す睦月。ここで唯は1つの疑問が浮かび、厚かましいかもしれないとも思ったがダメ元で聞いてみた。
「もしかして、私たちのステージ衣装用にブレザーって作れないかな?」
「あっ!」
灯りが灯ったような反応をしたのは古都だ。まだ食事中の睦月は古都のブレザーを椅子の背もたれに掛けて、振り向きざまに唯を見据えた。やはり厚かましかっただろうかと唯は怯む。しかし……。
「興味あるわね」
「本当!?」
目を見開くのは唯だが、目をキラッキラに輝かせるのは古都だ。睦月は「うん」と一言添えて首肯するので、唯は続けた。
「私たちせっかくの女子高生バンドだから制服衣装が欲しいなって思ってたの。今、私服の寄せ集めしか衣装がないの。さすがに身元がバレちゃうからこの高校の制服でステージには立てないし、コスプレ用のは高いし派手だし4人のデザイン揃えるのも難しいし。もちろん生地とかにかかるお金はこっちが出すから」
「いいんだけど、ただ私はデザインの方があまり得意じゃないの」
そこだけは自信なさげに言う睦月。すると古都が閃いたようで満面の笑みで朱里を見た。それに対して朱里も察した。
「えへへん。朱里、美術部でしょ? ブレザーのデザイン興味ない?」
「ある! 一回やってみたかったの!」
声を弾ませた朱里は目が輝いていた。なんともスムーズに話が進む。
朱里と睦月はせっかく5日のU-19ロックフェスを観に行くことになったのだから、そのステージを観たうえでイメージをして、早速GW明けの部活の課題に取り入れることにした。
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