第二十二楽曲 第二節

 GWゴールデンウイークに入って4月最後の日。振替休日である月曜日の昼過ぎ、ゴッドロックカフェでこの日の営業の準備を進めるのは大和、杏里、希である。いつもよりは早い時間から杏里と大和が2人がかりで開店の準備をすることも珍しいことなら、それを希が手伝っていることも珍しい。


「これがステージ背面の照明で、これが頭上のスポットライトな」

「うん、わかった」


 PAコーナーで照明機材の説明を進める大和。希はそれを素直に聞いて、時々メモも取っている。ホールの円卓は片付けられ、ステージ裏の控室の更に奥、小上がりになった控室の前の土間と続きになっている楽器庫に押し込まれている。


 するとカウンターの中で準備を終えた杏里がホールまでやってきた。ホールからPAコーナーに身を乗り出すように2人に話しかける。


「ステージの貸し切りってダイヤモンドハーレムの招待ライブ以来だよね? まさか、同じ地区大会の出演者から予約が来るとはね」

「ん? 地区大会の出演者?」


 杏里の言葉に首を傾げる大和。すかさずジト目を向けるのは杏里のみならず希も同様だ。


「ちょっと。まさか知らずに予約を受けたの?」

「て言うか、バンド名を聞いてわからなかったの? まさかそもそも地区大会出場バンドの名前もチェックしてないとか言わないでしょうね?」

「あはは」


 杏里に続いて希にまで咎められるので、乾いた笑いで誤魔化す当店の店主兼ダイヤモンドハーレムのプロデューサー大和。杏里と希のジト目は引かない。


 GWに入ったこの日のゴッドロックカフェの営業は途中まで貸し切りである。理由はステージ生演奏によるオリジナルライブだ。大和はこの時初めて知ったようだが、なんと偶然にも予約をしたのは、U-19ロックフェスの地区大会に出場するバンドである。


「えっと……、うちみたいな無名ステージの店に貸し切りの希望をするってことは、もしかして備糸市内のバンド?」


 どこまで無知なのか。事前情報があまりにも乏しすぎる大和に杏里と希は思わずため息を漏らす。それに対して杏里が説明した。


「市内ではダイヤモンドハーレムが出た予選大会の他にもう1店舗予選を開催した楽器店があるのよ。そこでグランプリを取って県選抜に選ばれたバンドなの。しかも高校生のガールズバンド」

「ガールズバンド!?」


 驚いて目を見開く大和。まさか市内で開催された2会場の予選大会のどちらもガールズバンドがグランプリを取っていたとは意外だった。しかも2バンドとも選抜に選ばれている。そもそも電話予約を受けた時に相手は女声だったのだから、その時点である程度は察してほしいものだ。


「どんな曲るの? 上手いの?」

「さぁ、それは聴いたことがないからわからない。ただ、アップテンポなアイドルのカバー曲で予選大会に出たってことまでは調べた」


 そのように答える杏里。すると、カランカランと入り口のドアが鈴を鳴らしたので、大和はリハーサルのためにそのガールズバンドが来たのだと思った。大和は急いでPAコーナーを出て入り口に向かった。


「よっ! 大和さん!」

「なんだ、古都かよ……」


 現れたのは古都である。綺麗なミディアムヘアーを靡かせて、明るい表情を浮かべた古都は大和を捉えるなり、右手を上げて挨拶をする。しかし大和の反応ですかさず表情を不満げに変える。


「なんだとはなんだ!」

「なんで表から入って来たんだよ?」

「なんでって、掛札がOPENになってたから」


 この時間帯ならいつもは裏から入ってくるのに表から入って来たことを大和は言っているのだが、そもそもステージ予約をしているバンドがいるので鍵は開けてあったのだ。ただOPEN表示とは言っても、開場16時、開演17時、20時まで貸切り営業と書かれたブラックボードも置いてある。

 それなのに背中にギターのギグバッグを背負った古都は、店のホールまで進むなりつぶらな瞳を見開く。


「テーブルがない!」

「前から今日は20時まで貸切りって言ってるだろ?」


 表のブラックボードにも書いてあるのにやれやれと内心嘆息する大和。そして面倒だと思ったが居合わせた杏里が、この日のステージの予定などを説明した。すると……。


「ガールズバンド!?」


 プロデューサーに続いて地区大会の出演者を把握していないバンドのリーダーである。しかし古都にはまだ疑問が残るので続けるのだ。


「のんはなんでいるの?」

「今日は書店のバイトを休んでPAスタッフのお手伝い。これもバイトよ」

「なっ! 抜け駆け!?」

「言いがかりね。私が大和さんとイチャイチャお仕事するのがそんなに羨ましいなら、機械の操作を覚えればいいじゃない」

「むむー」


 くっくっくと笑うのは杏里だが、お決まりの掛け合いに大和は頭をかく。


 バックヤードの機械には少しずつ慣れてきた古都であるが、先日美和と作曲をした時は、美和の助けがあってこそ録音ができた。恐らく1人ではパソコンにあるソフトも満足に扱えなかっただろう。だからPAコーナーの機械操作は古都にとって難易度が高い。

 とは言え、美和でもバックヤードの機材をなんとか覚えている程度に過ぎない。その点希はデモCDを作った時に既にそれらも覚えた。


「古都は何しに来たのよ?」

「何ってこの背中を見てわからぬか? せっかく学校もバイトも休みの日だから大和さんを独り占めしたく……、えっと、大和さんとギターの練習をしたくて来たんだよ」


 つまり古都は大和との時間を過ごしたかったのだ。とは言え、GW中の地区大会を前に気合が入っているのも事実である。更にダイヤモンドハーレムは地区大会の前日に対バンライブも決まって、気分はかなり前向きだ。しかし。


「僕はこれからリハだから、1人でバックヤードで練習してろよ。ヘッドフォン使ってこっちに音が漏れないようにな」

「うぅ……、ちくせう」


 思惑通りに事が運ばず古都はとぼとぼとギターを背負ったままバックヤードに消えた。


 カランカラン


『こんにちはー!』


 古都が消えてすぐにドア鈴が鳴り、その直後に聞こえてきた黄色い声。大和は今度こそステージ演者が来たと思った。そして足早に入り口まで向かう。


「ステージ予約をしてるピンキーパークです」

「こんにちは。こっちに来て」


 間違いなく出演者であった。大和は彼女たちを店内に案内する。

 ピンキーパークと名乗ったこのガールズバンドは4人組だ。しかし大和が見たところギグバッグを背負っているのは2人だけなので、ダイヤモンドハーレムとはパート構成が違うとすぐに悟った。


 注意事項や確認事項をホールで済ませてリハーサル開始のためステージに彼女たちを上げると、ボーカルギター、ベース、キーボード、ドラムの構成であることを大和は把握した。そこで彼は動いた。


「キーボードも前に出して、ドラムは中央に置いたT型配置がいい?」

「できますか?」


 これはステージ上の各パートの立ち位置を言っているのだが、それに対してボーカルギターの女子が答えた。ゴッドロックカフェの基本配置は前面にギター2人分とベース、後方にその間からドラムとキーボードが顔を出せるようになっている。しかし今回はギターアンプを1台下げて、キーボードを前に出す提案だ。

 出演者が希望したので、大和は杏里と希にも手伝ってもらい、機材を移動させた。ドラムセットもボーカルの後ろの中央である。そしてリハーサルが始まった。


 見た目は若さ溢れる今時の高校生。容姿は悪くない印象だ。演奏技術は古都と同等かそれより上。美和には到底及ばないどころか唯と希にも及ばないという印象を大和は抱いた。

 ただこのピンキーパーク、選曲がそもそもアップテンポなアイドルのカバー曲を選択しているため、ステージが華やかだ。そして全体の演奏がまとまっているし、ワンマンライブをするだけの持ち曲がある。大和はリハーサルが終わり次第質問をした。


「結成歴長いの?」

「はい。中1の時に同じ学校のメンバーで組んだのでもう6年目です」

「長っ! て言うことは、今高校3年?」

「はい。高校は分かれてますけど、みんな市内の高校です」


 明るくハキハキと受け答えをするボーカルのメンバーに好印象を抱く大和。


「うぐっ……」


 すると突然足に激痛が。犯人は希だ。希は向かい合って話をする大和と出演者の間を割って通過し、その時に体重をかけて大和の足に嫉妬を載せたのである。


 やがて開場時間を経て開演を迎えた。ここは小さな箱で更に安価とは言え、地元で長くやっているバンドなだけあって、しっかりとチケットを捌いていたことに大和は感心する。客の多くは高校生であった。

 そしてまとまりのある演奏は本番ではより顕著で、ダイヤモンドハーレムにとっては同じ地区大会に手強いライバルがいるものだと大和は思った。開演と同時にバックヤードから出てきてPAコーナーに身を寄せた古都も、その演奏を希と一緒に真剣な目で観ていた。

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