第二十一楽曲 第二節
杏里を先に帰して閉店を迎えたゴッドロックカフェ。1人で片づけをする大和の耳にバックヤードからギターを弾き鳴らす音と、古都と美和の歌声が聴こえてくる。古都が美声の持ち主なのは周知の事実だが、美和もなかなか歌がうまい。しかしだ。落ち着かない大和は様子を見に行く。
「あのさ、時間大丈夫なのか?」
演奏を止めた制服姿の2人はとても真剣な様子で、その表情のまま大和を向く。その時の顔に思わず見惚れる大和だが、それに構うことなく古都が答えた。
「家にはちゃんと連絡してあるってライン入れたじゃん」
古都の言うメッセージは見ていなかったが、家にちゃんと連絡してあるならいいかと大和は頭をかく。日付は変わって日曜日であるし、そもそも春休みだ。それに22時以降の客席での滞在もしていない。短い髪の先端が大和の指に突き刺さる感触を感じながら大和は閉店作業に戻った。
古都と美和は今、山田から得たアドバイスを実行している。夜の作曲だ。
閉店作業をしながら大和は思考する。幸いにも22時を過ぎた時点でこの日は酒を飲んでいなかった。もうちょっとと言ってバックヤードを出ず、帰ろうとした勝の車にも乗りこまなかった古都と美和。自分が送迎をしようと腹に決めて、その先もアルコールは入れなかったので足の問題はない。
店内のBGMは既に切ってあるが、バックヤードから微かに漏れる歌声がそれこそBGMであるかのようだ。はっきりとは聴こえないものの、大和はそれなりに期待が膨らむ曲調だと思った。
やがて閉店作業を終わらせた大和はバックヤードからの音が止んでいることに気づく。創作は終わったのだろうか。既に夜中の1時を過ぎているが、これから送迎のつもりだ。とは言えまだ事務処理もある。しかし送る方が先かと思い大和はバックヤードに戻った。
すると大和は室内の光景に目を疑う。なんと古都も美和も椅子を2つ並べ、上体を倒して寝ていたのだ。
「マジかよ……」
ここに毛布はないので2人ともブレザーを代用しているのだが、まだ寒い季節なので風邪を引かないかと心配になる。そんな心配をしながらも、古都がメッセージを入れたと言っていたことを思い出し、大和は一度スマートフォンを確認した。
『私も美和も今日は泊まるって家に連絡入れたよ〈明るい顔の絵文字〉さすがにいつもお店って言うのもあれだから、お互いの家に泊まるって言ってある〈ピースの絵文字〉』
「……」
呆れて言葉も出てこない大和。送るつもりでこの状況をどうしようかと思考していたのに、2人とも別の発想をしていた。倫理的にあまり宜しくないこの状況に思わずため息が漏れる。
とにかくこのままでは体調が心配なので、大和は自宅から布団を1組店のステージ裏の控室に下した。そして小上がりの畳の上に元々あった自分用の布団と合わせて2組を敷いた。それが終わってバックヤードに戻ってきた大和。
「さて、どうしたものか……」
起こすのも可哀そうだ。そうかと言ってこのままにしておくわけにはいかない。躊躇するものの、不可抗力だと自分に言い聞かせて大和は行動に移った。
まずは美和の前に立つ。
「う……」
機材が敷き詰められた4人掛けのボックステーブルを向いて寝ている美和。それは古都も同様なのだが、大和は初めてその寝顔を見る。しかも照明が点いたままの明るいバックヤードだ。
――可愛いな。
ブルブルと一度頭を横に振って意識を整えた大和は、美和の体の下に手を差し込む。そしてそのまま美和を抱き上げるとバックヤードを出た。歩くたびにスカートが重力に倣ってずり上がるので、大和は動揺する。見てはいけないと思いつつどうしてもその絶対領域に意識が向く。
――ごめん、ちょっと見えた。しかしこんなに軽いんだ。寒いけど布団まで我慢してな。
心の中でそう言葉をかけて大和は控室に美和を運ぶと布団に寝かせた。そして毛布と掛け布団で美和を覆うともう一度その寝顔を目に焼き付ける。制服のスカートが皺にならないか心配だが、整えようとすればデリケートな部位に触れなくてはならない。連休に入ったことだし皺になったところでクリーニングに出すのかなとその事実から目を逸らした。
大和はバックヤードに戻った。次は古都で、美和の時同様大和は古都の前に立つ。
「う……」
古都の寝顔は見たことのある大和だが、明るい場所で見るのは初めてで、その可憐さに思わず目を奪われる。これほどの寝顔なら大晦日のお泊り会の時にしっかり4人とも見ておけば良かったなんてことまで頭に浮かぶ。しかしその邪心が一瞬で自己嫌悪させるのだ。
大和は再びしっかり意識を保つと古都を抱き上げた。
――古都も軽いな。
高校生ながらいつもアルバイトと楽器の練習に励んでいるメンバー。その華奢な体に疲れは溜まっていることだろう。大和はメンバー全員に対して労う気持ちを胸に、古都も控室に運んだ。そして美和の隣の布団に寝かせ、毛布と掛け布団を掛けると古都の寝顔もしっかりと目に焼き付けた。その時。
「やまとさん……ありがとう」
ごにょごにょっとした声量で古都の口が開く。大和は古都が起きているのかと思いドキッと肩を上下さた。するとほんの少しだけ古都の口角が上がり、彼女は薄っすらと瞼を上げた。そして眠そうなか細い声で言うのだ。
「大和さんにお姫様抱っこしてもらっちゃった」
「う……」
「えへへ。幸せ」
頬をポリポリかきながら明後日の方向に視線を向けた大和。その時に視界に入った美和は穏やかな寝顔を浮かべていた。
「早く寝ろよ」
「うん、おやすみなさい」
「おやすみ」
そう言って大和は照明を常夜灯に切り替えると控室を出た。
バックヤードに戻った大和は事務処理を済ませようとパソコンデスクに着く。
「あれ?」
大和はパソコンに向き合って気づいた。作曲のためのソフトが開きっぱなしである。それはいいのだが、データが2曲分増えている。大和は気になってそれを開いた。
するとスピーカーから流れてきたのはエレキギターの歪んだサウンドと、打ち込みの機械的なドラムビート。そしてコードのみのイントロに続いて耳に心地いい女声。古都の歌声である。
「へー。できたんだ」
まだ歌詞のないその曲を「ららら……」と口ずさんで歌っていて、大和は聴いた途端感嘆の声を上げた。それは大和が初めて聴く曲で、この日ここで古都が作った曲だとすぐにわかった。実際、メモ欄を見てみると作曲は古都になっている。
その1曲が終わって次に再生させたのは美和の作った曲だ。こちらもこの日できたばかりの曲で、作曲が美和だと書かれているし、メロディーを吹き込んでいるのは美和の歌声なのでわかる。
「ほう」
これまた感嘆の声を上げた大和。先に聞いた古都の曲に劣らず、この美和の曲もなかなかいい曲だと思った。やはり歌詞はまだないようで「ららら……」と口ずさんでいる。
大和は触発されてしまった。そう、創作意欲を。この曲を演奏しているダイヤモンドハーレムのイメージがどんどん頭に流れ込んでくる。大和は今すぐに楽器を演奏したい衝動をなんとか抑えて、手早く店の事務処理を済ませた。
いつもならこれで自宅に上がって床に就く大和だが、一度沸き上がった創作意欲が鎮まらない。それは眠気をどこかに飛ばす。いつもは歌詞ができてから
大和は楽器を手に取る前に一度バックヤードを出て控室に入った。常夜灯の薄暗い光に照られた作曲者2人は相変わらず天使のような寝顔を浮かべている。大和は古都と美和の髪を一回ずつそっと撫でた。
「よく頑張ったな。凄くいい曲だよ」
薄暗い部屋の中で細々とした大和の声が微かに響く。大和は達成感に包まれているようにも感じる2人の寝顔をもう一度目に焼き付けて、バックヤードに戻った。そしてギターを握り、できたばかりの曲の飾り付けを始めた。
それは明け方までかかった。しかし2曲ともそれなりの形になった。外は既に薄明るくなっていた。
「ふぅ」
大和が一息吐くと一気に眠気が襲ってきた。今から屋外階段を上がるのも億劫だと感じた大和は、当初古都と美和がしていたように椅子を並べて横になる。少しだけ休憩をしたらちゃんと寝ようと思った。
数時間後に起きた古都と美和は、大和の寝顔を見ながら
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