第二十一楽曲 第一節
終業式のこの日、ミーティングを終えてから定期練習を開始するまでのメンバーの行動は2組に分かれた。
希と唯はステージで個人練習をし、杏里はゆっくり店の開店準備をしながらそれを見守った。古都と美和はバックヤードで大和と一緒に創作をした。それは大和から作曲を教えてもらった時期以来のことで、実に久しぶりのことである。
「なんか……」
徐に手を止めて美和が呟く。それに大和も手を止めて反応した。
「どうした?」
「何でもいいって思ってメロディー並べたらそれこそ何でもできちゃいますけど、これっていうのはなかなかできないですね」
「ははは。まぁ、そんなもんだよ。むしろそれはしっかり拘って創作に向き合ってる証拠だから」
なかなか納得のできる曲が浮かばないのが難しいところである。一方、古都は眉を吊り上げて難しそうな顔でギターを弾き鳴らしていた。メロディーも口ずさんでいて、それを微笑みながら大和が見る。
「古都はどう?」
「うぅ……」
大和の問い掛けに吊り上げた眉を途端に垂らした古都は、悲壮感に満ちた表情を見せる。どうやら彼女も状況は芳しくないようだ。
「ははは。今は色んな曲を弾いて、色んなフレーズを作ってみて、それで経験を積むことだね」
「なんか、あと一歩なんだけど、あとちょっとで出てきそうなんだけど……」
「あ、古都も? 私もそうなんだよ。すっきりしない」
古都の意見に美和が同調するも、大和は穏やかな表情でその様子を窺っていた。
「美和もなんだ。本当すっきりしないよね……」
「うん。とにかく続けることだよね。そうしないと出てこないから」
「そうだね」
すると大和のスマートフォンが着信を知らせた。大和は発信者の名前を見てはっとなる。
「ごめん。2人で続けてて」
「あ、うん」
大和はギターを立てかけるとバックヤードを出た。ホールで練習をするベースとドラムの音が裏まで響いてくる。大和はそのまま裏口のドアを開け、屋外まで出た。
「もしもし、菱神です」
『ジャパニカンミュージックの吉成です。お世話になっております』
「こちらこそお世話になっております」
電話の相手は吉成で、大和はその吉成と丁寧に挨拶を交わす。また依頼をもらえるのだろうかと大和の期待は膨らんだ。しかしすぐに本題に入った吉成からの用件は違った。
『もし良かったら1日の夜にお食事でもいかがですか?』
吉成からの用件は会食の誘いであった。4月2日に吉成の会社で入社式があるのだが、その前に吉成は出張で地方に出ているそうだ。それで前日には東京に戻るつもりでいるが、大和と会えるなら予定を変更して、通り道であるこの県の都心で1泊するのだと言う。
「わざわざ寄ってもらえるんですか?」
『わざわざだなんて、せっかくなので当然ですよ。楽曲の方で大変お世話になっておりますから』
事実結果を出している大和だからそれがリップサービスではないことはわかるが、思い返せばダイヤモンドハーレムのU-19ロックフェス各店予選の日だ。つまり日曜日であり、本来は休日だろうと恐縮もする。しかし吉成は続けた。
『それに来年度から菱神さんにも当社の担当をつけさせて頂きたいと思っておりまして、その者の紹介も兼ねてと思っております』
「担当ですか?」
『えぇ。今までは私が窓口となって1年間やらせて頂きましたが、菱神さんにはこれからもっとご活躍頂きたいと思っております』
「そのように評価して頂いて光栄です」
『当然のことです。ただ私は役員でもあるので、なかなか時間が取れず満足にやり取りができません。それで窓口となる担当をつけたいと思います』
評価されているが故の打診であり、大和は吉成の言葉を嚙みしめた。
「ぜひお願いします。会食も予定は大丈夫です」
『それは良かった。では詳細は追ってメールでお知らせします』
いい報せであった。夜の会食ならダイヤモンドハーレムのステージの後、かなり時間に余裕もある。何も問題がないどころか喜ばしい。
ポケットにスマートフォンを突っ込むと大和は店に戻った。しかしバックヤードに入らず、ステージの様子を見にホールへ向かった。その時、唯と希は手を止めていてホールで円卓を杏里と囲っていた。
「あ、大和さん。今ちょうどお花見をしようって話をしてたんです」
「ん? 花見?」
唯から言われた思わぬ話題にきょとんとする大和。それを見て杏里が説明を引き継いだ。
「予選大会の後に観に来てくれた常連さんや学校の友達も呼んで、川沿いの公園でやろうって話をしてたの」
「う……」
思わず言葉を飲む大和。杏里の言う川沿いの公園とは市内での桜の名所だが、それよりも今しがた夜の予定を組んだばかりだ。予選大会は日中に終わるが、その後となれば花見は夕方だろう。そんな大和の様子を見て希が冷ややかな視線を向ける。
「何? 都合悪いの? まさか私たちのステージの後に予定を入れてるんじゃないでしょうね? まさか私のステージの後に」
正に彼氏を尻に敷く彼女のような言いぐさである。肉食系の発言そのままの希に大和は一瞬怯むが、乾いた笑みを浮かべて答えた。
「あはは。じゃぁ、途中まで参加しようかな」
「途中までって何よ?」
しかし一切逃がすつもりがない希。その目は相変わらず突き刺すように冷たい。
「えっと、夜に食事の予定を入れちゃって……」
「は!? まさか女じゃないでしょうね?」
間髪入れず質問を挿し込む希。唯も気になっている様子でそのやり取りを見守る。一方杏里はニヤニヤしながら聞いていた。興味津々であり、野次馬根性丸出しで楽しんでいる。
「違うよ。ジャパニカンミュージックの専務とだから仕事の会食だよ」
「ふーん。それなら仕方ないわね。今回だけは許してあげる。次はないから」
ほっと胸を撫で下ろす大和だが、すぐに思い当たる。恋人同士でもないのになぜ希の許可が必要なのだ? ただそうは思っても彼女には通じないであろうから口を噤む。
その後定期練習を経て時間は流れ、21時になった。常連客を迎えて賑わう土曜日のゴッドロックカフェ。BGMはハードな洋楽ロックでそれが店内のサウンドを彩る。古都と美和は機械系工場員の山田を挟んでいた。おっさんが挟まれるのも珍しい構図なので山田の鼻の下は伸びている。
「これ! っていうのがなかなか出てこないんですよぉ」
「そうなんです。どうしても納得のできるフレーズにならなくて」
古都と美和がレモネードを片手に創作の悩みを口にする。鼻の下を伸ばしきった山田はビールグラスを片手に上機嫌だ。
「俺もオリジナル曲は作ったことあるけど、どうしてたかなぁ。……あ、そうだ。夜中に作ってたわ」
「ん?」
「夜中ですか?」
一度考えてから思い出した山田の言葉に古都と美和は反応する。2人はそのまま耳を傾けた。
「これは持論かもしれないけど、なんか夜の方が自分の世界に入れて感性が研ぎ澄まされるような気がするんだよ」
美和も古都もふと思い返してみる。初めて作曲をしたのは大和に教わった日だから昼間であった。しかし2曲目は家で夜に作っていた。そしてその時の創作は勝手に音が並ぶようにスムーズだった。古都に至っては傑作曲にもなっている。
「美和!」
「うん!」
古都と美和はギラギラした表情で顔を見合わせた。山田は表情の晴れた2人に満足するも、どういう意思を疎通させたのかは解せない様子だ。すると古都がカウンターの中にいた大和に言う。
「大和さん!」
「ん?」
「今からバックヤードに入る!」
「え? あ、うん……」
勢いが良すぎる2人に気圧されて、考える間もなく大和は承諾した。そして立ち上がった古都と美和はカウンターから離れ、裏に消えた。
その様子をぽかんと目で追っていた山田。まさか自分のアドバイスで両手の花がするするっと飛んで離れていくとは思ってもいなかった。
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