第二十一楽曲 第三節

 迎えたU-19ロックフェス各店予選大会。備糸市民会館小ホールの客席に座るのは大和だ。その横に杏里と響輝もいる。備糸市内でのローカルライブなのでこの2人が観に来てくれたことが大和は嬉しい。このまま都心のライブハウスでも観に来られるようになればと大和は期待を抱く。


 出演は全10組で各組の持ち時間は入れ替え込みの15分だ。演奏できる曲は2曲である。この日のためにダイヤモンドハーレムが用意したのは、2週間前に古都と美和がそれぞれ作った2曲だ。

 当初大和は詞もまだない編曲アレンジまでがなんとか形になっただけの2曲を、たったの2週間でステージ演奏することに難色を示した。しかしメンバーはやりたいと言い張った。つまり意見が分かれたわけだが、決定打は杏里の一声だった。


「今まで古都と美和が作った曲は大和との合作になってるんでしょ? 古都が1人で作ったヤマトも封印中なんだし、せっかくメンバー名義の単独作曲でエントリーシートに名前が書けるんだかららせてあげればいいじゃん?」


 これに納得した大和はこの日のステージで演奏をさせることを決め、これまでこの2曲を集中的に練習させてきた。

 演奏を見ては各パートに意見を出して編曲アレンジの修正をかける。詞は古都が叩き台を書いてきてこれも演奏をしながら、そして自宅に持ち帰っては修正を重ねる。そんな2週間を経てこの2曲はやっと、ステージ発表ができるだけのクオリティーに仕上がった。

 1年間の活動で演奏技術も伸びているダイヤモンドハーレムなので、技術面の大和の不安は杞憂に終わったし、創作面もなんとか納得している。


 今ステージではダイヤモンドハーレムのメンバーがセッティングをしている。次の出番であり、客席で大和と杏里と響輝はその様子を見守っていた。雛壇式になった座席ありの客席で、大和たちの視界に店の常連客や備糸高校の生徒の後頭部が多数見える。


「いよいよだね」

「だな」


 大和の隣で杏里が楽しそうに言うので、更にその隣の響輝が答える。ゴッドロックカフェで行ったデビューライブ前のリハーサルライブと、学園祭のステージしかまだ目にしていない杏里と響輝は、彼女たちの演奏が観られるこの日を心待ちにしていた。


「すっごいいい曲に仕上がってんだよ」

「へぇ、それは楽しみだな」


 杏里が誇らしげに言い、まだ当の2曲を聴いたことがない響輝が興味を示す。と言っても響輝は杏里から今までそのように散々聞かされてきたので、その押しにちょっと疲れていつつも、しかし以前から興味を抱いていた。


 ステージ上ではメンバーがセッティングを終わらせると、彼女たちは各々のポジションに就いた。キラキラした表情の古都がマイクを通して言う。


『ダイヤモンドハーレムです。よろしくお願いします』


 その後すかさず希のカウントが入り1曲目のイントロが始まった。

 1曲目は美和が作曲をした曲で、マイナーコードを多用したもの悲しいメロディーながら、編曲アレンジはハードであり、それでいてヘビーなサウンドに寄っているとも言える。


「ほう」


 イントロからAメロに入る頃に響輝が唸った。美和のイントロでのギターリフの演奏技術の高さと、古都の美声を活かして聴く者を惹きつける音域から入ったAメロ。つまり掴みがいいと言える曲で、響輝はそれに感嘆した。


 やがてBメロ、サビ、間奏などを経て終奏アウトロにて演奏は終わった。

 後方にいる大和にその表情は計り知れないが、軽音楽に耳の肥えた常連客たちは皆一様に聴き入っていた。その表情は真剣で、ダイヤモンドハーレムの演奏からノリを刺激されるが、座席でじっと座るこういう機会だからこそいつもにも増して目と耳をステージに集中させた。


 そして間髪を入れず2曲目が始まる。それは古都が作曲をした曲で、軽快でポップなメロディーだ。いつものとおりハードな編曲アレンジはしているのだが、メロディーのイメージに倣ってポップ寄りである。


「へぇ、これもいいじゃん」


 途中再び感嘆の声を上げたのは響輝である。大人しく聴いているが故、その声量は小さく隣の杏里の耳にも届かない。しかしここまで曲が作れるようになったのかと素直に評価していた。尤も、編曲アレンジが大和であることは理解しているが、それを活かすのは伸びた彼女たちの演奏技術なので、やはり感心する。

 この曲もノリを刺激させるが、ゴッドロックカフェの常連客達は1曲目同様大人しく聴いていた。そして皆感じるのは同じで、その楽曲の良さを評価し、そして彼女たちの成長に目を見張る。初心者もいた中、1年でここまで技術と感性を伸ばしたことに皆が舌を巻いていた。


 やがて与えられた時間で2曲を演奏したダイヤモンドハーレムはステージ袖に捌けた。その後、数組の演奏を経て迎えた結果発表。ダイヤモンドハーレムはこの予選大会で見事グランプリを獲得した。


 応援していた備糸高校の生徒はその結果発表で皆一様に盛り上がっていたが、経験値の高い元クラウディソニックの関係者とゴッドロックカフェの常連客達からすれば、他を寄せ付けない圧倒的な実力差でのグランプリ受賞であった。

 これで選抜まで選ばれればGWゴールデンウィークに地区大会であるが、これだけ演奏ができるのなら選抜は然して不安はないだろうと楽観できる。それよりも地区大会で他にどんなバンドが出てくるのか、それが楽しみでもあり気になるところでもあった。


 ライブが終わったホール外のホワイエでダイヤモンドハーレムのメンバーはそれぞれ学友と常連客に囲まれる。


「美和、演奏も曲もすげー格好良かった」

「うんうん、鳥肌立ったよ」

「ありがとう、正樹、江里菜ちゃん」


 美和は正樹と江里菜と対面し笑顔を見せる。その近くで唯は姉の彩と話していた。


「ステージかなり様になってきたね」

「本当!?」

「うん。指弾きってなんか格好いいね」

「そうかな。奏法の1つとしてピック弾きも練習は続けてるんだけど、指弾きの方が私には合ってるみたい」

「そっか、そっか。凄く良かったよ」

「嬉しい。ありがとう」


 因みに唯を推している常連客の高木は、日曜日は出勤日のため昼間のステージは見に来られない。今頃職場で指を咥えて……、いや、真面目に接客をしている。

 唯から少し離れた場所では希が常連客の木村と兄の勝に挟まれていた。


「のぞみぃ~、グランプリおめでとう」

「ん」

「希ちゃん、ステージでの笑顔にまた萌えちゃった」

「そうですか」

「うんうん。ね? お兄さん」

「だぁかぁら~。木村さんにお兄さんって呼ばれる筋合いはないって」


 なんだかくだらない会話なので次へいきたいと思う。その近くにいるのは古都で、華乃をはじめ、1年生時のクラスメイトに囲まれていた。古都のファンの眼鏡を掛けていること以外これといった特徴のない男子生徒が言う。


「2曲目は雲雀の作曲なんだって?」

「そうだよ」

「作詞も全部雲雀なんだろ? すげーなぁ」

「えへへ、ありがとう」


 だからその笑顔が男を虜にするし、女子からの反感を買うのだ。とは言え、古都は無意識にしていることなので、これこそ彼女の魅力でもあるのだが。するとそのやり取りを聞いていた華乃が口を挟む。


「まぁ、正直凄いと思うわ」

「おお! それは何に対してだい? 親友よ」

「はぁ……。素直に褒めるのは癪だけど、たまには素直に褒めてあげよう、なんちゃって親友よ。曲も詞も良かったし、それから演奏も上手くなったわね」

「へへん。……と素直に胸を張りたいところだが、なんちゃってが余計だよ」

「素直にない胸を張っときなさいよ」


 そんな様子を遠巻きに見守るのは大和である。この日のステージに大和は一定の満足をしていた。そこへ杏里が声を掛ける。


「当たり前とは言ったものの、良かったね、グランプリ取れて」

「うん、ほっとした」


 すると杏里と一緒にいた響輝も会話に加わった。


「子猫ちゃん達のステージってなんかいいな。活気があって」


 響輝のその言葉が誇らしく感じた大和。それと同じくらい大和は響輝と杏里が軽音楽のステージを観に来てくれたことが嬉しいのだ。


「よーし、じゃぁ花見行くから移動すっぞー」


 全体に向けて声を張ったのは常連客の山田だ。グランプリの余韻もそこそこに、彼の一声で一行は市民会館を後にした。

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