第十六楽曲 第六節
多くの嵩張る機材に囲まれたダイヤモンドハーレムのメンバー。そのステージ袖で唯が泣きそうな表情で言う。
「本当に杏里さん、大和さんを連れて来てくれるかなぁ……」
「大丈夫だよ。杏里さんが任せてって言うんだから」
美和が唯の肩を摩って励ました。
ステージでは演劇部が発表をしている。機材を運んでくれた野球部は演劇部の小道具や背景の張りぼてを運ぶアシスタントがあるため、ステージ袖に残っている。
有志発表の持ち時間は入れ替えを合わせて20分だが、演劇部は文化部としての発表のためそれより長い。その演劇が終わるまでダイヤモンドハーレムはここで待機する。20分の持ち時間でできる曲は3曲だ。
「ちょっと! あなたたち!」
そこへ現れたのは生徒会役員の2年生の女子生徒だ。眼鏡をかけていてキリッとした表情の彼女は、外見だけでいかにも融通が利かなそうだと判断できる。演劇部が本番中のためその生徒会役員は声を抑えているものの、口調は荒々しい。
「何なの? この大荷物は!」
それはアンプやドラムセットを見てのことだった。それもそのはず。プログラムではこの後、1年9組の男子生徒による漫才になっているのだから。
生徒会は学園祭実行委員の筆頭であり、生徒会役員の彼女のその腕には「実行委員」の腕章がつけられている。メンバーは一様に早速の障害が発生したと思った。しかし落ち着いていて、美和のクラスメイトの男子生徒が打ち合わせどおりに言う。
「あれ? 漫才の小道具に機材各種って書いて提出してますけど?」
「は?」
開き直って言う美和のクラスメイト。虚を突かれた生徒会の女子生徒は慌てて手元のバインダーに挟まれた資料を確認する。
「た、確かに書いてあるわね。けど、これは明らかに楽器じゃない。こんなの聞いてないわ。あなたたち漫才でしょ? こんな物何に使うのよ?」
「漫才ですよ。先輩、テレビとか見ない人っすか? 今時楽器使って漫才やコントしてるお笑い芸人たくさんいますよ?」
「むむ……」
途端に難しそうな表情をする生徒会の女子生徒。この光景に何かとダメ出しをしてやりたいが、書類上は問題がない。それを内心ほくそ笑んで見守るダイヤモンドハーレムのメンバー。いや、唯だけはうまく切り抜けられるのかビビッている。
「わかったわ。この後しっかり発表を見させてもらうわ」
「あざーっす」
「それで彼女たちは?」
「あぁ。機材運びを手伝ってくれるクラスメイトとその友達っす」
「どう見ても重そうな荷物よ? それを男子じゃなくて女子に手伝わせたの?」
「ん? 問題ありますか? 彼女たちがやってくれるって言ったんですよ。女子だとダメなんすか? 男女差別っすか?」
どういう言い分だ。さすがにここまで打ち合わせてはいないのでその言葉の返しに内心で爆笑するダイヤモンドハーレムのメンバー。これだけ口が回るから漫才でツッコミがやれるのだろうと感心する。尤も、そのネタを見たことはないのだが。
「何よもうっ! 生意気ね!」
生徒会役員の女子生徒は悔しそうに悪態を吐いてステージ袖から離れた。それを見送って小声で「いぇーい」とハイタッチを交わすダイヤモンドハーレムと漫才コンビ。うまく切り抜けて満足していた。
すると古都のスマートフォンが振るえた。杏里からのメッセージである。
『響輝と学校到着。ちゃんと大和も連れて来たよ』
更に顔が綻ぶ古都。すぐさまそれをメンバーに見せる。唯に至っては涙目で喜びを表していた。杏里が約束を守ってくれて嬉しさが込み上げる。
その頃、椅子が並べられた体育館のホールには杏里と響輝と大和がいた。客席後方である。そんなところに迷わず大和が腰を下ろすものだから杏里が言う。
「もっと前で見ないの?」
「いいよ、ここで。――はぁ……」
「そんな大きなため息吐かないの」
表情の晴れない大和を咎めるように杏里が言う。その様子を見ていた響輝も続く。
「そうだよ。せっかく子猫ちゃんたちが自分たちだけで立つステージだぞ? 3週間とは言え、どれだけ成長したのか見たくないのか?」
「そりゃ見たいけどさ……」
「まぁ、今日は俺たちの過去のことは気にするなよ。せっかく招待してもらったんだからステージを楽しもうぜ?」
「うん……」
「それにしても招待者の名前が正樹君たちになってたとはね」
杏里が笑って言う。
この学園祭の有志発表の推薦が流れたことをきっかけに、ダイヤモンドハーレムとクラウディソニックの繋がりが学校側に知られてしまった。それまで知っているのは長勢教諭だけであった。それなのでメンバーの誰かがこの3人を招待すると、学校側が言いがかりでもつけて干渉してこないかと懸念をしたのだ。
そこでメンバーは勉強会でゴッドロックカフェに行ったことがあり大和と面識のある、古都のクラスメイトの華乃と、唯のクラスメイトの江里菜と、美和のクラスメイトで幼馴染の正樹から3人の招待申請をしてもらったのだ。1人が3人まとめて招待すると引っかかる可能性もあるので、1人につき1人の招待という徹底ぶりだ。
やがてステージ上の演劇が終わるとステージ袖に捌けてくる演劇部。その部員と一緒に野球部がステージの小道具をステージ袖に運ぶ。それと同時に緞帳の下がったステージに機材を運び入れるのはダイヤモンドハーレムとお笑いコンビだ。アンプのセッティングやドラムセットの組み立てを順調にこなす。
そして全員が一度ステージ袖に戻って来ると緞帳が上がった。客席に顔を覗かせるアンプとドラムセット。アンプの前には大和たちに見覚えのある弦楽器が立てられている。大和たち3人は慌てて同時に手元のプログラムを見る。
「ちょ、次って漫才になってるけど?」
杏里の声は驚きで上ずっていた。と言うか、ここに来て初めてダイヤモンドハーレムの出番がいつなのか、大まかな時間しか聞いておらず、詳しいプログラムまで把握していなかったことに気づくから鈍い。しかも、手元のプログラム用紙にダイヤモンドハーレムの名前がないどころか、軽音楽の発表すらもないことにも気づく3人。
緞帳が上がりきると同時に体育館に響くアナウンス。
『続きましては1年9組の生徒による有志発表です。仲良しコンビが漫才を披露してくれます。お楽しみください』
その言葉を聞いてステージ袖から軽快に中央のマイクに駆け寄る美和のクラスメイト。大和たちは一様に狐に抓まれた顔をしている。
『こんにちはー。お笑いコンビ・ビイト21世紀でーす』
『でーす』
『ちょっと待ったー!』
その声を聞いて大和の顔が青ざめる。するとすぐにステージ袖からマイクを持った制服姿の古都が出てきた。響輝と杏里は口を開けてぽかんである。
『このステージは私たちダイヤモンドハーレムがジャックする!』
『は? 何言ってんだよ?』
棒読みもいいところである。大根役者も顔負けのお粗末なやり取りだ。客席はステージを見守っているが、体育館の壁際に綺麗に一列に立っていた教職員がざわつき出す。そして慌てたのは生徒会をはじめとする学園祭実行委員だ。この時客席にいた生徒会はすぐさまステージ袖に向かった。
するとステージでは、とてもグダグダなアクションを古都と美和のクラスメイトの漫才コンビが繰り広げ始めた。客席は完全に冷め切っている。
『うわー、やられたー』
やられ役を全うした漫才コンビは足早にステージ袖に捌けた。すると古都がマイクを使って言う。
『はっはっは。ジャックはできた! みんな来てー!』
その言葉を合図に制服姿の美和、唯、希がステージに上がる。それを見て大和たちは気づいた。自分たちのやり方でステージに立つと言ったダイヤモンドハーレム。その方法がまさかステージジャックとは……。
大和はただでさえ学校からいい印象を持たれていないのにこんなことをして、それこそただでは済まないと余計に青ざめる。杏里は口を開けたままだ。響輝はもう笑っていた。そして状況をまだ把握できていない教職員の列で唯一頭を抱えているのは長勢教諭だ。
その頃、ステージ袖には生徒会が勢いよく入ってきた。
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