第十六楽曲 第七節

 実行委員である生徒会の目的は舞台袖にある階段、その先にある音響室だ。そこにはマイクの操作盤も緞帳を下ろすスイッチもある。しかし音響室で防御に立ったのは美和のクラスメイトの漫才コンビである。元々室内にいた実行員は締め出され、漫才コンビが室内で鍵をかけている。


「ちょっと! 開けなさい!」


 扉をドンドンと叩き怒鳴る生徒会役員の女子生徒。室内で漫才コンビは不敵な笑みを浮かべやる気に満ちていた。


「パンツとブラの分、しっかり働くぞ、相方」

「おうよ。もらってから毎日お世話になってんだ。ここは死守する」


 そんなことを言いながら目をギラつかせるが、生徒会にその言葉の意味はわからない。そもそも扉を隔てて声は届いていない。職員室に合鍵を取りに行く実行委員の生徒もいるが、漫才コンビは力づくでも開けるつもりはない。

 舞台袖でその喧騒を階段下から目にしているのは、演劇部の小道具を整理していた正樹をはじめとする野球部だ。しかし野球部はこの状況に落ち着いていて、淡々と自分の作業をしていた。


 すると体育館にマイクを通した古都の声が響く。ダイヤモンドハーレムのメンバーは既に各々のポジションでスタンバイを済ませていた。


『それじゃ早速1曲目! だけど、その前に! 椅子に座ったままなんて堅苦しい! 立てぇぇぇ! 全員ステージ前まで来ぉぉぉい! そして叫べぇぇぇ! 飛べぇぇぇ! 暴れろぉぉぉ! 弾けろぉぉぉ!』


 古都がそうシャウトすると古都の背後で希のカウントが鳴った。1曲目に選んだのは大和が作った曲で一番ノリが良く、美和の軽快な速弾きから始まる曲だ。

 それを耳にした瞬間、客席の古都のファンでお調子者の生徒たち数名が勢いよく立ち上がった。そしてステージ前に駆け寄る。

 その中には古都のクラスメイトで古都のファンの男子生徒もいた。彼はお調子者ではないが、この日に観られると思っていた古都のライブが観られないと知り、一度は落胆したものだ。それが今、憧れの古都がステージに立っている。喜びもひとしおである。


 客席の動きを見て華乃も江里菜もそれぞれ友達を連れてステージ前に駆け寄った。すぐにその輪は大きくなり、イントロが終わってAメロに差し掛かる頃には男女問わず百人を超える生徒たちがステージ前で盛り上がった。

 大和は青ざめたまま、杏里は口を開けたまま、響輝は笑った状態である。


 そして曲の途中でやっと「これってマズいことなのでは?」と疑問を抱く教職員が出始める。教職員の間でその疑念は広がりつつあるが、唯一確信している長勢教諭だけは頭を抱えたままである。

 しかし教職員の疑念はお構いなしに、生徒間ではステージが面白いことになっているとか、人気女子の雲雀がステージジャックをして立っているとかSNSで拡散され、体育館にいなかった生徒までもが続々と集まってきた。曲が中ほどまで進むと、ステージ前は元々体育館にいた生徒も含めて既に数百人が立ち見である。


 1曲目が終わったダイヤモンドハーレムはすぐさま2曲目に移行する。持ち時間は入れ替えを含めて20分。曲は3曲しかできないので素早い進行と、せっかく掴んだこのいいノリを続けたい。

 そして希のカウントで始まったイントロを聴いて、青ざめていた大和の表情は一変した。


 ――何だ、この曲?


 大和が聴いたことのない曲である。……であるかと思われた次の瞬間、Aメロを聴いて大和は脳天をハンマーで殴られたような感覚に陥る。と同時に鳥肌が立った。


「この曲、初めて聴いた」

「俺も」


 一緒にいる杏里と響輝も真剣な表情に変わって、興味を惹かれるこの曲に聴き入っていた。ステージ前の生徒達はその多くが初めて聴く曲ばかりなので変わらずノッている。そういう状態にありながら、古都の美声に酔ってもいた。そしてこの曲に心を掴まれていた。

 それは壁際に並ぶ教職員も同様で、ステージをジャックされたこの『マズい』状況をつい忘れるほどだった。


 一方、客席で座ったままの招待客の中には家族と来ていた古都の妹、裕美がいた。中学生の彼女はこの曲を聴いて、サビに差し掛かる頃には頬を涙が伝っていた。感動の余り、気づけば勝手に涙が出ていたのだ。


「あれから何の音沙汰もなかったけど、お姉ちゃん、この曲をちゃんと完成させてくれていたんだ」


 裕美は今ステージで演奏されている曲がまだ叩き台だった頃、最初に聴いたリスナーである。そう、ダイヤモンドハーレムのメンバーが今演奏している曲は、古都が作って大和がまだ今ではないと封印した傑作の曲である。


 大和に振られたダイヤモンドハーレムのメンバーは振られたその日に作戦会議をし、その席で美和がこの未発表の曲を話題に出した。そして大和からの評価が高いことを伝えたうえで、自分たちで完成させようと提案した。

 まさか高い評価をされていたことを知らない古都は心底驚いた。しかし美和が自身のスマートフォンに曲のデータをコピーして入れてあったので、それを唯と希に聴かせると2人とも表情を一変させた。そして全会一致で制作を決めたのだ。


 それから唯がキーボードでアレンジの案を数パターン用意し、美和がギターで飾り付けて、一番いいと思った案を採用した。同時進行で古都は詞を書いた。詞のテーマは『師弟愛』である。

 希は今までストイックに練習をしてきたが、編曲アレンジには初めて関わるので泰雅に教えを乞うた。そのレッスンはドラムのアレンジの仕方のみならず、ドラムの練習法やパターンまで多岐にわたった。この3週間で彼女は驚くほど演奏技術が伸びた。

 バンドとして演奏技術を高めるための練習は停滞させたくなかったメンバーは、定期のスタジオ練習は全体練習の形態を崩さず、全員での創作は専ら希の家で行った。そしてなんとかアレンジと詞を完成させ、この日のステージ演奏に漕ぎ着けたのである。


 その曲は聴く者の魅了したまま、興奮が最高潮の体育館で鳴り止んだ。もっと聴いていたいとさえ誰しもが思った。

 ここで古都が一度MCを入れる。しかしそれに対して大和はまた顔を青ざめさせる。また今回は大和のみならず響輝と杏里も同様で、それどころか曲に魅了されてしまい動けなかった壁際の教職員までもが動揺した。


『私たちはダイヤモンドハーレム! ここの卒業生、元クラウディソニックのYAMATOさんからプロデュースを受けているバンドです!』


 この言葉に教職員たちが一気に色めき立つ。さすがに『ヤバい』の疑念が確信に変わった。するとガタイのいい体育教師が声を張った。


「お前ら! これは学校行事だぞ! 何してんのかわかってんのか!」


 その声に反応した古都が体育館の壁際を向く。そして指をさした。


『そこの大人ども! もう一度言う! 私たちはここの軽音楽部出身で元クラウディソニックのYAMATOさんからプロデュースしてもらってる! 元メンバーのHIBIKIさんとも親交があって、何かと教えてもらってる! この学校のOGの杏里さんからはマネージングをしてもらってる!』


 瞬間、希がそれに応えるようにドラムを打ち鳴らし、それどころか美和と唯もそれぞれギターとベースを鳴らして応えた。事情を知らない生徒たちは盛り上げるためのMCパフォーマンスだと思っているので、歓声と拳を上げる。


「中止だ! すぐにステージを降りろ!」

『やーだよぉっだ』


 古都が軽口で言葉を返すとすぐさま数人の男性教諭が動こうとした。


『正樹!』


 瞬間、美和がマイクを通して声を張る。するとなんと、片付けのためステージ袖から出てきていた野球部が、その手に持つ演劇部の小道具や背景の張りぼてで、客席と教職員の間の通路を塞いだのだ。


「ちょ、おい、野球部! 早くそこをどけ!」

「あぁ、すいません。俺たちアスリートだから怪我をするわけにもいかなくて、丁寧に運んでるんです」


 悪びれた様子もなく野球部の2年生キャプテンが答える。

 張りぼてがバリケードの役割を果たすかのように、教職員を客席とステージのある空間から分断した。野球部員は皆一様にもたついていて、荷物運びのその列は一向に進まない。もちろん故意である。

 教職員は地団太を踏むが、焦っているので美和が正樹に指示を出したということにも気づいていない。つまり野球部がダイヤモンドハーレムと結託していることに気づいていないので鈍い大人たちである。それを見て古都はしてやったりの顔で客席後方を見た。そして指をさす。


『菱神やまとぉぉぉ!』


 突然古都から名前をシャウトされて大和の肩が上下した。隣にいる響輝と杏里も、ダイヤモンドハーレムがさすがにこんなことをするなんて思っていなかったので、気持ち悪い汗が滲むのを感じる。

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