第十六楽曲 第五節

 午前中、校門の前に到着した勝の車に駆け寄るダイヤモンドハーレムのメンバー。勝の5人乗り乗用車いっぱいに積まれた機材とドラムセットを下ろす。各々の楽器も事前に勝に預けてあって、それ以外の機材などが楽器店からのレンタルだ。


「のぞみぃ~、俺もステージ観て行っていいか?」

「事前に届けた卒業生と在校生の家族以外は入れないわ」

「俺、家族だろ?」

「お兄ちゃんはパパの籍に入ってないから苗字違うし、それをいいことにお兄ちゃんの名前は届けてない」


 荷物運びを協力させておいて何とも冷たい妹である。とは言っても、学校でいつものシスコンを全開にされては希も困るので、当たり前とも言えるのか。勝は備糸高校の卒業生でないことを悔やんだ。その前に希が届けていれば家族枠で入れるのだが。


 この日は備糸高校の学園祭当日だ。公立高校の備糸高校は私立の学園ほど派手な学園祭を開催しない。外部から在校生が呼べる招待も希が言ったとおり、卒業生と在校生の家族くらいである。しかも招待者の名前は事前に学校に届けなくてはならない。


 校門まで一緒についてきたのは美和のクラスメイトの漫才コンビ2人。機材運びの手伝いだ。所謂ローディーである。校内に男手があることは助かる。


 学校は既に始まっている学園祭の喧騒に包まれていて、普段の学校生活では違和感のある大荷物を運んでいてもそれなりに溶け込んでいる。周囲からの多少の視線は感じるものの、強く注目されることまではない。シークレットライブを前にこれは前向きである。そもそもそのステージはジャックする予定なのだが。

 またこの日は天気もいい。校門から校舎まで難なく機材は運べるし、一部校庭などを使うイベントも盛り上がっていた。屋内のイベントが大半ではあるものの、夕方から開催される後夜祭は校庭で行われるし、絶好の学園祭日和である。


「ふぅ。これを午後にまた、今度は体育館まで運ばないといけないのかぁ」


 3階にある軽音楽部の元部室まで機材を運ぶと、げんなりしたように古都が言う。ステージは午後からのため、既に行事が始まっている体育館にまだ機材は運べない。現在ステージを使っている発表者たちの小道具などでもうステージ袖はいっぱいだ。

 そしてこの特別教室棟の3階はほとんど人がいない。窓の外から学園祭の喧騒は漏れ聞こえてくるものの、使用される教室がないこのフロアは屋外とは対照的に物静かである。


「出番前の時は内緒で野球部も人を回してくれるって言ってたし、この人数に野球部が加わればだいぶ楽だよ」


 それでも美和がそう言うので古都は「そうだね」と言って笑顔になった。


 備糸高校の学園祭は実行員会のアシスタントとして毎年運動部が持ち回りで駆り出される。この年の男子アシスタントは野球部である。秋季大会を呆気なく敗退した野球部は早々に学園祭の準備に駆り出されていて、本番当日のこの日も多くの部員が学校中を駆け回っていた。

 普段なら非レギュラーの1年生部員などが部活の雑用をするが、マネージャーもいないこの部は学園祭前に人手が不足してしまった。それで正樹の口利きでボール磨きをダイヤモンドハーレムに手伝ってもらっていたのだ。


「2人ともありがとう。学園祭回ってきていいよ。また出番前によろしくね」

「おう、わかった」


 美和のクラスメイトの男子は美和にそう言われて、満面の笑みで軽音楽部の元部室を去った。去り際にはニヤニヤした顔で古都と希を目に焼き付けていたが、普段なら気持ち悪いと思うこの視線も、古都も希も贈呈品を差し出した手前我慢するほかない。


「ちょっと練習しておこうか?」


 緊張を隠せない表情で唯が言う。あがり症は克服できたと思っていたものの、メンバー間では強い意味を持つこの日のステージに、さすがにプレッシャーを感じていた。更には教職員から間違いなく怒られるだろうと不安を抱いている。


「そうだね」


 希が同調してドラムセットに座る。この搬入を機にドラムセットの組み方はローディーの2人に指南したので、本番はもっとスムーズにできるだろう。


 やがて各々の準備ができると演奏が始まった。防音が施されていない元部室いっぱいにその音が響き、それは更に部屋の外まで響いた。ただ、ここにマイクはないので古都は歌を口ずさんではいるものの、その声が室外まで響くことはなかった。

 演奏をしながらメンバーが一様に思い出すのは昨日のゴッドロックカフェ。金曜日の定期練習を楽器店の貸しスタジオで終らせ、その後に入店した時のことだ。


「大和さん、響輝さん、杏里さん」


 古都が畏まって3人に声をかける。古都の傍についていた他のメンバー3人も真剣な表情だ。カウンターの中にいた大和と、カウンター席で飲んでいた響輝と杏里はダイヤモンドハーレムのメンバーに注目した。周囲の常連客たちも何事かとその様子を見守る。


「明日の学園祭、3人を招待客として学校に届けたから来て」

「は!?」


 目を見開いたのは響輝で、杏里も驚いたような表情を見せる。一方、大和はじっと古都を見据えた。


「3人はうちの高校の卒業生だから、招待客として難なく受け付けてもらったよ」

「あ、そうか。うちの高校の学園祭って、学校が狭いから外部からのお客さんの人数をそうやって制限するんだっけ」


 杏里が納得したように言うと、手元の煙草を一度大きく吸って吐いた。とは言え、クラウディソニックのことは暗に学校が嫌っているので、古都たちの名前でよく自分たちの招待を通したものだと思う。ダイヤモンドハーレムとクラウディソニック関係者のタッグは、何かと理由をつけて受け付けなさそうなものだと懸念が浮かぶのだ。


「もしかしてもう予定入れちゃった?」

「大学関係の大した予定じゃないからキャンセルできるよ」

「俺も明日は休みで予定は入れてない」


 杏里と響輝がそれぞれの予定を答える。すると古都は大和に向いた。


「大和さんは?」

「まぁ、開店準備までは特に予定はないけど……」


 歯切れの悪い大和の返事。プロデューサーを辞退してから互いの間でバンドの話はしたことがないし、学園祭と言えばその辞退を考えるきっかけとなったイベントである。あまり歓迎できる話題だと思っていない。それでも大和の曇った表情に気づきながら古都は続ける。


「私たちは今できることを精いっぱいやってる。明日のためにやれることも全部やった。今の時点での私たちのこれが全て。それを見届けてほしい」

「ん? ちょっと待て。学園祭で何をやるんだ?」


 響輝がハイボールのグラスを置くと一度待ったをかけた。


「私たちは私たちのやり方で明日学園祭のステージに立つ」

「マジで!?」

「うそ!?」

「は!? どうやって?」


 響輝も杏里も、更にはこれまで落ち着いて聞いていた大和までもが驚いて声を出す。大和の「どうやって?」の問いには答えず古都が続ける。


「この3週間、私たちは必死だった。努力した。それを3人に見届けてほしい」


 ここで少しの間、店内から人の声が消える。厳密に言うとBGMの音楽は流れているので人の声はその歌声だけだ。様子を見守る常連客、考える明日の招待客、そしてその返事を待つメンバーの誰もが固唾を飲んだ。


 やがて最初にその沈黙を破ったのは杏里である。


「わかった、行く。誘ってくれてありがとう」

「本当!?」


 古都が喜びの声を上げる。他のメンバー3人も表情を綻ばせた。すると響輝も続く。


「あぁ、俺も行く。しっかり見るよ」

「ありがとう」


 すかさず古都が謝意を口にするが、大和の表情は曇ったままである。そしてその大和が言う。


「僕は……、ごめん……」


 メンバーの明るい表情が一気に沈んでしまった。唯に至っては泣きそうでもある。


「僕が勝手言って一方的に指導を降りたわけだし、ちょっと観に行けない。それに……」


 その言葉に続くのは、ステージを観てしまってはまた一緒に音楽がやりなくなる。その言葉である。しかし、これ以上ダイヤモンドハーレムに関わって彼女たちの活動を窮屈にしたくないとの思いが働くので、その言葉は口から出なかった。


「そんなこと言わないで、お願い。大和さん」

「本当にごめん……」


 そう言うと大和は背を向けて、手を仕事に戻した。ここでとうとう唯が泣き出してしまったので、美和が見かねて唯を外に連れ出す。店内に残ったメンバーは古都と希だけだ。その2人に向かって、大和には聞こえないように杏里が言う。


「大和のことはお姉さんに任せて。元教え子のせっかくの学園祭のステージなんだから、リードつけてでも引っ張って行くよ」

「本当……?」


 古都が不安げに聞き返すので、杏里は笑顔で「うん」と答えた。


 そして学園祭当日のこの日、練習を終え、昼食を取って、出番が近づいたメンバーは、ローディーと野球部の部員と一緒に機材を体育館のステージ袖に運んだ。

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