第十二楽曲 第二節
買い物を終えた一行は地下鉄に乗って場所を移動する。車内は空席もあるが、5人がまとまって座れるような場所はなく、2駅ほどの近距離なので皆立っている。
ギグバッグを背負う弦楽器の3人に加えて希もスネアとツインペダルが増えたので大荷物になっていた。大和がその荷物持ちを買って出る。
「ペダル重いしそれって持ちにくいでしょ? 僕が持つよ」
「大和さん、ありがとう」
「なっ! またのんばっかり!」
古都が吼え始めたが、大和と希は無視だ。古都の言う「また」は合宿の時のことを指しているのだが、面倒臭いと思っている大和と希は気づいていない……と言うか、面倒臭いのだから考えていない。その様子を美和と唯はクスクスと笑いながら見ている。
そもそも美和は買い物の目的がストック用の弦しかなかったのだからギターは必要なかった。それでももし何か目に留まったら試奏がしたいと思って持って来ていたのだ。結局買うに至ったものはなかったが、それでも試奏はしたので満足している。
「大和さん、次はどこに行くんですか?」
遠慮がちに問い掛けるのは唯だ。この日は帰りが遅くなることを、家族に言ってから出てくるように大和はメンバーに言ってあった。その真意をまだ聞かされていないメンバーは一様に疑問を抱いている。
「小さな箱だけど、ライブを見に行こう」
「ライブ!」
今までキーキー吼えていた古都の表情がぱっと明るくなり、彼女は声を弾ませた。思い出されるのは大和と2人で行ったライブハウス。その時かなり騒いだ。その古都に続くように美和も声を弾ませた。
「ライブですか?」
「うん。最近県内でノッてるバンドをリサーチしたんだ。今日はその中の2バンドが対バンライブをするから勉強のためにそれを観に行こう」
「わぁぁぁ」
古都の目が輝く。大和と初めて行った時からライブハウスのあの箱の中がお気に入りである。典型的なお祭り女だ。ただ、目を輝かせているのは美和も同じで、中学時代に数回足を運んだことはあるものの、久しぶりのライブハウスである。そしてその美和が言う。
「だからパンツスタイルって指示だったんですね」
「察しが良くて助かるよ」
以前古都とライブハウスに行った時は、古都がヒラヒラのミニスカートを穿いていたのを思い出して苦笑いをする大和。おかげでその時は服を買いに回ったのだ。
「結構騒がしいですか?」
「そりゃ、まぁ……」
唯が不安そうに言うのだが、唯はそういう場に恐怖心があるようだ。と言ってもステージにこれから立つ身なのだからそれは慣れてもらわなくてはならない。事前に連れて来ることにして良かったなと大和は思った。
「慣れるまで最初は後ろの方で見てればいいから」
「は、はい。わかりました……」
「とその前に、時間早いけど腹ごしらえかな」
「いえーい。ご飯」
ここでもノリノリなのがお祭り女の古都である。時刻はまだ夕方と言うには早いが、開場時間が夕方のライブなので、早めの夕食を取る意向だ。家まで時間も掛かる場所だから、大和はライブ終了後すぐに女子達を帰すつもりでいる。
「大和さんの奢り?」
「ったく。いいけどファミレスな」
「ありがとう、大和さん。大好き」
古都の最後の言葉に他のメンバーの耳がピクッと反応したことは言うまでもない。希に至っては古都に鋭い視線を向ける。
一方、少しだけ悪態をついた大和だがそもそも奢るつもりでいたし、古都のこの言葉は感謝の表れだとしか思っていないから特に気にしていない。とは言え、耳に心地いい響きだなとも思っているので大和もなかなか現金な奴である。
駅を出た一行は近くのファミリーレストランで早めの夕食を取り、大和が事前にチケットを取り置きしてもらっていたライブハウスに到着した。
「荷物って預かってもらえます?」
「はい、大丈夫です」
大和はチケットブースで支払いを終えると、ブースにいたスタッフに申し出る。コインロッカーもあるライブハウスではあるが、女子達の楽器が納まる大きさではない。大和はオプション料金を支払って、荷物を預かってもらった。
「ここだったんだ」
「来たね」
美和の呟きに希が反応した。アイドル系バンドだと言われて希が腹を立てたことが思い出される、キャパシティ200人程のライブハウス。その時対応したブッキングマネージャーとは違うスタッフがチケットブースにいたが、この日のスタッフは物腰が柔らかいようだ。オーディエンス側の客として歓迎しているだけか、とも希は思う。
そして重い扉を開けてホールの中に入る一行。薄暗いホールはスモークを炊いたように霞掛かっているのだが、これは煙草の煙によるものである。ステージは暗いのだが、少しばかりダーク色のスポットライトが点灯している。
ホールには煩くない音量のBGMが鳴り響いているが、既に入っている客達の話し声が喧騒となってBGMと共に反響していた。大和はメンバーを引き連れて真っ直ぐドリンクカウンターに向かった。
「何か飲む? 1ドリンク制だから1杯はもう支払い済みだけど」
唯と希がライブハウスは初めてだと思い出した大和はドリンク制の説明を加えた。その唯は物珍しそうに辺りを見回していた視線を大和に向ける。大和はドリンクカウンターのメニュー表を指していたので唯は慌ててそれを読みこんだ。
「あ、はい。じゃぁ、ジンジャエールを」
続いて他のメンバーも注文を終え、大和は自身が注文した缶ビールのプルタブを開けた。
『かんぱーい』
5人で乾杯をする。元気よく発声をしたのは実に楽しそうな表情の古都だ。開演までまだ数十分ある。
「あれ? 大和じゃん」
ドリンクカウンターの中から1人の男が大和に声を掛けた。それに反応したのは美和と希である。この男は美和と希が一度会っているブッキングマネージャーだ。
「こんにちは」
「何? 久しぶりじゃん。しかも女の子はべらせて」
品定めをするようにメンバーを見るブッキングマネージャー。
「いや。彼女達はちょっと縁あって知り合ったバンドで、勉強がてらライブ観戦です」
「へー」
ブッキングマネージャーの視線は変わらない。品定めは女を見る視線であり、アーティストとしては見られていないとメンバー全員が悟った。更に美和と希は自分達を覚えられていないとも悟った。
メンバーは大和との関係が「ちょっと知り合った」程度のものではないと理解しているが、これからステージアピールをしていく過程で、大和が自身のネームバリューを使いたくないと思っていることは何となく察している。
「そう言えば」
徐に顔色を変えたブッキングマネージャー。視線も大和に移したので、大和は彼の話に集中する。
「前に杏里が来たぞ」
「え?」
思わず素っ頓狂な声を上げる大和。そのままブッキングマネージャーの話を聞いた。
「ベースとギターだけでライブやらせてもらえないかって」
「ん? どういうことですか?」
「さぁ? 他のパートはサポート立ててほしいって向こうが言うんだよ」
頭に疑問符が浮かぶ大和。通常サポートを立てるのは出演バンドであって、ライブハウスにお願いするものではない。
「さすがにそれは無理だって断ったら、今度はボーカルとドラムを紹介してくれって」
「それいつですか?」
「6月……くらいだったかな……?」
時期がいつだかはうろ覚えのブッキングマネージャーは記憶を手繰りながら答える。大和の脳裏にダイヤモンドハーレムが路上ライブをしていた日のことが浮かぶ。その時に現れた1人の男、本間の話と重複する。
杏里は一体何をコソコソと動いていたのだろう。ただしかし、それは6月の話。高校生の夏休みが始まる頃からそういう話は聞かない。もしかして……と大和に1つの仮説が浮かぶ。そして一度メンバー4人の顔を順に見る。
「ん?」
小首を傾げる古都。他のメンバーも表情は同様で大和の視線に疑問を感じていた。
「いや、何でもない」
大和は笑顔で取り繕った。仮説が正しかったとすると、その後杏里が動いていないことにも納得がいった。大和は少しだけすっきりして缶ビールを喉に流し込んだ。
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