第十二楽曲 第一節
大和とダイヤモンドハーレムのメンバーが住んでいる市内にも軽音楽の楽器を取り扱っている店はあるのだが、大和が午後からメンバーを連れ出したのは電車で40~50分ほどの県内の政令指定都市。女子達は皆一様にパンツスタイルである。
「大和さん。私、こっちの方に買物は初めて来ました」
アーケードで頭上を覆われた商店街を歩きながら、美和が大和に話し掛ける。美和が言う「初めて」は楽器の買物のことで、雑貨や衣類の買物は遊び目的で来たことがある。その美和の背中にはギターが背負われていて、それは弦楽器の古都と唯も同様だ。
「うん。こっちの方が店の数が多いから」
「お! 店が多いと言うことは品数も豊富だと言うことだね」
珍しく古都が頭を回転させ理解を早めた。この2人に大和は今挟まれて歩いている。そのすぐ後ろを希と唯がついて歩く。これほどまでの美少女達に囲まれて歩く大和はさぞ目立っている。日曜日で遊べる都会の商店街は人通りも多いのだ。
「わぁぁぁ、あれ、可愛い」
片耳にそんな声が聞こえるとすぐさま古都の手を引く大和。古都はウィンドウのファンシー雑貨や服に目を奪われついつい輪を外れて入店しようとするのだ。
「今日の目的は違う。時間があったら後で寄っていいから」
「はーい」
そう言って返事をする古都は引かれた手をすぐさま握り返す。もちろん大和に手を繋ぐなんて思惑はないし、握り続ける意図もない。しかしその繋がれた手に後ろの希がすかさず手刀を下ろすのだ。
「あぁ……」
大和との手を離してしまい切なげな声を発する古都。この街に到着してからもう何回目の光景だろうか。大和は意味がわからず、このやりとりにやれやれと思う。
「着いたよ」
そう言って大和が示したのは1軒の楽器店。売り場が2階にもあってそれなりに広い。
「店員に言えば試奏もさせてもらえるから古都と唯はエフェクター見てきな」
「らじゃ!」
「わかりました」
意気揚々と店内を突き進む古都と、それを追う唯。その2人の背中を見送って大和が美和に問う。
「美和は弦って言ってたけど、どうする?」
「とりあえず大和さんとのんと行動します」
「うん、わかった」
それを聞いて大和は希と美和を連れて2階の売り場に上がった。そこはドラムや鍵盤楽器などスペースを取る楽器の売り場になっていた。
「まずはツインペダルか」
ドラマーはスネアとシングルのフットペダルを最初に買うのが多数派だろう。しかし、それは練習スタジオやライブハウスのステージにも常備されている物。自分に合った拘りのスネアとフットペダルをまず買うことを勧めたい大和だが、確かにツインペダルは常備が約束された物ではないので、その購入を優先する。
「ここだ、ここだ」
大和はドラムのフットペダルが並べられた売り場で足を止める。そして希の体格に合いそうなペダルを物色し1つ取り出した。
「すいません。ペダルの試奏してもいいですか?」
大和は近くにいた店員に声を掛ける。店員が柔らかく承諾したので近くにあったドラムセットにフットペダルをセットした。
「希、ここに座ってキックしてみて」
「うん」
希はドッドッとバスドラを踏んだ。美和は今まであまり縁がなかったドラムの買物なので興味深そうにその様子を見ている。何度かキックする希に大和は問い掛ける。
「どう?」
「うん。踏みやすい」
「他のも試してみようか?」
「うん」
そうして大和は再び商品を物色し、フットペダルをドラムセットに据え希に試奏させた。それを何度か繰り返した。
「欲しいって思えるのあった?」
「うーん……。どれも店や家の電子ドラムのペダルより踏みやすいんだけど、今一判断基準がわからない」
大和にとっては納得の回答である。希の家のことまではわからないが、今まで女子のドラマーが身近にいなかったので、店のペダルは一般的な物を置いている。身体が小さな希に合っているかの判断が大和にもできない。
「じゃぁ、次の店行こうか?」
「うん」
大和は希と美和を連れて1階に下りた。1階では既に唯が買い物を済ませていた。目的の物が決まっていたのだから唯の買物は早い。美和もそれは同じだが彼女の場合、どこの店にでも売っている物なので次の店で買えばいいと思っている。
そうして店を出た一行は次の店に向かった。地下鉄に乗って2駅ほどだ。そこはデパートの一角にある楽器店だが、売り場面積が広く品数が豊富だ。ここで古都と美和は別行動で買い物を始めた。既に買物を終えている唯が大和と希につく。
「どう?」
「うーん……」
前の店同様試奏を始める希とそれに付き合う大和。希が微妙な反応を示したので大和は次のフットペダルを据えた。
ドッドッ
希の表情が変わった。大和はそれを見逃さなかったが敢えて問い掛けた。
「どう?」
「しっくりくる」
「うん。じゃぁ、ちょっと待ってて」
大和はそのペダルを持って店員のもとへ行った。希と唯もそれについて行く。
「これと同じタイプのツインペダルありますか?」
「あぁ、はい。お待ち下さい」
若い男の店員は柔らかい対応で少し時間をもらって店の倉庫から同じモデルのツインペダルを持って来た。それを受け取ると早速大和はドラムセットに戻り、希に試奏させる。
「どう?」
「難しい……」
「ははは。2つになってフィット感の方は?」
「それは大丈夫。これにする」
希は商品を決めた。前の店の美和同様、唯がその様子を興味深そうに見守る。次はスネアだが、大和は希の予算が気になった。
「スネアの分の予算どう?」
「いけると思う」
それを聞いて大和はスネアの売り場に移動する。大和は店員に希の予算を伝えた上で、筋力が弱く小柄な希にもお勧めのスネアを聞いた。すると店員は3種類のスネアを示した。
「試奏してみ?」
「うん」
希はスネアをセットすると持っていたスティックを取り出し左手を振り下ろした。
パンッパンッ
乾いた音が店内に響く。大和はなかなかいい音だと思った。これはストイックに練習を重ねてきた希が、スネアを叩くことに慣れてきていることも示す。
そして希は順に出されたスネアを試奏していく。
「どれが良かった?」
3つのスネアの試奏が終わった希に問い掛ける大和。希の中では3つ目を叩き終わった時点で即決であった。
「1番目」
「オッケー。もうこの店で決めちゃう?」
「うん」
希が返事をするので大和はツインペダルとスネアを会計に回した。その時まとめて買うからと、ちゃっかり値交渉をするのが商売人の大和である。少しだけ割引をしてもらった。
会計は希1人に任せ、大和は唯を連れて古都と美和のもとへ行った。2人はギター売り場にいた。
「どう?」
「あ、大和さん」
ギターを試奏していた古都が大和に気づき明るい表情を見せる。手にしているギターは自身のもので、試奏はアンプとの中間に挟んであるエフェクターのためだ。
「よくわかんなくて……」
「私はもう買物終わりました」
エフェクターの違いが今一わかっていない古都は苦笑いを浮かべる。一方美和は目的の弦を買い終わり、包んでもらった商品は既にギターのギグバッグに入れている。
「とりあえず、古都に欲しいのは歪み系のエフェクターとコンプレッサーかな」
大和は目ぼしい商品を手にすると古都のエフェクターを繋ぎ変えた。そして一度古都に試奏をさせる。
「じゃぁ、これでいい」
「は!?」
即答で言った古都に若干驚く大和。古都は自分で選んでも、試奏をしたところでも、違いがよくわからない。だから最初に大和が手にした商品にしておけば間違いないと思ったのだ。そしてその大和が持って来た2種類のエフェクターを手に、意気揚々とレジに向かった。
「まぁ、ロックをやる人の最初の買物はそんなもんでいいか」
古都の背中を見送って頭を掻く大和。脇で美和と唯が笑っていた。これから経験を重ねて音への拘りを持っていけばいいのだ。大和はそう思った。
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