第十一楽曲 第七節

 杏里と響輝を乗せた大和の運転するハイエースは目的地であるテーマパークに到着した。居住地の隣の県にあるテーマパークだが、県境に位置するため高速道路を走って30分ほどの道のりだ。その広い駐車場でハイエースを降りると途端に目を輝かせる杏里。


「うひょぉぉぉ」


 ジェットコースターがレールを鳴らす轟音が轟く。数々の絶叫マシンから楽しそうな悲鳴が響く。隣接された巨大プールから夏を感じさせる歓声がこだまする。

 ここは遊園地と、夏期営業のプールとアウトレットモールなどが併設されたレジャー施設である。


「杏里もこういうとこでそういう顔すると、花の女子大生だって思うな」

「えぇ? どういう意味よ?」


 笑顔で突っかかる杏里は楽しそうに響輝に肩をぶつける。完全にデレている。それを見ながら大和は思う。


 ――僕、いらないじゃん。このまましれっと帰ろうかな。


 すると途端に振り返って大和をギロッと睨む杏里。大和は心の声を悟られたと思った。どうやら逃げられないようだ。

 肩を並べて近い距離で歩き出す杏里と響輝。それを一歩離れた場所から付いて歩く大和。後ろから見ていて杏里の手が響輝に寄っては指を伸縮させ離れるということを繰り返しているので、やれやれと思う。


 3人は入り口ゲートに到着するとチケットブースで半日フリーパスを買って遊園地に入場した。そして早速大和と響輝を連れ回す杏里。


「ねぇ、ねぇ。まずはジェットコースター」

「いきなりかよ。まぁ、いいけど」


 弾ませた杏里の声に嫌がる様子もなく笑顔で答える響輝。大和は2人をお似合いだなと思う。普段は凛としている杏里だが、ダイヤモンドハーレムのメンバーが今の杏里を見たらどう思うだろうかと、そんなことを考えると楽しくなる。


「僕はいいから、2人で乗ってきなよ」

「ん? あぁ、そっか。大和は絶叫系苦手だもんね」


 笑って揶揄かう杏里の言葉にちょっとムッとした大和だが、そのとおりなので言葉が返せない。杏里は「響輝、行こう」と言って大和から離れた。


 大和は2人を見送ると目に付いた売店でアイスコーヒーを買い、近くのベンチに腰を下ろした。そして一息吐くと肩の力を抜く。

 夏休みの日曜日、園内はかなり混んでいて家族連れや若い集団やカップルが目に付く。人気のアトラクションは朝から長蛇の列を作っていて、半日だけでは乗れるアトラクションも知れているなと大和は思う。


「て言うか僕、パスポートじゃなくて入場料だけで良かったじゃん」


 そんなことを呟きながらアイスコーヒーのストローを咥える。ふとダイヤモンドハーレムのメンバーの顔が浮かぶ。


「誰か誘えば良かったな。1人でも捕まれば杏里達とは別で遊べたのに」


 思わず出る独り言。それがおかしくなって一人で笑いを堪える。高校や大学時代の友人を辿れば他にも声を掛けられる人はいるのに、こんな時にまで思い出すのはダイヤモンドハーレムのメンバーだ。バンドが始動して4カ月。彼女達は大和の生活の一部になっているのだとしみじみと感じた。

 すると大和のスマートフォンが鳴った。表示を見ると着信で、発信者は古都だった。


『大和さん、家にもお店にいない』

「ん? あぁ、出掛けてるから」

『美和とギターの練習しようと思って来てるんだけど、使っていい?』


 ストイックだなと感心する大和。夏休み中の平日は毎日路上ライブをやっている。金曜日と土曜日の練習も並行して行っている。平日は週3日のアルバイトもしている。唯一のオフの日曜日までギターを抱えるとはよほど好きなのだろう大和は好感を持つ。


「いいよ。ステージでもバックヤードでも好きに使って」

『ありがとう。なんかそっち賑やかそうだけどどこにいるの?』


 承諾して電話を切ろうと思っていた大和だが、古都からの質問が続いた。目の前を幼児が両親らしき大人に両手を引かれて笑顔で歩いていた。


「今、遊園地にいる」

『なんだと!?』


 途端に電話の向こうで声を張る古都。大和は何かまずいことを言ったような気がした。そして咎めるように言葉を続ける古都。


『なんで誘ってくれない!』

「いや、急に決まった予定だから」

『そこって巨大プールもあるとこだよね?』

「うん、まぁ……」

『私も行きたかった……』


 古都の落胆の声がスマートフォンを越して大和の耳に伝わる。起こされた時はその眠気から思いつかなかったが、やっぱりメンバーに声を掛けておけば良かったと思う。……が、どうやら古都の希望はプールのようなので、それはそれで杏里と意見が割れて面倒かとも思う。


『誰と一緒にいるのよ?』


 棘のある質問の仕方に、引っ張ってこられただけの大和はなんで自分がこんな責められるのだと肩を落とす。


「杏里と響輝だよ」

『むー。大和さん!』

「なに?」

『来週の日曜日は暇?』


 ふと顔を上げて予定を思い起こす大和。眩しい日差しが瞼の裏を焼く。来週の日曜日と言えば8月最後の日曜日。特に予定はない。


「うん、暇、かな……」

『じゃぁ、プール連れてって!』

「は!?」

『ぷ・う・る!』


 電話口に音が流れないように一度溜息を吐く大和。こうなってはもう古都が引くわけがない。出不精の大和は諦めた。


「わかったよ」

『やった! 約束ね』


 声を弾ませた古都の嬉しそうな顔が頭に浮かぶ。古都なら誘えば誰かしら捕まるだろうに……と思うが、まぁいいかと深くは考えない。

 予定を取り付けられて電話を切った大和はふと気づいた。電話の向こうには美和もいたはず。もしかして来週の予定は古都だけでは済まないのかもしれないと。下手をすればメンバー全員。また4人のお守りかもしれないと頭を掻いた。


 しばらくすると杏里と響輝が大和のもとに戻って来た。大和が手に持ったままのスマートフォンの時計を確認すると、入園してから既に1時間が経過していることに気付く。古都との電話を切った後も何をすることもなくずっとベンチに腰掛けていた自分がおかしくなる。

 大和が顔を杏里と響輝に戻すと杏里が遠慮がちに響輝のシャツの裾を摘んでいるのが目に入った。響輝はそれに気づいているのか気づいていないのか気にしている様子はない。恐らく気づいていないかと大和は思う。


「次、垂直に落ちるやつ」

「フリーフォールな」


 杏里は実に楽しそうで、響輝もまんざらではなさそうだ。大和はそれが微笑ましく思えた。……のだが。


「無理」

「ヘタレ」


 即答で拒否を示した大和にすかさず杏里が罵る。大和は絶叫系のスピードが怖いわけではない。高い所がダメなのだ。高所から落ちると想像しただけでも足が竦む。


「大和は何しに来たんだよ」


 苦笑いで大和に言う響輝だが、「お前に気持ちを伝えられない従妹に駆り出されたんだよ」と心の中で叫ぶ。その従妹はまたも響輝に「行こう」と促し大和を置いてその場を離れた。


 2人を見送った大和はベンチから立ち上がり、散歩でもしようかと歩き出した。手元のプラスチック容器のコーヒーは解けた氷しか残っておらず、通り掛かったゴミ箱に投げ捨てる。

 この日の気温は高く、日差しも強い。静かな場所も賑やかな場所も苦にならない大和は自然と脳内が1人の世界に入っていく。


 最初はダイヤモンドハーレムの指導に渋った大和だが、結局今は気乗りしてプロデュースまでやっている。自分は音楽が好きなのだと痛感する。

 次はどんな曲を書こうか。とりあえず曲数だけは揃っているのだし、今やっている路上ライブのように武者修行を続けさせた方がいいか。学園祭に向けてのそれまでの目標は立てられているのだから、今は継続が大事か。そんなことを考えながら歩く。


 するとまたも大和のスマートフォンが着信を知らせる。あまり昼間は鳴らない電話なので珍しいなと思い、表示を見てみると、相手はジャパニカンミュージックの吉成であった。一気に緊張した大和は畏まって通話ボタンをタップした。

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