第十一楽曲 路上

路上のプロローグは古都が語る

 私達の初ライブが決まった。県内のライブハウスを回り終わって1週間。やっとオファーが来たのだ。俄然気合が入る。

 そして花火大会の翌日、夏休みの集中練習のために朝からゴッドロックカフェのステージに集まった私達ダイヤモンドハーレム。集まったと言っても、昨晩は大和さんの部屋にお泊りをしたのだから、2階から1階に下りて来ただけだ。


「朝から元気ね」


 私達が演奏をしているとホールに顔を出したのは杏里さん。手に手帳のような物を持っている。杏里さんは大和さんの従妹とのことだが、そうでなければこの女、とっくに排除している。


 例の如くスポーツブラにボクサーパンツ姿の杏里さんは、これがこの人のこの季節の寝間着のようだ。そのピンクの下着はとても色気があって、スタイルのいい杏里さんを引き立てる。ウェストは括れていて、胸は大きい。メンバーの唯には勝らないが、のんよりは確実にあるだろう。私のちっぱいが悲しくなる。

 そして杏里さんは美人だ。寝起きで髪がやや跳ねていて、しかもすっぴんの杏里さん。それでも美しい。だからこんな人が大和さんの従妹でなく大和さんと近しい距離にいるのであれば、メンバー全員全力で排除決定なのだ。


「おはようございます」


 頭を掻くように髪を手櫛で整えようとする杏里さんに皆で挨拶をする。美人の彼女は寝起きの気だるそうな表情と仕草も絵になるのだから憎たらしい。ただ、どんなに憎たらしくてもこの人のアドバイスは適格だ。悔しいけど、ちゃんと受け入れる。それに昨日は浴衣の着付けもしてくれたし。


 ――ふふ、可愛い。


 浴衣で思い出した。杏里さんは私の着付けをしている時に下着姿の私の胸を見て不敵に笑ったのだ。やっぱり憎たらしい。ちくしょう、どうしたらちっぱいから脱出できるのだ。


「お姉さんは若者達の活気を浴びるのだ。励め、少女達よ」


 ステージ前でそんなことを言う杏里さん……息が酒臭い。それにあなただってまだ20歳のピチピチではないか。


「おはよう。早いな」


 すると次にホールに現れたのは大和さん。寝間着のTシャツにハーフパンツ姿で短い髪は所々跳ねている。ステージ裏の控え室で寝ていたのだが、演奏の音で起きたのだろう。私達メンバーは大和さんに挨拶を返す。


「おはようございます」

「て言うか杏里、またそんな格好で……」

「どう? そそる?」


 むむ、杏里さんが大和さんにセクシーポーズを披露する。私も薄着で大和さんに迫ったことはあるが、このプロポーションの杏里さんが言うと説得力も魅力も違う。そして何より破壊力が段違いだ。


「バカ言ってないで早く服を着ろ」

「つれないなぁ。別に男は身内の大和しかいないし、まだしばらくこの格好でいるよ」


 2人とも慣れた感じの会話を交わす。初めて会った時から私達にその薄着を晒した杏里さん。大和さんに驚かれていたが、もうそこまで口うるさく言われない様子を見るとやはりこれがこの2人では標準なのだろう。


「じゃぁ、僕はベッドで寝てくるから」

「添い寝してあげよっか?」

『ちょっと!』


 あ……。思わず発した言葉を口元のマイクが拾ってしまいホールに響いた。けど仕方ないじゃん。杏里さんがそんな羨ましいこと言うから。


「まったく」


 大和さんは頭を掻きながらホールを後にしようとした。杏里さんはクスクス笑っていてこの場を動かない。私達の練習にまた付き合うつもりだろうか? そうだとすると揶揄かうために添い寝って言ったな。また杏里さんの手のひらの上だよ。


「あ、大和」

「なに?」


 杏里さんが大和さんを呼び止めた。私達メンバーは2人の様子を見守る。


「このまま夏休みは練習だけで済ませるつもり?」

「ん? 他に何が?」

「常連さんからチケットは買ってもらえるかもしれないけどさ、それだけでいいの?」

「……」


 言葉に詰まった様子の大和さん。杏里さんの言葉に思わず納得してしまう私。

 確かにそうなのだ。私がずっと懸念したことでもあるし、メンバーとも話したことがある。ステージに立つことで知名度は上げていくものなのだろうが、それでもやっぱり予め上げられるなら上げて、そして常連さん以外からもチケットを買ってほしい。


「じゃぁ、どうするんだよ?」

「大和の名前を出せば県内ではいけるんじゃない?」

「それは却下」

「そう言うと思った」


 そう言うと思ったのならなぜ聞いたのだろう。そしてやはり大和さんが積極的に自分の名前を出す意志がないとわかった。その理由が気になるところだが大和さんと杏里さんの会話は続く。


「何か他に方法でもあるのか?」

「うん」


 肯定して不敵に笑う杏里さん。私達のことだよな、今の話題って。なんだかこの人の不敵な笑いは身構えてしまうのだが。


「路上ライブ」

『路上ライブ?』


 鸚鵡返しに発した私の疑問をまたマイクが拾いスピーカーから響く。大和さんは腕を組んで考え込む仕草を見せたが、すぐに顔を上げた。


「夏休みの話だよな?」

「そうだよ」

「今から許可取れるのか?」

「もう取った」

「は!?」


 あっけらかんと受け答えをする杏里さんに大和さんが目を見開いた。許可とは? 未だに私にはピンときていない。周りを見てみるが、美和も唯も私と目が合うと小首を傾げる。のんは……杏里さんに鋭い眼光を向けている。恐らく大和さんが来てからずっとこの調子か、この子は。


「8月中の平日は取れるだけ取った」

「マジで?」

「うん。中央公園、刹那広場、まめのき広場。全部区役所の土木局に行って許可取ってきたよ」


 今杏里さんの口から出た場所は全て県内政令指定都市の中心部にある。若者の街で確かに引き語りやバンドの演奏、大道芸やコントなどのパフォーマンスをやっているのを見たことがある。


「いつの間に?」

「先月」

「は? 先月って杏里は僕がこの子らのプロデュースしてること知らなかっただろ?」

「まぁまぁ、そんな細かいことはいいから」


 そう言うと杏里さんは大和さんの腕を抱えて円卓に腰掛けた。その密着、羨ましいぜ、ちくしょう。杏里さんに引っ張られて隣の席に座る大和さん。すると杏里さんが私達を向いた。


「少女達よ、君達も一旦演奏ストップしてこっちに来なさい」


 そう言われてわけがわからないながらも私達は楽器を一旦置き、ステージを下りた。そして大和さんと杏里さんと一緒に円卓を囲む。

 杏里さんの手元には手帳が置かれている。赤いレザーカバーがお洒落でなかなか分厚い。杏里さんは胸の谷間から煙草を取り出すと火を点けた。そう、この人は煙草を吸うのだ。て言うかその前に、なぜそんな所に煙草を常備している?


 杏里さんは二度ほど煙草を吸い込んで吐くと、手帳を開いて話し始めた。


「お盆を除く平日は全て予約を取ってあるわ。場所はさっき言った公園か広場のいずれか。お盆は11日の祝日から15日までよ」

「いやいや、ちょっと待って」


 捲し立てるように説明をする杏里さんにすかさず口を挟む大和さん。困惑している様子が顕著だ。


「そんなにたくさん? 普通に考えたら予約埋まってたりするだろ?」

「空いてる日は単純に予約を入れてきたの。埋まってる日は先約者に交渉して譲ってもらった」

「交渉? 譲ってくれるものなのか?」

「うん。大体がバンドマンだから、朝まで酒付き合うよって言ったら譲ってくれた」

「……」


 一瞬言葉を失う大和さん。いや、言葉を失ったのは私達メンバーも同じだ。呆れてしまいそうだが、私も似たような取引をしたことがあるので何も言えない。その懸念を大和さんが口にした。


「枕営業みたいなもんか?」

「そんなことするわけないじゃん。相手がどう思ってるかは知らないけど、あたしは朝までどんだけでも飲めるのよ」


 自慢げにそう言う杏里さんを見て妙に納得してしまう。昨晩の飲みっぷりを見てわかったのだが、確かに杏里さんは酔うもののそれでも飲み続けていた。つまり本当に飲むだけで済ませるつもりだ。


「それで、ダイヤモンドハーレムに8月は路上ライブをさせると?」

「そうよ。それで知名度アップ」


 満面の笑みで答える杏里さん。この後の話で、その路上ライブは全て13時から15時だと知った。更に付き添いは全て大和さんで、メンバーと機材を運ぶ役目もある。杏里さんは今教習所に通っていてまだ運転免許を持ってないそうだ。大和さんは一つ溜息を吐くと言った。


「15時から片付けを始めてここまで帰ってくると、下手したら開店準備に間に合わな――」

「それくらい居候してる間はあたしが代わりにやってあげるわよ」


 大和さんの心配を一蹴して満面の笑みで杏里さんが答える。つまりこうして私達ダイヤモンドハーレムと大和さんの8月の予定が決まってしまった。

 て言うか、8月は明日から。大和さんの開店準備に間に合うかは微妙だけど、私達のアルバイトには間に合いそうだからいいか。それに路上ライブってなんだか面白そうだ。燃えてきた。

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