第十楽曲 第九節

 大和と唯が手を繋いで帰ってくると、唯はそれをメンバーや響輝から見られる恥ずかしさで俯いた。とは言え、メンバーは皆同じ条件なのだから気にしていない。この後の15分は皆屋上で花火大会のクライマックスを楽しんだ。


「大和は誰が一番いいんだ?」


 屋上の片づけをしていると徐に響輝が問う。メンバーは浴衣姿で片付けに勤しんでいるので2人の会話が耳に届いていない。大和は今一響輝の質問の意図を理解できずにいた。


「どういうこと?」

「いやさ、メンバーから慕われてんじゃん? 手繋ぎデートまでして」

「あぁ、メジャーデビュー間近の芸能人の一歩手前までいったからね。別に僕じゃなくても響輝もいるのに……」

「……」


 大和の鈍感さに唖然として声が出ない響輝。未だ大和はプロデューサーとして慕われていると思っていて、異性として慕われていることに気づいていない。響輝はそれを悟った。だから敢えて言い方を変えた。


「一人の女としては誰が一番いいんだ?」

「は? 教え子にそんな感情持つわけないだろ? それに歳も離れてるし」

「じゃぁ、強いて言うなら誰がタイプなんだ?」

「うーん……」


 大和は考えた。それぞれ魅力がある4人。そんなことは考えたこともなかった。それでもなんとか頭を整理し、響輝に口外無用を念押しして話し始めた。


「古都の容姿は言わずもがな、あの美声には心臓を鷲掴みにされるよね」

「ほう、やっぱり古都か」

「けど、活発すぎるんだよな……」

「じゃぁ、違うのか?」


 そして再び大和は「うーん……」と唸り声を上げながら考えた。響輝が言葉の続きを待っていると大和が口を開いた。


「美和は冷静だし可愛さと綺麗さを兼ね備えているよね」

「ほう、美和か」

「うーん……」


 また唸る大和。響輝はまだ続きがあると理解して次の言葉を待った。すると大和が話し始める。


「唯は個人指導の時間が長いからそれなりに思い入れはあるよ。美人だし」

「じゃぁ、唯なのか?」

「うーん……」


 ここまで来ると大和の唸り声も耳に鬱陶しいと思うのが響輝で、もしかしてこの調子で全員の名前が上がるのかと予想した。そしてそれは案の定で……


「僕が見ていて一番好きなパートがドラムなのは知ってるだろ?」

「まぁ、リズム隊のベーシストだし、どのバンド見ても大和はドラムに目が行くよな」

「希は可愛い顔して激しいドラムが叩けるからそのアクションが萌えポイントだよね」

「つまり、大和にとっては全員平等に好きなんだな?」

「うん。やっぱり教え子として可愛いし、みんな妹みたいで親しみやすい」

「はぁ……」


 溜息を吐く響輝。メンバーから大和への好意を直接聞いたのは初めて会った時の古都だけだが、さすがに全員の気持ちは垣間見ている。前途多難だなとメンバーを哀れんだ。


「おーい、やまとー」


 その叫び声はベランダの下から聞こえた。大和と響輝が手摺から身を乗り出すと、店の外に常連客の山田と田中が缶ビールを片手に手を振っている。


「どうしたんですか?」

「今花火見に行ってたんだけど、飲み足りねぇんだよ。店開けてくれー」

「マジか……」


 面倒臭そうに呟く大和。とりあえず下まで下りて話を聞く。


「どこの店も花火終わりの見物客でいっぱいなんだよ。居酒屋もスナックもキャバクラもガールズバーも」

「だから定休日のうちを開放しろと?」

「そういうこと」


 陽気に顔を赤らめて答える山田と、首を縦に振ってそれに追随する田中。大和は一つ溜息を吐くと2人を店の中に入れた。定休日まであまり営業意欲は沸かないので、看板の照明は点けない。表の鍵も施錠している。シークレット営業だ。


 そして男4人でホールの円卓を囲んでいると、浴衣姿の古都と美和がホールに顔を出した。


「大和さーん、片付け終わったよ。……って飲んでるし!」

「うおっ! 古都ちゃん美和ちゃん、浴衣! めっちゃ可愛い」


 すかさず反応する田中。山田も一緒にその姿に見惚れる。


「山田さん、田中さん、来てたんですね。こんばんは」


 まぁ、こうなっては唯と希も下りて来て皆でテーブルを囲むわけだ。花火大会二次会の開演である。


「大和ぉー。たらいまぁー」

「うおっ! 杏里じゃん! 久しぶり!」


 裏口を開けて店に入ってきたのは浴衣姿の杏里である。それにすかさず山田が反応した。


「あれぇー、山田さんと田中さんじゃん」


 呂律が回らない口調で常連客の名前を口にする杏里。見るからに酔っ払っている。それでも「あたしも飲むぅー」と言うから救えない。この酔い具合に大和が呆れて物申す。


「飲みすぎだろ……」

「そんなことないよー。まらまらこれからー」

「家に寄らずに真っ直ぐ店に来たのか?」

「そうらよぉー」

「なぜ……?」

「なんとなくここにいるような気がして。えへへ」


 缶チューハイを頬に当ててにこやかな表情を向ける杏里。それに響輝と山田と田中は悶えそうになるが、従妹同士の大和はさすがに平気だ。


 杏里が加わってすぐの頃、大和のスマートフォンが着信を知らせた。大和が表示を確認してみると県内の固定電話の番号である。誰だろうと思いながらも大和は一度席を離れ、電話に出た。


「もしもし?」

『あぁ、クラブギグボックスの本間だけど、大和の携帯で合ってるか?』

「あぁ! 本間さん」


 電話の主は県内のライブハウスの店主本間であった。大和が古都を連れてライブを見に行った時の店である。本間はクラウディソニック時代の連絡先から大和の携帯電話に電話を掛けていた。挨拶もそこそこに本題に入るのは本間である。


『こないだダイヤモンドハーレムってバンドが俺のとこ来たんだよ。そのKOTOって確か前に大和が連れてた子だよな?』

「あ、あはは。そうかもしれないですね……」


 笑って誤魔化す大和。本間のライブハウス、クラブギグボックスもリストに入れたのを思い出した。そして本間と対面した時に古都が大和から指導を受けていることを言ったことも思い出した。大和は頭を掻く。


『そうかもって何だよ? はっは。ところで、大和はもうバンドマンではないんだよな?』

「えぇ。作曲と編曲アレンジの仕事はしてるので楽器には触ってますけど」

『ふーん。因みに9月に予定してた対バンに空きが出たんだよ。大和がもうバンドやってないなら、ダイヤモンドハーレムをブッキングしてもいいかなと思って電話したんだ』

「本当ですか!?」


 思わず大和の声が弾む。それは電話の向こうにもしっかり伝わっていて本間が微笑んだ。


『あぁ。ホームページもあるようだけど、その連絡は大和でも良かったか?』

「はい、大丈夫です」

『それでさ、一つ失礼なことを聞いてもいいか?』

「何でしょう?」

『ホームページや音源のCDの演奏ってちゃんと自演だよな?』

「もちろんですよ」


 確かに失礼な質問だと思ったが、大和はその質問を受けてやっと腑に落ちなかったことが解決された。演奏歴が浅いバンドとは言え、それなりに演奏できている自信が大和にはあった。それなのにブッキングのオアファーが来なかったのはこの疑いが理由かと解せたのだ。


『そうか、そうか。高1の女子で大したもんだな。曲もいいし、何より歌がうまい。9月24日の日曜日どうだ?』

「週末にいいんですか?」

『あぁ。週末と言っても金土じゃないし、大和のプロデュースバンドなら問題ないだろ』

「あぁ……。えっと……」


 ここで言葉を詰まらせた大和。言いにくいことではあるが、言わなくてはならないことがある。


「僕がプロデュースしてることは内緒にしてほしいんです」

『そうなのか? その方が活動しやすいだろうに、なんでだ?』

「なるべく本人達の力で上り詰めて欲しいと思ってるからです。それに……」

『あぁ、そうだな。わかった』


 大和が言い淀んだ後半は本間が察した。大和はそれに安堵する。


「それでも今のオファー有効ですか?」

『あぁ、問題ない。ただ、他のバンドは全てメンズだ』

「わかりました。大丈夫です」


 初ライブが全てメンズバンドのライブ。オーディエンス獲得に不利ではあるが、これも彼女達の試練だ。大和は受け入れた。


『じゃぁ、詳しいことはメールする』

「よろしくお願いします」


 そう言って電話を切った大和は、すぐさまホールに戻りこのオファーを伝えた。途端に盛り上がるメンバーと常連客と杏里。飲めや飲めやのドンチャン騒ぎが始まった。それを見かねて大和が言う。


「て言うか10時過ぎたぞ?」

「ん? 今日は大和さんの部屋に泊まりって言ってあるよ?」

「は!?」


 古都の返しに声を上げた大和。この日は私服で来て、杏里に浴衣の着付けをしてもらったメンバー。全員最初から泊まりだと言って家を出てきている。それを知らされていなかったのは大和だけである。そしてあっけらかんと話を続ける古都。


「花火大会で道路は大渋滞、電車もバスも乗車規制の大混雑。帰るわけないじゃん」

「……」


 大和の頭上を三点リーダーが通過する。


 この後響輝と山田と田中は夜中に帰ったが、シークレット営業のこの日、結局遅くまで店のホールで騒いだ。無論、高校生はノンアルコールだ。表向きは営業ではなく、お泊り会。尤も、大和の心の内の苦しい言い訳であるが。

 大和は店のステージ裏の控え室に布団を敷いて寝た。2階の自宅ではメンバーと杏里がベッドを取り合い、少ない布団を敷いて夏のこの季節、雑魚寝である。

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